1: 報酬の使い道
第三章開始です。
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急に大金を手にすることになったら困惑してしまう。これがオレの率直な感想だ。
大金が自分の前に置かれてもすぐには使い方を思いつくことができない。オレが小市民なだけなのか、それとも、オレのようになるのが普通なのか。まあ、散財するよりかはましなので、ゆっくり考えていこうと思う。
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もうそろそろ昼近く。ほとんどの冒険者が依頼のために活動を開始していて、王都の外に繰り出している。そのため、朝とは打って変わり冒険者ギルドは閑散としていた。食堂で飲んでいた冒険者たちもほとんどは帰宅している。残っているのは酔いつぶれて寝てしまった者たちだけ。
そんなギルド内で、オレたちは目の前の受付カウンターに運び込まれた黄金に輝く物体を、ただ呆然と見つめていた。
金貨三十枚。十枚ずつ積まれた三つの黄金の柱。その柱は今まで見た物の中で一番光輝いて見える。
もちろん、オレも金貨を見たことはある。ギルド職員だったころに報酬として金貨一枚を冒険者に渡したり、経理のためにギルドの金庫に保管されている多くの金貨を数えたりしていた。ただ、それらはオレとは全く関係のない金貨だった。オレの懐に入るわけでもない金貨を仕事上扱っているだけ。そのため、オレにはその金貨が非現実的なものとさえ思えていた。
ただ、今回は違う。オレたちの前に並べられた金貨は紛れもなくオレたちのためだけに用意された現実の金貨だ。どのように使おうがオレたちの自由。これだけの大金なら、好きなものを何も気にせずに買うことができるだろう。
「――では、こちらが今回の報酬です。
大金ですのでくれぐれも注意してくださいね」
セレナさんが注意を促しながら、オレたちの方へ金貨の柱を押し出した。オレは差し出された金貨を半ば放心した状態だったが『魔法の鞄』へと手早く入れる。セレナさんが言うように、こんな大金を人目に長く触れさせているのは得策ではない。いくら現在のギルドが閑散としているとはいえ、人がいないわけではない。それに、ギルドにいる冒険者がみんな善人とは限らない。犯罪に加担したことのある奴だっているかもしれない。そんな奴らにオレたちが大金を持っていることがバレてしまうと、金貨を奪われてしまう可能性が出てくる。いや、奪われるだけだったらまだいいかもしれない。最悪の場合、オレは殺されたり、ルナリアやリーフィアはそんな奴らの欲望を解消するために良いように使われたりするかもしれない。
何と言ってもオレはまだFランク冒険者だし、ルナリアやリーフィアだってEランク冒険者でしかない。オレたちより高ランクの冒険者なんてこの王都にはたくさんいるし、それこそ腕に覚えのある犯罪者だって多くいる。そんな奴らに狙われてオレたちが無事でいられるとは思えない。そんな奴らにとってみれば、オレたちからこの金貨を奪うことぐらい造作もないことだろう。
わざわざそんなリスクを自ら生み出すような馬鹿な真似はしない。三人で分ける必要はあるが、金貨が他人から見える状態でなくてもいいだろう。報酬の金額はわかっているし、オレの『魔法の鞄』に入っていることが明確なので、後でいろいろともめることもまずないだろう。
そもそも、オレが二人を騙してより多くの金額を手に入れようなんて微塵も考えていない。オレにとって金貨一枚でさえギルド職員時代ではどんなに節約して貯蓄したとしても手に入れることができない金額だ。一枚手に入れたことですら頭がお祭り状態なのに、その三十倍もの金貨を手に入れたんだ。これ以上欲しいなんて欲深さはオレにはない。
ルナリアとリーフィアもオレの行動に何も不快感を抱いていないみたいだ。オレが『魔法の鞄』に金貨を仕舞ってことに意見することなく、当然であるかのようにただ見守っていた。おそらく、オレが一人で持ち逃げすることなんて微塵も考えてないんだろう。オレは二人のそんな態度に信頼されているという喜びを感じながらも、受付を離れようとした。
「――あッ、待ってください、みなさん」
オレたちは足を止め、セレナさんの方へと振り返る。
「今回の件でみなさんの冒険者ランクが一ランク昇格になります。
その手続きをしたいのですが」
「本当ですか!」
オレは思わず大きな声を出しながら、セレナさんに詰め寄ってしまった。セレナさんもオレの行動に少し驚いてようで、「キャッ」というかわいい声を出す。オレはそんなセレナさんに謝りながらも、ウキウキが止められない。これでやっと単価の高い依頼を受けることができし、なにより初心者という枠組みから成長することができたんだ。これがうれしくないわけがない。オレは自分の成長を実感しながらも、ギルドカードをセレナさんに渡す。オレの後に続いて、ルナリアとリーフィアもセレナさんにギルドカードを渡した。
「いいのかな? 私たち実質何にもしてないけど……」
「そうですね、アレンさんに申し訳ないのですが……」
