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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第一章 社畜、辞職する
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4: 決断

「――お前はなんてことをしてくれたんだ!」


 ギルドマスターの怒声がギルド内に響き渡る。昨日のニチャニチャした気色の悪い笑顔とは打って変り、今日はその顔が怒りと憎しみに歪んでいた。息継ぎも忘れて捲し立てているため、言葉と言葉の間にフガフガという滑稽な音が聞こえてくる。それに加えて、怒りのせいで顔が真っ赤になっている。それも相まって、その姿はまさしく「ブタ」そのものだった。


 未だオレの面前で激昂しているギルドマスターとブタとを重ね合わせ、あまりの同化にオレは心の中でほくそ笑みながらも、自分がしでかしたことを思い出す。


 ……まさか、オレにあれだけの力があるなんてな。


 今まで人に暴力を振るったことがないオレにとって、まさか自分が放った一撃で人が倒れようとは思いもしなかった。


 オレが奴らの暴言に我慢できなくなり、渾身の右ストレートで冒険者の一人を沈めた後、ギルド内は静寂に包まれていた。周囲の誰もがその光景をすぐには理解できなかっただろう。いつも冒険者たちに媚びへつらい、いいように使われていただけの腰抜けの存在が、まさか反抗してくるとは。それに加え、倒された冒険者に比べて、オレの身体は圧倒的に小さく弱そうに見える。そんな奴に、日頃命を懸けて活動をしている冒険者が倒されるわけがない。


 ギルド内のみんながそんな感情に包まれて困惑している中、最初に正気に戻ったのはオレだった。


 ――や、やばい、ついにやっちまった。これ、他の奴らに殺されるんじゃ。


 オレはこの後に起こりそうなことを何通りも考えたが、どの道もオレに明るい未来は待っていない。良くてボロ雑巾、悪くて死体。どうやっても、今後、今と同じ生活は送れないだろう。オレの人生もここで終わりか。もっと面白おかしく生きたかったな……。


 オレは半ば現実逃避していた。そんな時、この場を上手く切り抜けるある一つの方法が、オレの頭を駆け抜けた。それは、他の方法とは全く異なる結果をオレにもたらし、オレの未来を輝かしく照らしている。


「……そうだ、他の二人もやっちまうか……」


 その考えが浮かんだあとのオレの動きは迅速だった。倒れた冒険者に夢中になっている仲間の二人のうちの一人に、さっきと同じような渾身の右ストレートを顔面に打ち込む。不意打ちということもあり、そいつは抵抗することもできず倒れていった。二人目が倒れ込んだのを見て、やっと正気を取り戻したのだろう、最後の一人は武器に手をかけながら、オレの方へと怒りの籠った視線を向けようとする。


「てめぇ、何しやがっ――」


 オレは最後までそいつの言葉を聞くことなく、男の一番の弱点である急所を思いっきり蹴り上げた。


「お、お前、それは反則だろ……」


 そいつはゆっくりと倒れていった。どうやら、あまりの痛みで気を失ってしまったらしい。まあ、オレも股間を蹴り上げられたらこうなってしまうだろうが。あまりの残忍の攻撃に、周囲の冒険者たちは引きつった顔をしている。何人かは身体を前かがみにして股間を押さえてしまっている者もいる。その反応も仕方がないことだろうと思う。何と言ったって、それを放った張本人であるオレすらも若干引いてしまっているのだから。


 ただ、そんな周囲の些細な反応よりも重要なことがオレの中には芽吹いていた。オレが三人の冒険者を沈めた後、今まで感じたことのない高揚感と優越感に浸っていた。まさか、不意打ちとはいえ、オレに屈強な冒険者を三人も倒すことができる力があるとは、今まで考えもしなかった。おそらく、日頃肉体労働で酷使されていたオレの身体は、見た目以上に屈強なのかもしれない。そう考えれば、オレを道具として酷使し続けていた奴らには感謝しなくてはならないな。


 とにかく、オレには冒険者にも抗うことが出来る力がある。その新事実を知ることが出来ただけでも、今回のオレの行動は間違っていなかった。


 そんな内に秘められた自分の力を認識してしまったオレにとって、今までの自分の行動がとても馬鹿らしいものに思えてしまう。なんでこんな奴らの言いなりになっていたんだろう。なんでこんな奴らに媚びへつらいご機嫌を伺っていたのだろう。なんでオレは『社畜』という不名誉な地位に甘んじていたのだろう。


