17: 帰還
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帰る場所があるということはなんて幸せなことなんだろう。どんなに疲れていてもそこに行けばゆっくりと休むことができるから。
オレにとって王都はそんな場所になりつつあると思う。まだ実際に過ごした時間は短いけれど、ここにはオレにとってかけがえのない思い出がいっぱい詰まっている。
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周囲は漆黒の闇に包まれている。気持ちの良いそよ風が地面にしみこんでいる大量の血の匂いをかき上げ、周囲に独特な鉄のニオイを立ち込めさせていた。さっきまでの激闘から打って変わり、今は静かな時間が流れている。そんな中、オレの粗い息遣いの音だけが響き渡っていた。
オレはゆっくりと息を整えながらも、遠くで倒れ込んでいる二人の下へと向かう。脚にはろくに力が入らず、大量の血を失ったことによって視点もぼやけてしまい、フラフラとしか歩くことができない。巨大オークによって食いちぎられそうになった腕からは、未だに血がとめどなく流れてくる。ただ、オレが持っていた『回復のポーション』はもうすでに使い切ってしまったので、傷口をふさぐことすらできない。そのため、早く彼女たちを起こして彼女たちの持っている『回復のポーション』をもらわないとマズイ状況だ。
幸い、彼女たちは出発前に大量に『回復のポーション』を買い込んでいたし、彼女たちは今回の戦闘では運よく早々に離脱していたから使い切ってはいないはずだ。オレが使う分は残っているだろう。
「ルナリア、リーフィア、起きてくれ」
「「……ん」」
オレはか細い声で話しかけながら、彼女たちの身体を揺らし覚醒を促す。ただ、彼女たちはなかなか起きてくれず、この状況には似合わない声を出すだけだった。そんな彼女たちの姿はいつも宿で見せてくれるような平和な光景と全く一緒で、オレに少しばかりの温かさを感じさせる。そんな幸せな光景を守れたことに喜びを感じつつも、刻一刻と迫るタイムリミットを思い出し、再度その光景を壊すことに専念する。
「頼む、二人とも起きてくれ!」
今度は少し強めに彼女たちの身体を揺らす。そのおかげで、彼女たちは重たそうな瞼を少しだけ開けた。
「ルナリア、リーフィア、『回復のポーション』をくれ」
「「!!」」
その言葉に二人は自分たちが巨大オークと対峙していたことに気付いたみたいだ。勢いよく立ち上がると慌てて周囲を確認しだした。そして、数メートル先で血の海の中に倒れている巨大オークを見つけ、驚愕する。
「アレン、やったの!?」
「ああ、何とかな……」
「すごいです、アレンさん!
あんな大きなオークに一人で勝つなんて」
二人はオレが巨大オークを一人で倒してことに興奮しているようだ。彼女たちの視線は巨大オークに独占されていて、なかなかオレの方を見てくれない。オレはこちらに注意を向けさせるために精一杯大きな声で懇願した。
「二人とも『回復のポーション』をくれ、死にそうなんだ!」
二人はその声に驚いたのか、やっとオレの方を向いてくれた。そして血だらけになったオレの姿を見て慌てて駆け寄ってくる。
「――ちょっ、どうしたのアレン、ひどい傷よ!」
「すぐに『回復のポーション』を出しますね」
リーフィアが慌てて『回復のポーション』を取り出し、オレの口の中に流し込んでくれた。ルナリアは少し遅れながらも『回復のポーション』を取り出し、オレの腕の傷口に塗り込んでくれる。その効果は絶大でゆっくりとオレの腕に新しい肉が生まれ、傷口をふさいでいく。数分後には完全に怪我する前の状態に戻っていた。オレはぼんやりとその光景を見ていて、自分がどうにか生き延びたことを確認し安堵する。
ただ、『回復のポーション』は傷を治すことはできても、流した血までは回復させることはできない。大量の血を失っているオレは未だに意識がもうろうとしている。そんな中、オレは二人に弱々しい声でお礼を言う。
「助かったよ……二人とも」
「ごめん、アレン、気付かなくて……」
「アレンさん、ごめんなさい……」
「いいよ……二人のおかげで……オレは今もこうして生きていられるんだから」
二人は申し訳なさそうな顔をしている。オレはそんな顔を吹き飛ばすためにできるだけ明るく、おどけた口調で答える。ただ、彼女たちの顔に変化を起こすことはできなかった。そんな気まずい雰囲気を払拭するために、オレは話題を変える。
「それよりさ……ここからちょっと移動しないか?