「もちろんいいに決まっているだろ。オレたちはパーティーなんだから手柄もパーティー全体のもの。みんなで分かち合おう。
それに、二人がいなかったらオレは多分死んでたんだし」
ルナリアとリーフィアをオレは何とか説き伏せ、二人の申し訳なさを払拭することに何とか成功した。そんなこんなで数分間が経ち、セレナさんが新しいギルドカードを持ってきてくれた。
「それにしても、みなさんすごいですね。ここまで順調に昇格している人なんてなかなかいないですよ。
この調子で頑張ってくださいね」
セレナさんから差し出されたギルドカードをオレたちは受け取る。そして、オレたちは金貨について話し合うために食堂へと向かった。
「あら、もう用事は済んだの?」
席に着くとウィリムさんが不思議そうな顔をして声をかけてきた。確かに、さっき席を立ってからまだ一時間ぐらいしか経っていない。
「報酬について話し合おうと思いまして」
「そうなのね。
で、どうする? さっきと同じもので良い?」
「オレはさっきと同じで良いです」
「私もそれでいいわ」「私もさっきと同じで大丈夫です」
オレたちの前にさっきと同じ果実水が運ばれてきた。オレたちはこの一時間でかなり乾いた喉を潤すために一口飲む。そして、大分落ち着いたところでオレは金貨について話し始める。
「それで、今回の報酬の金貨三十枚だけど――」
「待ってアレン」
ルナリアがオレの言葉を遮る。オレが続けようとしていた言葉は音声化されることなくオレの頭の中で霧散した。ルナリアの方を見てみると真剣な面持ちをしている。オレは言葉を発することなくルナリアに続きを促す。
「今回の報酬だけど、私はアレンが多くもらうべきだと思うの」
「私もルナリアに賛成です」
ルナリアの提案にリーフィアも即座に追従する。オレは二人がこの提案をしてくるのを半ば予想していた。ギルドランクが昇格するときも乗り気じゃなかった二人のことだ。今回の件でオレと同じ額の金貨を受けることに負い目を感じているのかもしれない。
「……さっきも言ったけど、パーティーなんだから気にしないでいいんだぞ?
確かにあの巨大オークはオレがとどめを刺したけど、ルナリアとリーフィアも戦ったことには変わりないんだから」
「アレンはそう言ってくれるけど、それじゃあ私たちの気持ちが済まないの。
アレンがあのオークを倒してくれなかったら、私たちは苗床にされているか殺されていたのよ。そうならなかったのはアレンのおかげなんだから。アレンが多くもらうべきだわ」
「私の魔法も全然役に立ちませんでしたし、オークにダメージを与えることができませんでした。実質、何もしていないのと同じだと思います。
なので、アレンさんは気にせず多くもらってください」
「……」
「それに、今回の件でいろいろと消費しちゃったでしょ。『回復のポーション』とか。
そうだ、今まで使っていたナイフもかなり痛んでしまったでしょ! 新しい武器を買うのに使いましょうよ!」
「それが良いと思います! 武器を新しく買うとなると私たちにもそれだけ恩恵があるので。
それに、魔法の杖も買うべきです! アレンさんも魔法が使えるようになったので、持っていて損はないですよ」
確かに、今回の件でオレが使っていたナイフは刃こぼれが目立っていた。そもそも、旅立ちの時にそろえた品で、お世辞にも良いものとは言えない。研いでもまたすぐにダメになってしまうだろう。それならばいっそのこと値段の張る良いものを買った方が良いのかもしれない。そうすれば、もっと容易にモンスターを倒すことができるようになり、パーティーとしても都合が良い。
魔法の杖にしてもそうだ。魔法は魔法の杖がなくても使うことはできる。ただ、杖があった方が効率的に魔法を使うことができるし、威力も上がる。今後のことを考えると持っていて損はないものだと思う。
新しい武器と魔法の杖。二つを買うとなるとそれなりの金額になる。それをオレだけで買うのではなく、三人で一緒に出し合うと考えれば彼女たちの申し出にも素直に頷くことができる。
それに彼女たちの意思は強いようだ。オレがどうこう言ったとしても結局は受け取らずないだろう。それなら、オレがここで彼女たちの厚意に甘えて、今後、パーティーにより貢献することで返せばいいだろう。
「わかったよ、今回は二人の提案に乗らせてもらうよ」
オレの言葉を聞いて、二人はホッとした表情をしている。オレがこんなにすんなりと受け入れるとは思っていなかったようだ。オレはそんなに強情だと思われているのか? 今後の態度を改めなければいけないかもしれない。
「――それで、分け方はどうするんだ?」
「アレンが二十枚もらってよ。私たちは残りの十枚を半分にするから」
「五枚でもかなりの大金ですね!」
オレの取り分は彼女たち一人当たりの四倍で、少し貰いすぎな気もするが彼女たちが納得しているのならいいだろう。
オレは二人が金貨の使い道について話しているのをぼんやりと見ながら、突然のことながら大金を手にしたオレ自身の今後の生活について考えていた。
読んでいただき、ありがとうございました。




