4: 買い物(3)
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新しいものを買った時はいつも興奮してしまう。
それを身に着けると新鮮な気持ちになって、まるで自分が生まれ変わったようだ。早く使ってみたい。
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店内は薄暗く、唯一光が灯っている照明には大量のホコリが積もっているためぼんやりとした明かりしか放っていない。いつから掃除していないんだろうか。少し動いただけでもホコリが大量に舞ってしまう。そんなホコリっぽい店内で、さっきまで四人で押し問答をしていたため、オレたちの身体へと大量にホコリが降りかかってきている。
「わしの名前はルガルド。
見ての通りドワーフだ」
ルガルドは奥にあるカウンターに置かれた古びた椅子に座りながら口を開く。ぶっきらぼうな挨拶だが、その口調にはさっきまでの拒否感は含まれておらず、少しだけではあるが優しさを感じられた。おそらく、この口調がルガルドの素の状態のものなんだろう。最初は人族に対して強烈な嫌悪感を抱いているためオレたちに厳しく接していたが、本当は面倒見の良い職人なのかもしれない。
「オレはアレンです。
この王都に来てから冒険者になって、先日、Eランクに昇格しました」
「私はルナリア。
アレンのパーティー仲間よ」
「私はリーフィアって言います。
ルナリアと一緒でアレンさんのパーティー仲間です」
オレたちもルガルドに続いて自己紹介をする。ルナリアの言葉遣いは初対面の相手に対して若干無礼であったかもしれないが、彼女の性格を考えればしょうがない。第一、ルガルド自身も職人気質で他者とのコミュニケーションに慣れていないのか言葉遣いは丁寧とは言えないので、ルナリアの口調を気にしてはいないだろう。リーフィアは日頃から丁寧な言葉遣いで、ルガルドに対してもその態度を崩していないので、ルガルドの気分を害することもないだろう。
だが、ルガルドはルナリアとリーフィアに対して、二人を値踏みするようなまなざしを向けていた。それはオレがさっきまで向けられていたまなざしであり、もう向けられることがなくなったものだった。ルガルドはルナリアとリーフィアに対してまだ信用していないみたいだ。何がそのようなまなざしを向けさせるのか? オレは少し戸惑いつつも、素直にルガルドに聞いてみる。
「ええっと、どうしたんですか?
彼女たちに何か不満が?」
「……」
ルガルドは沈黙したままで、二人に何かを探るようなまなざしを向け続ける。そんなまなざしを向けられて、二人も居心地が悪くなってしまい、耐えきれなくなったようだ。
「……何よ?」
ルナリアが少し機嫌が悪そうな態度で、ルガルドに問いただす。ルガルドはその言葉にも返答することはなく、沈黙を続けた。そんな静かな時間が数分ほど経過し、ついに、ルガルドはルナリアとリーフィアに対して言葉をかける。
「お前たちはどうなんだ? オレたちドワーフを蛮族だと思っているのか? それともアレンのように思っているのか?」
ルガルドが発した声は決して大きなものではなかったが、その言葉にはルガルドの意思をまざまざと感じることができる。
――お前たちはどちらの人間なのか? と。
ルナリアとリーフィアの返答によっては、二人はこの店から追い出されてしまうだろう。ただ、もし二人が心にはない返答をしたとしても、ルガルドを欺くことはできず、すぐさま二人の嘘は見抜かれてしまうだろう。それぐらいルガルドの厳しいまなざしがまっすぐに二人を捉え、真実を見透かしている。
そんな審問官のようなルガルドのまなざしに対して、二人は全く臆することなく、まっすぐに見つめ返す。
「そんなのアレンと同じに決まってるじゃない!
いちいち種族なんて考えているわけないでしょ。人だろうがドワーフだろうがどうでもいいわよ」
「私もルナリアと同じです。どんな種族にも善人もいれば悪人もいますから。
それに、種族による違いはそれぞれの種族の個性だと思いますよ。その個性の差で優劣をつけるなんて馬鹿らしいですよ」
「……」
「それに、私たちは王都じゃなくて田舎で生まれ育ったのよ。王都に住んでる奴らみたいに人族至上主義に毒されてないわ」
「田舎は種族の違いなんて考えているほど、余裕はないんですよ。種族間で争っていたらモンスターに対応できないですから。
そんなことよりもどうやって生き抜くかを考えないと」
スレイブ王国に暮らす人族以外の種族たちは田舎で暮らしている者がほとんどだ。まあ、わざわざ人至上主義の最も濃い影響を受けている王都に好んで住む者なんていないだろう。そう考えれば、王都に暮らすルガルドが珍しい存在だ。そんな状況のため、王都出身者よりも田舎出身のルナリアとリーフィアの方が他種族と接する機会が多いだろうし、他種族に対して抵抗感を抱かないのも普通のことだ。
まあ、どんなに田舎とはいえ人族以外の種族が迫害されていないのはかなり稀なことであり、場所によっては王都よりも激しい仕打ちを受けていることもあるのだが、彼女たちの故郷は違うらしい。
二人とルガルドの目線が交わる。二人の言葉には嘘偽りは含まれていないだろう。それを表すかのように二人の目は決して揺れることはなかった。そんな二人に対して、ルガルドも何かを感じとったのだろう。ルガルドは重い口を開いた。
「そうか……王都にもあんたらみたいな奴がいたんだな」
その口調から明らかに安堵と喜びを感じ取ることができた。それだけで、ルガルドがこの王都で経験してきたことを想像することができる。きっと壮絶な経験だったんだろう。
「それで、アレンが装備を探してるんだったな。
どんなのが良いんだ?」
「そうですね。まずは武器を決めたいんだけど――」
オレは今使っているナイフを取り出しルガルドに見せる。
「――これよりも長さが欲しいから、ソードとかが良いかな。
ナイフはルナリアが使っているから、一緒だとパーティー的にもまずいだろ」
「そうね、ソードの方がいろいろと戦略的にもやり易くなるわね」
「それに、この前みたいに大きなモンスターにも対応できそうですね」
オレの考えに二人も賛同してくれている。オレはこの前の巨大オークとの戦闘から考えていた。もっとリーチの長い武器の方が楽に勝てたんじゃないか、と。それに、リーチが長くなることにより得られるメリットは多くある。それならば、武器をナイフからソードにしても問題はない。
「ソードか……ならこれなんてどうだ?
