10: ゴブリン調査(3)
///
何事にも準備は重要だ。一見、準備なしに無鉄砲に行動することはカッコよく、勇敢に映るかもしれないけれども、オレはただ計画性のない愚かな行為なだけだと思う。もし自分が失敗した時にその損害が他者に降りかかると思うと、どうしてもオレは準備を怠ることはできない。
オレを「臆病者」と呼ぶ奴もいるかもしれないけど、そんな奴らからの陰口よりもオレは守りたい人たちが損害を負わないことの方が重要だ。
///
「まさかキングゴブリンが生息していたとはのお……今までこの村が無事だったのも奇跡のようなものじゃな」
キングゴブリンを発見した後、オレたちは無事に日が暮れる前にグレイ村へと帰ることができた。そして、オレたちはすぐさま村長宅を訪れ、オレたちが今日の調査で見たことについて報告した。森の深い所にゴブリンの巣があること、その巣に数多くのゴブリンが生息していること、そしてその巣の中にキングゴブリンがいたこと。
村長はオレたちの報告を静かに聞いていたが、さすがにキングゴブリンが生息しているということは予想外だったようで、顔をしかめながら呟いた。その声は震えていて、キングゴブリンに対して強い恐怖感を抱いているということがわかる。確かに、この田舎の村にとって、大量のゴブリンが近場に生息しているというだけでも村の危機なのに、大量のゴブリンに加えそれらをキングゴブリンが従えていたんだ。もしキングゴブリンがこの村を攻めて来たならば、すぐに村人たちは蹂躙され、村は壊滅してしまうだろう。
「おそらくですが、今回のゴブリンの件はそのキングゴブリンが原因だと思います。キングゴブリンは普通のゴブリンと違って頭が良いので、そんなキングゴブリンが群れを率いることによって安全で効率的に増殖していけたんだと思います。そのせいで、ゴブリンの数が急激に増加してこの村に頻繁に現れるようになったんでしょう」
「まあ、そうじゃろうのお。お前さんたちが考えている通りだとわしも思うわい。
村に大きな被害が降りかかる前によく見つけてくれたのお……そのことには本当に感謝しかないわい」
そう言って村長はオレたちに頭を下げながら感謝の言葉を告げる。
「ええっと、私たちは依頼を果たしただけだし、そんなに感謝されるようなことはしてないと思うけど……」
「そうですよ、そんなに感謝されると気まずいというか……何か申し訳ないです」
自分たちよりはるかに年上の人に頭を下げられ、どこか居心地が悪いと感じたのか、ルナリアとリーフィアがどうにか村長の頭を上げさせようとしている。そういうオレも村長から感謝されるということに、今まで感じたことのない程の強烈な違和感を抱いていた。なぜなら、オレが今まで出会ってきた権力のある老人たちは、この村長のように頭を下げるようなことはなかったし、況してや、オレのような若造になんて考えられない。どいつもイスにふんぞり返り、自らがオレたちによってもてはやされるということが当たり前であるかのように振る舞っていたし、自分の利益のためにオレたちが搾取されることを推奨していた。オレにとってはそんな奴らは文字通り老害でしかなく、そんな老害たちに何度も苦しめられてきた。
そのような経験から、オレは権力を持った老人をそんな禄でもない奴らだとしか認識していなかったが、この村長は違うようだ。この村長が異常なのか、オレが今まで出会ってきた老害たちが異常だったのかはわからないけれども、オレは村長の方が人として普通だと思いたい。
「いやいや、わしらの村の危機を事前に救ってくれたのじゃから、当たり前の事じゃわい。お前さん方はグレイ村の救世主と言っても過言じゃないかもしれんのお」
村長はそう言いながら笑みを浮かべる。その様子から、村長がオレたちのことを揶揄ってはいるものの、感謝の気持ちは本当だということを感じることができた。
オレたちは村長の言葉にくすぐったさを感じ、どうにかそれから逃れようと言葉を発する。
「と、とにかく、今日の所はこの辺で……明日、キングゴブリンたちを討伐に向かうので、その準備もしておきたいですし」
「――ッ! お前さんたちが討伐してくれるのか? もうすでに依頼の達成条件は満たしていると思うがのお」
「ええ、さすがにこのままの状態でこの村を去れませんよ」
「そうよ、さすがに私たちはそこまで薄情者じゃないわよ!」
「さすがに村が壊滅するかもしれない状況を放置できません。
最後まで付き合いますよ!」
ルナリアとリーフィアもやる気みたいだ。そんなオレたちの姿に心を打たれたのか、村長はその目に涙を浮かべながら、再度深々と頭を下げて感謝の言葉を震えた声で紡いだ。
オレたちはそんな村長から逃げるように村長宅を出て、今日の調査で身体に付いた汚れと疲労を取るために、足早に温泉へと向かった。
