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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第二章 社畜、冒険者になる
21/183

15: 巨大オーク(3)

少し残酷なシーンがあります。

///


 自分の予想よりもはるかに上回る光景を目にしたとき、人は思考が停止し、行動ができなくなってしまう。その目の前の光景を『夢』だと思い込み、自分自身を騙すのに全力を注いでいるのかもしれない。

 オレはそんな時、現実を受け入れることができるだろうか? 逃げ出さずに現実に立ち向かうことができる強い力。オレには備わっているのだろうか?


///




 オレたちは森に向かう野道を全速力で駆ける。もうすでに周囲は暗くなっていて、足元も鮮明に認識することができなくなってしまっている。そのため、オレはところどころに生じている地面の起伏や大き目の石に躓きながらも、どうにか転ばないよう態勢を立て直す。


「――アレン! あれを見て!」


 突然、ルナリアが前方を指さしながら大声で叫ぶ。オレはルナリアの指さす方向へと視線を凝らす。そこには死に物狂いで走っている中年だと思われる男がいた。


「オイ! 大丈夫か?」


 オレはその男に向かって安否を確認する。その言葉に気が付いたのだろう、男はこちらに向かって走ってきた。オレたちとその男の距離がだんだん近づき、その男の容姿がだんだん鮮明に認識できるようになってくる。その男はおよそ五十代と思われ、顔のいたるところに黒いシミと深いシワが刻まれている。身長は低く、下腹がプックリと出ていて、全身に脂肪の分厚い鎧をまとっていた。


「――た、助かった」


 その男はオレたちに出合って安心したのか、オレたちの前で膝をついて倒れ込んだ。男は苦しそうに肩で息をしていて、口からは息が漏れる奇怪な音がしている。全身から粘り気のある黄色い汗が噴出していて、できれば近寄りたくはない。だが、非常事態だからしょうがない。オレは男の前に跪き、手を貸してやる。


「オイ、何があったんだ?」


 男はオレの質問にすぐには答えることができず、数分間ほど息を整えるのに時間が必要だった。そして、やっと息が整ってきた男はオレの質問に答える。


「モ、モンスターに襲われたんじゃ!」


「どんな奴だ?」


「見たことがないくらい巨大なオークじゃった」


「「「!!!」」」


 ――運命的すぎるだろう。


 心の中で自分の凶運を呪いながらも、オレは二人のことが心配になり、彼女たちの顔色を窺う。さすがに彼女たちもいきなりの再開に不安感を抱いたのか、緊張した面持ちをしている。それでも、何とか弱い部分を出さないように気丈に振舞っているように見える。


「た、頼む、あっちにはまだワシの馬車があるんじゃ! その中に金目のものがいっぱい詰まっておる。それを取ってきてくれんか? 報酬は弾むぞ!」


「あんたは商人なのか?」


「そうじゃ! 王都で『金の歯』という商会を経営しておるレギエルじゃ」


「どの辺に馬車があるんだ?」


「森のすぐそばじゃ。

 頼む、金ならいくらでも出す! 荷物を持ってきてくれんか?」


 オレは大声で懇願してくるレギエルの言葉を聞き流しながらも、もう一つ重要なことを尋ねる。


「あんたが来た方からまだ何か音がするんだが、誰か他にいるのか?」


「あぁ、ワシを護衛していた冒険者たちじゃろう。

 あいつら、本当に使えん! せっかく高い金を払って雇ってやっておったのに……そんなことより、荷物じゃ! 荷物だけはどうにかしてくれ!」


 レギエルの口調に冒険者たちに対する感謝や心配の色は見られなかった。むしろ、冒険者たちの無事よりも自分の運んでいた荷物の方が大切らしい。オレはこの男の言葉に強烈な不快感を抱きながらも、次に行動を移すべく二人に話しかけた。


「聞いたか、二人とも、助けに行くぞ!」


「うん!」「はい!」


 オレはレギエルを半ば投げ捨てるようにその場に残し、まだ戦闘をしているかもしれない冒険者を助けるために走る。


 もうすく森の入口へと到着するころだが、辺りは静まり返っていた。戦闘をしていれば聞こえてくるだろう戦闘音も聞こえない。とてもじゃないが、複数の冒険者がこの辺りにいるとは思えない。


 オレはその状況に焦りを感じつつ、「まだもしかしたら間に合うんじゃないか、ひょっとしたら逃げ切れたんじゃないか」という、冒険者たちがまだ生きているという一縷の望みを抱いていた。