 オレも対等な存在として生きていける。『社畜』ではなく、普通の『人間』として。




「――おい、聞いておるのか!」


 オレが過去のことに思いをはせている間も、どうやら目の前のブタはオレに説教をしていたようだ。全く聞いていなかった。どんなことを言われていたかも分からない。そのため、神妙そうな面持ちで俯いて、なんとかその場を乗り切ろうとする。


「……」


「お前がやったことは、重大なことなんだぞ!」


「……うるせぇな……」


「はぁ? 何か言ったか?」


「……いえ……」


「とにかく、お前は自分がやったことにどう責任を取るつもりだ?

 せっかく、これまで出来損ないのお前を善意で使ってやっておったのに」


 あれで善意? 笑わせるな! 悪意の間違いだろ。やっぱりこいつは人間ではなくてブタだったらしい。人間の言葉の意味も理解できていない。もういいだろう、こんなブタの下で働くのは。こいつに関わっていてもオレに何のメリットもない。それどころか、オレの人生を崩壊させていくばかりだ。


「――じゃあ、辞めます」


「何? もっとはっきり言わんか、社畜」


「うるせぇな! 辞めてやるつってんだろ!

 それとオレは社畜じゃなくて、アレンだ! 人の名前も覚えることが出来ないブタが粋がってんじゃねえよ」


 今まで言いたくても言えずにいたことを思い切り浴びせ着けると、オレは心無い礼をして、ブタの制止も聞かずに退室した。


 退室して二階から降りている途中で、一階で他のギルド職員がオレの噂をしているのが聞こえてくる。


「遂にやりやがったな、あいつ」


「あぁ。

 だけど、まさかあそこまでやるとはな」


「そうだな。

 ただ、これであいつともおさらばできるんじゃないか。間違いなく解雇だろ」


「それはいいな。

 これでやっとギルドが綺麗になるぜ」


「それな。

 やっぱりあいつがいるだけで、ギルドが家畜くさかったもんな。ここは農場かと何度も思ったぜ」


「ここはあいつには不釣り合いな場所なんだよ。家畜は家畜、人間は人間の住処があるからな。

 あいつはスラム街でみじめに物乞いでもしているのがお似合いだよ」


 ――ふざけたこと言いやがって。


 オレはそいつらの発言に怒りを感じながらも、以前よりも自分に余裕があることに驚く。


 あぁ、そうか。こいつらとも今日でお別れだ。こんな無関係な奴らに何を言われようがもうどうでもいい。お前たちとは違い、オレは今日から自由の身だ。オレは自分のためだけに生き、自分のしたいことをする。そんな暮らしを送るんだ。お前たちはせいぜいあのブタに一生媚びへつらっていろ。


 自分の机の前に来たオレは、ギルドを去るための準備をする。ただ、ここにはオレの物なんてほとんどない。大体が他の奴らから押し付けられた書類だ。


 準備中、今日でここから離れることができると考えると、自然と鼻歌が漏れる。


「おい、社畜。ご機嫌じゃねぇか。

 じゃあこれもやっといてくれよ」


 そう言って新たに書類の束を持ってきた奴に、オレはニコニコと微笑みながら答える。


「――あ、今日でもうオレ辞めるんで。その仕事は自分でやっとけよ。

 お疲れ様でした」


 オレの返答に呆気にとられたのか、ギルド職員たちは固まっていた。


 その姿に内心笑いながら、オレは自分の物をテキパキとまとめ、足早にギルドの出入り口へと向かう。


 ギルドから出たオレは、まだ明るく活気づいている街並みを見渡す。オレの頬を爽やかな風が撫でるように微かに伝っていった。その風に乗って、人が行動している時間しか匂うことが出来ないような様々な生活臭溢れる香りを感じることが出来た。


「久しぶりだな。

 こんな時間に宿に帰れるなんて」


 オレはギルドから解放され、これから新しい生活を送ることができる喜びに満たされながら、ギルドを振り返ることなく宿へと向かって大きく一歩を踏み出した。

読んでいただき、ありがとうございました。

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