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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第三章 社畜、奴隷を買う
33/183

7: 温泉

///


 経験したことがないことに対して、何らかの負の感情や苦手意識を抱くことや、無関心を貫くことはよくあることだ。多分、自分にとって未知のものに対する潜在的な恐れがあるんだと思う。その恐れが生き物に備わっている重要な能力であることは間違いない。

 ただ、一回経験してみれば、案外それが自分にとって良いものだったりするから、絶対あてになるかといえばそういう訳ではないんだけど……

 まあ、とりあえず経験してみるのが良いのかもしれない。良いか悪いかはその後で決めればいいと思う。


///




「すみませーん、誰かいませんかー?」


 ルナリアの声が鳴り響く。周囲の森からは生き物の鳴き声などは全く聞こえず、静けさが辺りを包み込んでいる。日は暮れてしまい、辺りはもうすでに暗くなってしまっていた。そんな暗闇の中、グレイ村の門に設置された松明がユラユラと鈍い輝きを放っていて、そのおかげでやっとのことで二人の表情を確認することができる。そんな周囲の状況がより一層不気味さを感じさせていて、村の中に早く入りたいという気持ちを加速させる。


「こんな時間に誰だ」


 突然、オレたちの上の方から野太い男の声が聞こえる。オレたちはその声の主の方に視線をやると、見張り台の上で松明を片手に持った屈強な男がこちらを監視していた。おそらくはグレイ村の門番だろう。当然のことだが、こんな田舎の村にも門番が存在する。いや、むしろこんな田舎にある村だからこそ、しっかりとした防衛体制を整えなければならないのだろう。グレイ村の周囲には森が広がっていて、当然のことながら野生動物やモンスターが大量に生息している。そんな危険と隣り合わせにある状況では、異常をいち早く発見することが求められるし、自分たちの身を守る術が必要となる。もし何かあった時に王都に応援を要請したとしても、王都からの応援が村に到着するのはかなり後のことになるだろうし、そもそも、こんな田舎の小さな村のために王都から応援が派遣されるとは思えない。貴族たちはこんな小さな村が一つ無くなろうが全く気にしないだろう。


 それに、田舎の村にとっての脅威は野生動物やモンスターだけではない。野盗だってかなり警戒しなければならない相手だ。一見おとなしそうな奴が村を訪れ、そいつを信用して村に入れてしまうと、そいつが実は野党の仲間で、村のみんなが寝静まった時に野盗を村の中に招き入れ、一夜にして村が野党によって占拠されてしまうということはよくあることだ。


 それらの事情から、田舎にある村は自己防衛に長けた造りになっていることが多い。グレイ村も例にもれず、ある程度しっかりとした防衛が敷かれているようだ。もちろん、王都などの防衛とは比べようもないぐらい質素なものだが。


「私たちは王都の冒険者よ。あなた達が出している依頼を見て来たの! 中に入れてくれない?」


「なに? ちょっと待っていろ!

 いいか、そこを動くなよ!」


 男はそう言うと、見張り台を降りて行った。おそらく村の責任者に確認をとりに行ったのだろう。オレたちは不審者と思われないようにおとなしく門の前で待っていた。


 しばらくすると、門の向こう側から複数の声が聞こえてきた。そして、見張り台の上に先ほどいた男とは別の二人の男が弓を構えた状態でいる。


「村長の確認は取れた。

 今から門を開けるがおかしな真似はするなよ。怪しい行動をとったらすぐにお前たちを殺すからな!」


「ああ、わかった!」


 オレたちが門番の言葉を承諾すると、門がゆっくりと開き出した。門の先には老人が一人とその周囲には数人の若者がいて、その若者たちの手には鍬や鋤などが握られている。オレたちは彼らを刺激しないようにゆっくりと歩き出した。


「お主らが例の冒険者じゃな。

 こんな遠くまでよく来てくれたのお。

 わしがこの村の村長じゃ」


 オレたちが彼らの表情をはっきりと窺えるくらい近づいたとき、村長が一歩前に出てきて、オレたちを歓迎してくれた。


「オレたちは王都から依頼を見て来ました。

 オレはリーダーのアレンです」


「私はルナリアよ」


「リーフィアです」


「こんな時間じゃ、とりあえずわしの家に来てもらおうと思うが良いかの?」


「はい、大丈夫ですよ」


 村長は振り向き、自宅へと向かうために歩き出した。オレたちも村長を追って後ろについて歩き出す。そんなオレたちを囲むように手に農具を持った若者たちが、オレたちを注視しながら追従してくる。


「――ここがわしの家じゃ。

 ちょっと狭いかもしれんが我慢してくれ」


 オレたちが案内されたのは質素な造りの小さな家だった。いや、周囲にある家と比べると一回り大きくて頑丈そうな造りをしているが、王都の家と比べてしまうと明らかに小さくて華奢に見えてしまう。