「――アレン、あれが例の馬車じゃない?」


 ルナリアが黒い塊がある場所を指さす。確かに、あれがあの男の言っていた馬車で間違いないだろう。ただ、周囲には馬もいなさそうだし、冒険者たちもいなさそうだ。多分だけど逃げ切ったに違いない。最悪な状況は回避できたようだな。オレは想定した事態が起こっていなかったことに安堵しつつ、その馬車めがけて走る。


 オレたちが馬車にかなり近づき、馬車の状況を視認できるようになった。馬車は横転してしまっていて、ドアは本体から切り離され数メートル横に転がっている。中の荷物は周囲に散乱していて、集めるのにかなりの手間がかかりそうだ。


「冒険者たちは逃げたのかな……」


「そうかもね……」


「そうだと嬉しいんですが……」


 オレたちは走るのを止め、散乱した荷物を拾いながら馬車の方へと歩み寄る。


 ――その時、オレたちはクチャクチャというこの場では似合わないような音を聞いた。


「「「――っ!!!」」」


 オレたちは動きを止め、その音がする方へと慎重に視線を向ける。その間も、何かがすりつぶされているような不快な音は響き続けている。ついに、オレはその音がどこから出ているのかを突き止めた。


「――馬車の後ろだ! 何かいるぞ!」


 オレとルナリアはナイフを取り出し構え、リーフィアはオレたちの後方へと回り魔法杖を取り出していつでも魔法を放てるように準備した。


 オレたちは万全の態勢でさらに馬車に近づき、音を出している主が何なのかを確認する。


 その時、オレの目の前にはとてもおぞましく、惨憺たる光景が広がっていた。オレの目の前には二つの人間の死体が地面に転がっていた。その死体は関節が曲がらないはずの方向にへし折られていて、壊れた人形のようだ。そして、その体中に深くえぐられたような跡があり、そこから血が勢いよく流れ出している。どちらの死体も何か重いものでつぶされたかのように、ところどころペシャンコになってしまっており、口からは内臓と思われるものが飛び出てしまっている。そして、それらの死体はもうすでに胴体と頭が繋がっておらず、頭が馬車のすぐ横に転がっていて、もう助けることができないということをオレたちにいやでも認識させた。


 だが、それ以上にもっとひどい死体がもう一つあった。


「――オークだ!」


「「!!」」


 そいつはオレたちの声に気付いてはいるのだろうが、こちらを見向きもしないで悠然と座り、食事を続けている。その姿を見て、オレたちは誰一人声すら上げることができなくなり、その場で固まってしまった。


 そいつは片手で人間の死体らしきものを持ち上げていて、そいつの手の間から死体の腕や脚、頭が力なさげに垂れ下がっている。そいつはゆっくりと自分の手を口元へと運び、死体から両脚を一気に食いちぎると、骨ごと咀嚼し始める。噛めば噛むほどそいつの口元からはおびただしい程の血がしたたり落ちていて、その血がやつの胸元辺りを真っ赤に染め上げていた。時折、骨が砕ける音をさせながらも勢いを弱めることなく、どんどんその恐ろしい口を上下に動かしていた。そして、口の中の肉がなくなると、次は両手を、その次に胴体を口に運び恐ろしい光景を作り続けていた。そして、ついに頭だけになってしまった。そいつは残った頭を片手で弄りながら口の方へと放った。空中に解き放たれた頭は血を垂らしながらそいつの口内へと見事に飛んでいき、プチュッという破裂音をさせながら腹の中へと消えていった。


 オレたちがその光景を見てから、一体どれくらいの時間が流れたのだろう。おそらく数分の出来事だったのだろうが、オレには何時間にも感じられた。


 そこには独特の静けさが広がっていたが、その沈黙を破るかのようにそいつは勢いよく立ち上がる。まだ、死体は残っているが食事を中断したらしい。一人分の死体で腹が満たされたというわけではないだろう。もっと新鮮な食材が三つもやってきたからだと思う。または、オレたちのことを覚えていて前の雪辱を果たすためか、若しくは、オークの苗床となる女が目の前に現れたからか。


 どれにせよ、そいつが完全にオレたちに意識を向けていることは変わりない。オレたちが無事に王都に帰るためには、こいつを討伐するしか道はなさそうだ。


 オレたちは覚悟を決め、オレたちに対して嗜虐的な笑みを浮かべているように見える巨大オークに対峙した。

読んでいただき、ありがとうございました。

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