3: 買い物(2)
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初対面の相手と接することにいつも緊張してしまう。だって、その人がどんな人かわからないから、何を喋れば良いのか、何を聞いたら不快にさせてしまうのか、どんな態度で接すればいいのか、いろいろ考えてしまう。
上辺では愉快に笑っていても、心では傷つき泣いているかもしれない。
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ドワーフ。人族よりも身長が低く、成人していても人族の少年ぐらいの高さしかない。体型は全体的に太く、手足も比較的短い。しかしながら、男女ともに力強く屈強で、その強さは人族をはるかに凌ぐといわれている。ドワーフの男は長く濃いひげを有していて、ひげの立派さが男性的な魅力になるらしい。そんなドワーフは鍛冶に特に秀でていて、ドワーフによって作成された武器や装備は抜群の性能を誇る。ただ、かなりの職人気質で、自身が気に入った相手にしか商品を売らないらしい。ある国の王族がドワーフに武器を求めたところ、断られたという逸話まである。
そんなドワーフの男がオレたちの前に立っていた。その姿は汗まみれで汚らしい服を着ている。今まで鍛冶をしていたのだろうか、分厚いエプロンをしている。そのエプロンにはところどころに穴が開いていて、武器を打っている時に飛び散った素材が付いて燃えてしまったのだろう。黒ずんだエプロンからこのドワーフの鍛冶歴の長さがうかがえる。
「誰だ、お前たち?」
……まずいな。あまり機嫌が良さそうではない。オレたちが入店したことが迷惑であるかのような口調でぶっきらぼうに話しかけてくる。オレは今後どうにか商品を売ってもらえるように、これ以上相手の機嫌を悪化させないようにできるだけ優し気な口調で返答する。
「あの、セレナさんの紹介できたんですけど……」
「セレナ……誰だ?」
「冒険者ギルドの受付嬢なんですけど……」
「……」
「「「……」」」
「……誰だ?」
――いや、思い出せんのかい! 今の沈黙の時間を返せよ!
オレは心の声が表情に現れないようにどうにか押し殺す。
「いや、オレたち冒険者なんですけど、武器と防具が欲しくて。
ギルドでこちらのお店がオススメだと聞いて、来たんですけど……」
「武器と防具が欲しいだ? そんなもんこの王都だったらどこでも買えるだろう。わざわざオレたちドワーフに頼まんでもいいだろうが!
この店の隣に人族様の店がいっぱい並んでんだから、そっちに行け!」
捲し立ててオレたちを店から出そうとしてくる。どうやらこのドワーフは人族に対してかなり嫌悪感を抱いているらしい。まあ、それもこのスレイブ王国内では仕方のないことではあるが。
このスレイブ王国は人族が統治している国。人口の多くが人族で他種族は珍しい存在だ。スレイブ王国の国風は保守的で、人族至上主義を掲げている。人族以外の種族を蛮族として忌み嫌い、人族によって他の種族が矯正されなければいけないと考えている。そのため、この国では他種族の奴隷が多く存在していて、酷使されている。そのような奴隷の多くは不当に貶められた者がほとんどで、冤罪や謀略によって捕らえられてしまっている。だが、そのことを王国は気にしておらず、むしろ、推奨している節もある。
そんな他種族にとっては地獄と言ってももいいような国だ。そんな国で暮らしているこのドワーフには、オレたち人族と関わるだけでも奴隷にされてしまうかもしれないという可能性が生じてしまうため、できるだけ関わりたくないんだろう。
その気持ちはわかるが、オレたちも良い武器や防具が欲しい。ドワーフが製作した品を手に入れることができるだけでレアなことだし、今後のオレたちの冒険者生活に良い影響を与えてくれることは間違いない。だから、ちょっとのことでは帰ることはできない。何としてもこのドワーフの商品を手に入れたい。
「そこを何とか、売ってくれませんか?
どうしてもあなたの商品が良いんです! お願いします!」
オレたちを追い出そうとするドワーフに負けることなく、まっすぐな思いをそのドワーフへとぶつけ、頭を下げる。一瞬、そのドワーフの押す力が緩まったように感じた。その表情にも驚きの色が見える。ただ、すぐにその表情は硬いものに戻り、オレたちを押す腕にも力が入る。
「うるせぇ! お前たち人族はいつもそうだ! オレたちを騙して甘い汁でも吸いてぇんだろ?