 村長の後からオレたちは家の中に入った。若者たちは入ってこずに家の前で待機するようだ。


 家の中も余計な装飾は施されておらず、壺などの装飾品などもない。あるのはベッドや棚などの生活に欠かせない家具と鋤や鍬などの農具だけで、実用性だけを重視した家だった。


「若い衆がすまんのお。

 ただ、あのぐらい警戒せんと、わしらみたいな小さな村はすぐに消えて無くなるからのお」


「いえ、それは理解していますから」


 オレたちは村長に勧められた椅子にそれぞれ座り、村長もオレたちが着席したのを確認すると対面に座った。


「では、確認なんじゃが、お前さんたちはわしらが出した依頼を受けてくれるということで良いんじゃな?」


「はい、王都でこの村の依頼を見て来ました」


「おお、そうか、それはありがたい!

 何分、報酬額があれだったのでな、受けてくれる冒険者なんかいないと半ば諦めておったんじゃわい」


 村長はシワだらけの顔にさらにシワを作りながら喜んでいた。まあ、確かにあの報酬額じゃあ、普通は王都の冒険者は依頼を受けてはくれないだろう。そう考えれば、オレたちが依頼を受け、この村に訪れたのは村長にとっては奇跡に近いのかもしれない。


「まあ、依頼内容は依頼書に記載した通りじゃわい。今からもっと詳しい情報を伝えてもいいんじゃが、もう夜も遅い。それに、王都からの長旅で疲れておるじゃろうから、明日にしようと思う。

 お前さんたちのために空き家を用意しとるから、今日はゆっくり休んでくれ」


「ありがとうございます、そうさせてもらいます」


「質素な家じゃが勘弁しとくれ。

 何分、この村には余裕がないからのお」


 村長がオレたちを空き家へと案内するために立ち上がった時、ルナリアが興奮した口ぶりで村長に向けて言葉を発した。


「――あの、温泉があるって聞いたんだけど、今日は入れないの?

 ぜひ入りたいの!」


「私も温泉に入りたいです!」


 その興奮ぶりに少し気圧されてしまったのか、村長は少しの間返答することができなかったが、すぐに立ち直った。


「あ、ああ、良いぞい。すぐに案内させよう」


「「いやったー!!」」


 村長の言葉を聞いて、ルナリアとリーフィアが嬉しそうにハイタッチをしながら喜びを分かち合う。そうしている間に、村長は表で警戒している若者の一人に指示を出していた。そして、オレたちは村長から指示を受けた若者に連れられて、温泉へと向かうのであった。




「ふぅ……案外お湯につかるのも悪くはないもんだな。

 疲れがジンワリと消えていってるみたいだ」


 オレは温泉に肩までつかりながら手足をゆったりと伸ばし切って、リラックスしていた。温泉はオレが一人で入るにはかなり広く、十人ぐらいは同時に入ることができるだろう。そんな温泉をオレは一人でゆったりと入ることができ、ちょっとした貴族になったような気分を味わうことができる。周囲は高い木の柵で囲まれていて、外からは見られないようになっている。


 ちなみにだが、ちゃんと男湯と女湯は分かれていて、湯船自体は共通のものだが、その真ん中に頑丈な仕切りが設置されている。そのため、残念なことにこちらから女湯の様子を覗き見ることはできなかった。


 オレが真っ暗の空に点々と光り輝く星々をボーッと眺め、静けさの中で唯一聞こえるゆっくりと流れるお湯の心地よい音に耳を傾けながら温泉を堪能していると、女湯から賑やかな声が聞こえてきた。


「――リーフィア! 見て! スゴイわよ!」


「最高の景色ですね!

 ルナリア! 早く入りましょう!」


 数秒後、二人が勢いよく温泉に飛び込んだ音が聞こえてきた。温泉マナー的にはどうなのかとも思うが、まあ、おそらく女湯には二人しかいないだろうから大丈夫だろう。まったりと静かな空間である男湯とは対照的に、女湯は二人の興奮した黄色い声が響いている。オレはその姦しさにどこか安堵感を抱きながらも、依然として静かに入浴していると、二人も大分落ち着いたのか、女湯から二人のまったりとした口調の会話が聞こえてきた。


「はぁー、気持ちいい。

 遠くまで来たかいがあったわねー」


「そうですね……もうこの中に住んでいたいです」


「確かに……ずーっと入っていられるわ」


 二人が喋る度に、女湯からチャポチャポという音が響いてくる。その音がオレに二人の姿を想起させる。おそらく二人もオレと同じように手足の力を抜いてダランと伸ばして入浴しているんだろう。時折、片手でお湯を掬い、肩にかけたりして楽しんでいるに違いない。


「……なんかエロイな」


 オレは隣にいる二人に聞こえないような声量で呟いた。よくよく考えてみると、間を仕切られてはいるが、オレは二人と同じ温泉に浸かっている。ルナリアもリーフィアも美人で、全ての男がどうにかしてお付き合いしたいと思うほどだと思う。体型もルナリアはシャープだし、リーフィアに至っては出ているところは出ていて、二人とも男女問わず憧れの的だろう。そんな二人が裸でオレと同じお湯に浸かっているんだ!