「ああ~、生き返る~!」
オレは身体のいたるところにへばり付いていた泥を落とした後、温泉に肩まで一気に浸かった。今日で三回目の温泉だけども、その心地よさは薄まることがなく、オレを心身ともに温かさで満たしてくれる。特に、今日は予想だにしなかったキングゴブリンとの遭遇でかなり緊張してしまったため、温泉が余計に気持ちよく感じる。
オレは力を抜いてプカプカと身体を湯に浮かべながら、日が沈みつつある真っ赤な空を見上げ、明日のことを考えていた。
「ゴブリンは大丈夫そうだけど……問題はやっぱりキングゴブリンだよな。
しっかり対策を立てていれば大丈夫だろうけど、それでも苦労するのは確実だからな……まあ、やるしかないよな」
明日は今日よりも疲れるだろうし、命の危険もあるだろう。それに備えて、今日は温泉で疲労を完全に回復しておかなければならない。ほんの少しの疲労が命取りになるかもしれないからな。
ルナリアとリーフィアも明日に備えて疲労回復に専念しているのだろう。今日は昨日とは違って女湯から元気のよい大きな声は聞こえてこない。ただ湯の流れる静かな心地よい音だけが耳に届いている。
「とにかく、温泉で疲れを取って、明日に向けて皆で作戦を立てないとな……二人ももうすぐ上がりそうだし、オレもそろそろ上がるか」
オレは最後に湯に頭を沈めてから勢いよく立ち上がり、そのまま温泉から出ると、湯冷めしないように素早く肌についた水滴をふき取って衣服を着た。そして、作戦会議のためにルナリアとリーフィアの泊まっている家へと向かおうとしたところ、丁度良いタイミングで二人も女湯から出てきた。
「あら、アレンも上がってたんだ。
丁度良かったみたいね」
「アレンさん、これから明日に向けての準備をするんですよね?
私たちの泊まっている家の方がアレンさんの泊まっている家よりも広いので、私たちの家でいろいろ準備しませんか?」
「ああ、オレも今から二人の方へ行こうとしていたところなんだ」
オレたちは話しながら二人の泊まっている家へと向けて歩き出した。二人はいつも通りオレの両側に陣取って歩いているだけだったが、湯から上がって間もないせいで、いつもより良い香りが爽やかな風に乗ってオレへと届き、オレの感情を刺激する。どうにか二人から距離を取ろうとしても、一方から離れようとするともう一方に近づいてしまうし、前後に離れようと歩く速度を変えてみてもそれに伴って二人も速度を変える。完全に詰んでしまっている。オレはできるだけ心を無にして、やけに長く感じられる二人の家へと続く道を歩いた。
その後、オレたちは夜が深まる前に明日の準備を無事に終えることができ、オレは自分の家へと帰って、眠りについた。
――朝。オレたちは昨日までと同じように朝早くに起きていて、出発の準備をしていた。昨日までと違うことは、今日は目的地がもうすでに決まっているということだ。昨日見つけたゴブリンの巣。それもキングゴブリンがその巣の主であり、大量のゴブリンを率いている。オレたちはそんな危険な場所にこれから向かう。昨日のうちに万全の準備を整えてはいるが、オレはこれからのことを考えると、どうしても緊張してしまう。
ただ、緊張しているのはオレだけではないようだ。ルナリアとリーフィアも緊張しているようで、言葉数も少なく黙々と出発の準備をしている。そのように、昨日までとは比べることもできないくらいの緊張感がオレたちを支配していた。
「――よし、準備完了だ。
二人はどうだ? もう少しで出発しようと思うけど」
オレは『魔法の鞄』に収納している物資の最終確認を終え、二人の方へと振り返りながら尋ねた。
「私も大丈夫よ。いつでも行けるわ!」
「私もです。不備もありません」
二人も最終確認を終えたようで、オレの言葉に頷く。
「了解。なら行こうか。
今日は昨日よりも疲れると思うけど頑張ろう! それで無事に帰ってきて温泉に入ろうぜ」
「了解」「了解です」
「よし、じゃあ昨日話した通りの作戦『命を最優先』でよろしくな」
オレたちは村を出るために門に向かったところ、そこには門を背にして村長が佇んでいた。
「おお、そろそろ出発するころだと思ってのお、待っておったのじゃ」
「それはありがとうございます。でも、わざわざお見送りしていただかなくても良かったのですが……」
「いやいや、お前さんたちはこれからグレイ村のために、命を懸けて危険な場所に向かおうとしているんじゃ。これぐらいはさせてもらわんとのお」
村長はそう言って門番に門を開けさせ、オレたちに頭を下げる。
「村長、今日には良い報告ができるように頑張ってきます!」
こうしてオレたちは村長に見送られながらグレイ村を出発して、キングゴブリンが待つ森の奥深くの巣に向けて歩き出した。
読んでいただき、ありがとうございました。




