6: 遠出
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心身ともにリフレッシュする方法は誰しもが持っていると思う。その方法が他人とは異なる場合が多いとは思うけど、稀に同じ方法の人と出会うこともある。そんな時、その人とは強い一体感を感じ、仲間意識がより一層強まることが多いらしい。
オレにもそんなことが起きればと思ったけど、冷静に考えるとオレのリフレッシュ方法は何なんだろう? ちょっと今は思いつかない。
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「遠くに行きましょうよ!」
ルナリアの思いがけない唐突な提案に、オレとリーフィアは直ぐには反応することができず、滑稽にもポカンッと口を開けたまま停止してしまった。今日、オレたちはいつもと同じように午前中に冒険者でごった返しているギルドを訪れ、混雑が落ち着くまで食堂でまったりとしていた。いつもと違ったのは、ルナリアが待ちきれずに大量の冒険者たちが依頼を取り合っている掲示板の前に行き、その取り合いに参加したことだけだった。オレとリーフィアはそんなルナリアの様子を遠くから苦笑しつつ見守っていた。それから数分後にルナリアが上機嫌に戻って来るや否や、さっきの提案をしてきた。
「遠くに行きましょうよ!」
ルナリアはオレたちが聞こえなかったと思ったのか、再度、同じことをオレたちに告げる。
「……いや、聞こえてるから」
「ああ、そうなの?」
「……それにしても突然ね。
ルナリア、ちなみに理由を聞いてもいい? 何か良い依頼でも見つけたの?」
「そうなのよ! これを見て」
ルナリアは右手に持っていた依頼書をテーブルの上に勢いよく置いた。オレとリーフィアはその依頼書を覗き込む。
▽▽▽
冒険者求む
・ランク: Eランク
・依頼主: グレイ村 村長
・依頼場所: グレイ村周辺
・依頼内容: 最近、村周辺にゴブリンが頻繁に発生しています。発生の原因追求と、できればその対処をお願いします。
・報酬: 銀貨十枚
・備考: 村には天然の温泉アリ! 村に滞在中は自由に使用可能。
△△△
「……グレイ村ってどこだ? オレは全然聞いたことがないんだけど」
「王都から南に十日ほど行った所にある小さな村だったと思います。
私も実際に入ったことはないですけど」
「ふーん、十日か。結構遠いんだな。
それで、依頼内容はゴブリンの発生調査とできれば討伐か……まあ、ゴブリン程度なら問題ないか」
「そうですね、依頼内容は問題ないですけど、報酬が少し安すぎませんか?
王都からだと往復で二十日は掛かるのに銀貨十枚なんて……これじゃあ、ほとんど利益が出ないですよ」
リーフィアの言う通りだろう。銀貨十枚だと、王都から各地方へ行き来している馬車には乗ることはできないし、歩いて向かったとしても、その道中の野宿費用や労力を考えると割に合わない。
オレとリーフィアはその依頼書に書かれた報酬金額に不満を抱き、どうしてこんな依頼を選んで持ってきたのかを問いただすために、ルナリアの方を見た。
「ちょっ、ちょっと待ってよ、二人とも! そんな目で見ないでよ。
ここ、ここをちゃんと見てよ!」
オレとリーフィアから責めるような視線を向けられたルナリアは、再度依頼書を焦ったように指さす。ルナリアの綺麗な指は依頼書の最も下の欄に記載された備考欄を指し示していた。
「……温泉? それがどうかし――」
「――温泉! 温泉ですよ! アレンさん、温泉があるみたいですよ!