こんだけ血のニオイが立ち込めていたら……モンスターが寄ってきそうだ」
「それもそうね。
アレン、歩ける?」
「いいや……ちょっと歩けそうにない」
「じゃあ、私が肩を貸すから。
リーフィアはそのオークを回収して。
その後、周囲の警戒を頼むわ」
「はい」
二人もやっといつもの調子が戻ってきたみたいだ。ルナリアはテキパキと指示を出しながら、オレを支えて歩き出す。リーフィアも巨大オークを『魔法の鞄』へと回収し、すぐに周囲の警戒をしながらオレたちの後に続く。
数分後。オレたちは血の匂いがしないところまで歩いてきた。休むには丁度良い岩場があり、オレたちはそこで腰を下ろした。
「ここまで来れば大丈夫でしょう」
ルナリアが薪に火をつけ、焚火を作る。どうやら今日はここで野宿をすることになるみたいだ。
「アレンさん、これを食べてください。食べないと回復しませんから」
リーフィアがラビットの肉が挟まれたパンを差し出してくる。どうやら、リーフィアが食べさせてくれるらしい。オレは未だに震える口でそれをチビチビとかじる。消耗した身体にはうれしいやさしい味だ。口の中から一気に栄養が全身を駆け巡るのを感じる。
「……うまい」
「良かったです。まだ一杯あるので遠慮なく食べてくださいね」
リーフィアは自分とルナリアの分のパンを取り出しながら、微笑みかけてくる。ルナリアはパンを受け取り豪快に齧り付いていた。オレはその光景を見ながらも、自分の体力が限界であることを悟る。
「いや……おかわりはいいや……それよりもさすがに疲れたからさ……ちょっと寝ていいか?」
二人はオレの言葉に慈愛の満ちた表情で優しく答えてくれる。
「おやすみ、アレン」「おやすみなさい、アレンさん」
オレはその言葉を聞き、急激に迫りくる睡魔に身を任せて意識を手放した。
「――なんでまだ行動できんのじゃ」
「だ、か、ら、無理なもんは無理なの!」
「そこをどうにかするのが冒険者じゃろ」
周囲がうるさいな。オレは目を閉じたまま突然聞こえてきた大声で意識を覚醒させる。瞼の裏が真っ赤に染まっていることから、おそらくもうすでに日は高くなっているのだろう。昨日の激闘のせいで疲労した身体をもっと休ませてやりたいが、こんなにうるさくては眠れやしない。ルナリアと誰か知らない奴が言い争いしているみたいだ。
「……んぁ」
オレは意を決して目を開け、身体を起こす。
「あ、おはようございます、アレンさん。
良く寝られましたか?」
「ああ、おはよう、リーフィア。
まだちょっと寝足りないけど大丈夫だよ。
それより……」
オレの目の前にはリーフィアが座っていて、やさし気に体調を気遣ってくれる。オレは笑顔でリーフィアに微笑み返しながらも、一番気になることを聞いた。
「あれはどうしたんだ?」
ちょっと離れた所で言い争いをしているルナリアと中年の男。男の方をよく見ればオレたちがあの巨大オークの下へと向かうきっかけとなった商人だった。確か名前はレギエルだったか。そのレギエルがルナリアに何か要求しているようだ。それに対して、ルナリアもかなり怒りを感じているのだろう、語気が荒くなっている。
「あぁ、あれですか。
まぁ、ちょっといろいろありまして……」
リーフィアはヒートアップしている二人の方を見ながら、オレに経緯を説明してくれる。なんでも、オレが寝た後、ルナリアはレギエルのことを迎えに行ったらしい。冒険者のことを気にかけないクソ野郎だが、見殺しにはできないと判断したとのこと。そして、レギエルを今いる場所まで連れてきて一緒に野宿をした。朝がきて、三人は目覚めたが、オレがなかなか起きず、早く行動を開始するためにオレをたたき起こそうとするレギエルと、オレの身体を少しでも癒すためにゆっくり休ませるべきだというルナリアとリーフィアの対立が生まれたそうだ。そして今現在もその戦いが継続していると。