もうその手には乗らねえ! オレたちは人族に使われるだけの存在じゃねぇんだ!」
ダメだ。かなり興奮してしまっている。おそらく過去に人族に騙されたことがあるんだろう。オレたちのことを強く拒否している。今日はいったん帰ってしまった方が良いのかもしれないが、このまま帰ってしまうともう二度と店の中に入れてくれない感じがする。そうなってしまったら、もう一生ドワーフ製の武器や防具を手に入れることができないかもしれない。オレは押してくる腕を振り払い抵抗する。
「そこを何とかお願いできませんか?
あなたの作ったものが欲しいんです!
あなたの作ったもので冒険がしたいんです!」
オレは腰を九十度に曲げて頭を下げる。
「ねえ、アレンがここまで頼んでいるんだから、売ってあげれば?
あんたの過去に何があったか知らないけど、そいつとアレンは違うんだから」
「――っ!
ダメだダメだ。 オレはもう二度と人族なんかに……」
なかなかオレに心を開いてくれない。そうこうしている内に、オレたちはとうとう店から身体の半分ほどが出てしまっていた。ヤバい、早く認めてもらわなければ……
この手は使いたくなかったし、ルナリアとリーフィアの前でするのはカッコがつかないが 、しょうがない。オレは腹を括り、どうにか認めてもらうために、最終手段を実行する。
「どうか、どうかお願いします!」
――時が止まった。さっきまでの煩さが嘘のように沈黙が訪れる。
ルナリアとリーフィア、店主のドワーフはオレを見て固まってしまっている。表情は驚きと困惑が入り交じったかのようで、みんな、一様に口をあんぐりと開きっぱなしになっている。
それも仕方の無いことかもしれない。なぜなら、オレの体勢に問題があったからだ。
オレは地面の上に膝をついて座り込み、頭が地面に埋まってしまうんじゃないかと思われるぐらい擦り付けている。
そう、オレは土下座していた。身体は半分ほど店から出てしまってはいるが、幸いなことに、この店は人通りの無い隅っこにあるため、人からは見られることはなかった。ただ、そんなどうでも良いような他人よりも、ルナリアとリーフィアという大切な仲間にこんな姿を見せて、ギルド職員時代と同じように侮蔑されないかが心配だ。
しばらく土下座を続けていたが、三人から何も反応がない。オレは恐る恐る顔を上げて、目の前のドワーフ店主の顔色をうかがう。
ドワーフ店主はまだ正気を取り戻してないようで、オレの方を見てはいるがその目は焦点が合っていないようだ。そして、何か小声でぶつぶつと呟いている。
「……何でお前は……人族のくせに……」
どうやら、今まで接してきた奴らとオレとの違いを少しは理解してくれたらしい。ただ、まだ自身のなかで上手く処理できないようで、オレを信じていいのかどうか葛藤している。
「今まであなたがどんな扱いを受けてきたかは、このスレイブ王国の国風を考えれば容易に想像できます。
ただ、あなたはそんな境遇にあることを同情されたいわけではないでしょう。
だから、オレはこの事だけをあなたに伝えたい。オレはそんな奴らとは違う! オレは他者をこき使って、搾取するような奴らとは違う! オレは他者を嘲笑うような奴らとは違う! オレは、オレは――」
オレはドワーフ店主の目を真っ直ぐに見つめ、宣言する。
「――あなたとただ対等な関係を築きたいだけだ!!!」
オレは心の底から叫んだ。これはオレの紛れもない本心だった。オレはスレイブ王国の国民だが、人族が至高の存在とは思ってもいないし、他種族に対して嫌悪感を抱いてもいない。どんな種族であっても対等な存在で、たかだか種族が違うというだけで立場の上下が決まってしまうなんて馬鹿げている。
「これがオレの素直な気持ちです」
オレは言いたいことを全て言った。これ以上このドワーフ店主にオレが伝えることのできるものはない。後はただ返答を待つだけだ。
ドワーフ店主は静かに目をつぶり、何かを呟いていた。数分間、そのような時間が流れた後に、ドワーフ店主はそっと目を開いた。そして、振り返り店の奥へと歩き出す。
――ダメだったか。
オレが認めてもらえなかったことに落胆していると、ドワーフ店主から小さな声が聞こえた。
「……欲しけりゃ、好きにしろ……」
オレは一瞬、何を言われたかを理解できなかった。それはルナリアとリーフィアも一緒だったようで、その言葉を聞いてポカンとしている。
「「「――っ!!!」」」
徐々にオレたちは認められたということを理解する。オレたちは顔を見合わせた後、どんどん遠ざかるドワーフ店主の背中を追うように店の奥へと歩を進めた。オレたちの前にあるドワーフ店主の背中はぶっきらぼうではあるが、オレたちを拒否しているようには見えなかった。
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