ルナリア、よくこんな依頼を持ってこれましたね。スゴイです!」
オレがルナリアに視線を戻そうとしたとき、隣のリーフィアがイスから立ち上がり、興奮した様子でルナリアを褒めだした。こんなにリーフィアが興奮するとは。そんなに温泉が好きなのか? オレはそこまで温泉に魅力を感じないんだが……
「そうでしょ、そうでしょ。
もっと褒めてくれても良いわよ」
リーフィアに褒められて、ルナリアもご満悦だ。焦った様子から一変、今は得意げな顔で後ろにのけぞり、リーフィアから送られる称賛を心地良さそうに浴びている。
「ええっと……二人とも?」
ルナリアとリーフィアはオレの存在を忘れてしまったかのように、二人の世界を作り出していて、温泉に関する様々なことをワイワイと楽し気に喋り合っている。
「……」
取り残されたオレはそんな二人の様子を見守ることしかできなかった。リーフィアがルナリアと意気投合してしまった時点で、オレたちの今後の行動は決定されてしまった。往復二十日。依頼内容を考えると、一日で依頼達成することができるとは思えないし、ルナリアとリーフィアのあの様子では温泉に何度も入ることになると思うので、加えて数日。およそ三十日はこの依頼に時間を取られることになる。その間の出費を考えると頭が痛くなる。もちろん、巨大オークの件で手に入れた報酬はまだ十分に残ってはいるが、ギルド職員時代の影響で貧乏性なオレはあまりその報酬に手を出さず、できるだけ貯蓄したいと思ってしまう。
ただ、今からこの依頼を受けないように二人を説得するのは不可能だろう。オレは大きなため息を吐きながら、二人が落ち着くのをただ待ち続けた。
――十日後。
夏になってしばらく経ち、例年ではもうそろそろ涼しくなってくる季節だが、今年はまだ陽が燦々とふりそそぎ、地上にいるオレたちの肌をチリチリと焼いている。そのせいで、動かずとも汗が自然と噴き出し、服が肌に張り付いてしまう。
そんな炎天下の中、オレたちは人の気配のない野道を歩いていた。幸いにも、これまでの道中でこれといった危険に遭遇することなく、平和に目的地であるグレイ村へと歩を進めることができている。
「もうそろそろ到着ね!」
「早く温泉につかりたいです!」
「……そうだな」
暑さとこれまでの旅路での疲労で元気を失ってしまったオレとは対照的に、ルナリアとリーフィアの足取りは軽やかで、生き生きとしている。これも温泉にもうすぐつかることができるからだろう。こんなクソ暑い時に温泉になんてつかりたくないとオレは思ってしまうが、二人は違うらしい。まあ、汗を流してサッパリすることができるので悪くはないけど、それなら川で行水すればいいんじゃないかとも思ってしまう。
オレが一人、無言で物思いに更けていると、ルナリアとリーフィアがオレの方に身体を向けて、オレの顔を覗き込んできた。
「どうしたの? 一人で考えこんじゃって。
何か心配事でもあるの?」
「そうですよ、アレンさん。
さっきから元気がなさそうですけど……」
「いや、何でもないよ。
ただ、二人がそんなに温泉が好きだったなんて知らなかったよ」
「温泉が好きなんて当たり前じゃない!
日頃、湯につかることなんてほとんどできないんだから」
「そうですよ! 湯につかれるなんてラッキーなことなんですよ。
それに、やっぱり湯につかると心まで洗われた気持ちになってスッキリします!」
スレイブ王国において、一般的に平民が湯につかる機会なんてほとんどない。というのは、平民用の宿や一般的な家には風呂が設置されていないからだ。風呂を設置するためにはそれ相応の費用がかかるし、場所だってその分余計に必要になる。それに、基本的には魔法士が魔法を用いて湯船に湯を張るため、魔法士を雇う費用もさらにかかってしまい、平民がどう頑張ったとしても捻出できない金額になってしまう。湯につかればつかるほど、その分だけお金をジャブジャブと財布から零れ出ていく。そのため、多くの人々は濡らした布で身体を拭くか、若しくは、魔法が使える者は生活魔法の『クリーン』で身体を清潔にするのが通常だ。一方で、貴族や一部の大きな商会を経営している商人など、経済的に余裕がある特権階級に属する者だけが、自身の館に風呂を設置し、日頃から湯につかっている。
そんな風呂事情を考えると、ルナリアとリーフィアの喜び様もしょうがないのかもしれない。オレもいつまでもグジグジと不満を抱いてないで、この機会を幸運だと思って全力で温泉を堪能するべきだろう。
「……そうだな。
何事も楽しんだもん勝ちだよな!」
「アレンもやっと元気が出てきたみたいね。
その調子でグレイ村に行きましょうよ!」
「そうですね。
おそらく、数時間ぐらいでグレイ村に到着すると思うので、張り切っていきましょう!」
オレは二人に励まされ、温泉につかるという貴重な体験をすることができることに期待で胸を膨らませながら、草木が力強く伸びている自然の中、グレイ村に向かって野道を大股で歩き始める。
――数時間後。
空には綺麗な夕焼けが見受けられ、気温も大分落ち着いてきていて、滝のように汗が流れることもなくなった。もう少しで陽も完全に沈んでしまうだろう。そんな中、オレたちの前方には木で作られた柵に囲まれた村が見える。王都を出発してから十日。オレたちは無事に目的地であるグレイ村に到着した。
読んでいただき、ありがとうございました。