オレは昨日とは打って変わり平和な戦いに安心しながらも、迅速に解決を図るために行動を起こそうとする。
「リーフィア、気遣いありがとうな。
でも、そろそろ行くことにするか」
「いいんですか? もっと休んでいてもいいと思いますけど……」
「ああ、さすがに完全ではないけど、問題なく行動できる。
それに、早くルナリアを止めないと殴りかかりそうだからな」
オレはその場に立ち上がり、言い争いに夢中で未だにオレが起きたことに気付いていないルナリアへと話しかける。
「ルナリア、おはよう。
オレはもう大丈夫だからそろそろ行こうか」
「アレン! もうちょっと寝ていてもいいのよ?」
「――何を言う。本人が良いと言っておるのじゃから行くぞい!」
「あんたは黙ってなさい!」
ルナリアはレギエルに大声を浴びせ、黙らせる。そして、心配げな顔をしてオレの方へと近寄ってくる。
「本当に大丈夫なの? 昨日あんだけ血を流したのよ。私たちは別に急ぐ必要もないんだから、もうちょっとゆっくりしていてもいいのよ?」
「ああ、本当に大丈夫だ。
それにオレも早く王都に帰りたいからな」
「そこまで言うなら……わかった」
ルナリアは一瞬だけ逡巡したようだが、ついには行動を開始することに決めたようだ。ルナリアはレギエルにそのことを伝えると、出立の準備を始める。オレもそれに習うかのように準備を整えた。
「あれ、王都に行かないのか?」
ルナリアが歩き出した方向には王都ではなく、オレたちが昨日戦っていた場所がある。そのことに疑問を感じ、未だに不機嫌なルナリアに話しかける。
「あいつが荷物を回収したいんだって。
私としては無視したかったけど、よく考えれば冒険者の遺体を回収しときたいし」
「もしかしたら家族持ちかもしれませんし、亡骸は持って帰った方が良いと思ったんです」
確かに、冒険者の中にはごく稀に家庭を持っている者もいる。がさつな者が多い冒険者と結婚しなくてもとは思うけど、頑張り次第では一般人が稼ぐことのできない額を手にすることもできる。それに大半が依頼のために外出するため、家に一緒にいる時間も短い。そう考えると、結婚するには案外いい物件なのかもしれない。
数分歩いたところで、倒れた馬車が見えてきた。昨日は暗くてよく見えなかったが、派手な馬車だ。正直、趣味が悪いとしか言いようがない。そんな馬車の周りに散乱している荷物は手早く『魔法の鞄』に回収していく。そして、あらかた全ての荷物を回収し終え、次にオレたちは冒険者の遺体に近づく。
「改めて見ると惨いわね……」
「そうだな……」
幸運にも巨大オークに食われずに済んだ二人の冒険者の遺体は直視できないほどひどい状態だった。オレは目を背けながら二人の遺体をなるべく早く回収する。
「これで、終わったか」
「そうね、それじゃ行きましょうか。
早くしないとアイツがうるさいから」
こうしてやるべきことを終えたオレたちは、レギエルと共に王都を目指して歩き始めた。道中、何度もルナリアとレギエルが些細なことで口論し始めて、いろいろ大変だった。
「アレンさん、見てください! 王都ですよ」
それでも、オレたちは無事に王都に辿り着くことができた。王都の前にはいつものように長い行列ができている。いつもはその行列に辟易していたが、今日はその長蛇の列にまた並ぶことができることに喜びを感じていた。
読んでいただき、ありがとうございました。