切れ味は保証するぞ」
オレの要望を聞いて、ルガルドは店の奥からソードを持ってきた。そのソードは店内に乱雑に置かれたものと違って全くホコリがかぶっておらず、綺麗な状態だった。
オレはルガルドからソードを受け取る。そのソードは全く装飾がなされておらず、実用性のみを考えて作られた無骨なものだった。ただ、そのソードからは今まで感じたことのないような美しさを感じ取ることができる。
……これがドワーフが鍛えたソードか。
その刀身は吸い込まれてしまうような錯覚を感じるほど美しく、魅惑的だ。オレは思わず唾を飲み込む。
オレの横で見ているルナリアとリーフィアも、このソードの美しさに魅了されてしまっているようだ。なめるようにソードを見ている。
「大分気に入ってもらえたようだな。
見ての通り、装飾は何も施してはおらんが、それでも美しさを感じるだろ? これが本来の武器の美しさだとわしは考えている。
どうだ? 使ってみたいか?」
「――ええ、まさかこれほど凄いものがあるなんて……これを使えばオレはドラゴンでも倒せそうだ」
「ハッハッ、嬉しいことを言ってくれるじゃねえか」
ルガルドが声を出して笑っている。今までオレたちに見せてくれた表情の中で、一番屈託のないものであり、オレたちはその笑顔に安心感を抱いた。ルガルドの性格上、こんな笑顔を向ける相手なんてそう多くはないだろう。もしかしたら、オレたち以外にはいないかもしれない。それぐらい、ルガルドの笑顔を見ることは稀少なことだと思うし、その稀少なことを向けられる相手になれたことにうれしさを感じる。
「握り心地も申し分ないし、重さも問題ない。それに、装飾がないのもオレ好みだし……ルガルド、このソードは最高だ! オレこのソードにするよ」
オレの感性が教えてくれている。このソードがオレにとって最適な武器だ、と。オレは未だかつて感じたことのないような衝撃をこのソードから感じていた。今日初めて触ったはずなのに、手に恐ろしい程なじみ、長年使っていたような錯覚さえ覚える。
「わかったから、そんなに興奮するな。
じゃあ次は防具だな? どんなのが良い? ソードを使うんだったら、そこまで重装備じゃない方が良いと思うが」
「そうだな、このぐらいのが良いかな」
オレは店内に置かれた胸部を守るための胸当てプレートを指さす。それはソードと同じように装飾の施されていないもので、地味すぎて巷では人気がないようなものだった。
「わかった、ちょっと待ってろ」
ルガルドは再び店の奥へと行き、防具を持ってきた。その防具はオレが指さした防具のように装飾のないものだったが、一目で良いものだとわかる。
「まあ、ひとまず着けてみろ。
何か違和感があったら言ってくれ」
オレはとりあえず胸当てプレートを着てみる。重さは問題はないが、わきの下が少し窮屈で腕が動かしづらい。このままでも使えるには使えるだろうが、この違和感を抱えたまま冒険者として活動するのには不安がある。
オレは妥協することなく、ルガルドに微調整を依頼する。ルガルドもそうなることが分かっていたようで、オレから胸当てプレートを受け取ると、特に気にした様子もなく、すぐに微調整をし始めた。
――数十分後。
「よし、これでどうだ? かなり良くなったと思うぞ」
「……そうだな、良い感じだ。
全く違和感がない」
「そうか、それは良かった」
「ルガルド、ありがとう。
ちなみに、これでいくらになる?」
「そうだな……金貨四枚で良いぞ」
「……本当にそんなに安くていいのか?
いやオレはありがたいけど、ドワーフ製だったらこのソードだけでも金貨五枚以上はするはずだろう?
もし持ち金の心配をしてくれているんだったら大丈夫だぞ。最近、結構多くの報酬を貰ったからな」
あまりの安さにオレはルガルドに聞き返してしまう。安く売ってくれると言っているのだからそのまま買えばいいのかもしれないが、それだとオレの罪悪感が限界を超えてしまう。それとも、もしかしたらルガルドはドワーフ製の装備の相場を知らないのかもしれない。
だが、オレの心配は杞憂だったようだ。
「わしが良いと言っているんだから良いんだよ。
どうせ売る予定のなかったものだ。わしの所でホコリを被っているよりも、アレンに使われた方が良いだろう。
それに、お前たちとは長い付き合いになりそうだからな」
「――じゃあ、私も新しいナイフが欲しい!」
「……アレンほどサービスはできんぞ?」
「何でよ! 私も安くしなさいよ!」
その後、一悶着ありながらも、ルナリアも金貨二枚という格安料金で新しいナイフを手に入れることができた。オレたちはルナリアとの長い交渉でぐったりとしているルガルドに別れを告げて、夕日で空一面が赤く染まった店の外へと出た。
読んでいただき、ありがとうございました。