 そんなことを考えていると日々の禁欲生活も祟ってか、興奮してきてしまい頭がクラクラとしてきてしまった。それに伴い動機も激しくなり、身体が火照ってきて意識が朦朧としてくる。


「アレン、そっちにいるんでしょ?

 そっちはどんな感じ?」


「アレンさん、静かですけどちゃんと楽しんでますか?」


 オレがあまりにも静かだったので心配になったのか、二人が女湯から話しかけてくる。オレはどうにか動揺を隠しながらも二人に悟られることがないように、いかにも冷静な口調を装いながら返答した。


「……ああ、いる、いるよ。

 オレも十分温泉を堪能してるから……」


「そう、それなら良かったわ。

 アレンは温泉に興味がなさそうだったから、ちょっと心配だったの」


「私たちの我儘に付き合わせてしまったので申し訳なくて」


「ああ、そんなことか……それは気にしないで良いぞ。

 確かに、最初は『温泉なんて』と思ったけど、今は温泉を堪能してるよ。

 二人には感謝してるよ。オレだけじゃこんな経験できなかったからな」


 オレは二人をこれ以上心配させないように優しい口調でゆっくりと語り掛ける。そんなオレの言葉を聞いて二人も安心したのか、また楽しそうに二人でしゃべり始めた。


「……それでね……」


「……そうなんですよ……」


 オレはそんな二人の会話を聞きながらも、二人の出す音から煽情的な姿を想起しないように精神を集中させ、どうにかして冷静さを失わないようにしていた。




「もう、アレンったら、そんなに温泉が気に入ったの?」


「そうですよ、まさかフラフラになるまで入っているなんて……明日も入ることができるんですから」


「……ああ、そうだな」


 オレは完全にのぼせてしまっていた。今は何とか歩けるまで回復し、オレたちが泊まる予定の空き家に案内してくれている村の若者の後ろをトボトボと情けなく歩いている。そんなオレの様子を半ば呆れたようにルナリアとリーフィアは見つめながら、オレの横を歩いていた。


「ここです、ここが用意した空き家です」


 オレたちが案内された空き家は村長の家と同じくらいの大きさだった。なんでも、この家は以前に倉庫として使っていたらしく、食料や農具などを保管していたそうだ。ただ、今は新しい倉庫が建てられたので特に使われることもなく放置されているらしい。そのため、建物自体は大きいものの人が住むためには作られておらず、家の中には家具などは一切なかった。それでも、食料も保存していたため造りはしっかりとしていて隙間風も入ってくることはない。


「アレンさんでしたっけ……あなたはこっちですよ」


 ルナリアとリーフィアに続いてオレもその空き家へと入ろうとした時、若者がオレを引き留める。どうやら、オレにはここではない家が用意されているようだった。おそらく、男であるオレに、村長が気を聞かせてくれたに違いない。オレは村長の計らいに感謝しつつ、ルナリアとリーフィアに別れを告げて若者について行く。


 数分後、オレが案内された空き家はルナリアとリーフィアが泊まっている家よりもはるかに小さく、おそらくこの村で一番小さな家だと思われる。


「すみませんね……まさか、男女混合のパーティーだとは思わなかったので。

 あの家の他に空いている家がなくて……急いで用意したんですけどこんな小屋しかなくて。

 さすがに、ここに女性二人を泊めるのは忍びなかったので、申し訳ないです」


「いや、建物の中で寝ることができるだけでもありがたいよ。今まで野宿だったからなそれよりは百倍ましだ」


 今のオレにとって、建物の大きさなんてどうでもよかった。ただ、オレの性欲を刺激し溜められている欲望を爆発させうる二人から離れたかった。さすがに、今の状態で二人と同じ空間で寝て、いつもみたいに冷静さを保つことは不可能だと思う。


 オレは村長が気を利かせてくれたことに感謝しつつ、床に毛布を敷いてその上に倒れ込んだ。そして、王都からここまでの長距離を歩いてきた疲れと温泉でのぼせてしまったことによる倦怠感から、オレはすぐに意識を手放した。

読んでいただき、ありがとうございました。

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