2: とあるギルド職員のお仕事
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『社畜』
自身の感情を押し殺し、社会に奉公する存在。
語源は「社会に奉仕する家畜のような存在」から。
一般的な奴隷とは異なり、身分は平民であることが多い。時には貴族や王族に用いられることも。
クレーム対応や汚れ仕事など、一般的に忌避されるような仕事に就いている者に使われる。
多分に侮蔑的・嘲笑的意味が込められており、「自身の感情を表に出すこともできない臆病者」という意味が込められることも。
初めて用いられたのは、おそらくスレイブ王国のギルド内であると言われている。
『スレイブ王国語辞典』より抜粋
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冒険者。
それはモンスター討伐や薬草採集など、依頼された様々な仕事を命がけで請け負う者たちのこと。それゆえ、その厳しい世界で生き残るために、彼らには屈強な肉体と強靭な精神が要求される。そんな彼らは他の者に影響されることなく、常に自身の気の赴くままに行動し、その内に秘められた本能に従って生活をしている。そのため、彼らは何からも縛られない『自由の象徴』として世間からは見られることもしばしば。子供たちの多くが将来のなりたい職業として冒険者を挙げ、あこがれの対象である。
そんな彼らが所属しているのが冒険者ギルドといわれる組織であり、彼らは冒険者ギルドを通して、ギルドに依頼主からもたらされた数多くの依頼の中から自身の好きな依頼を選択し請け負う。すなわち、冒険者ギルドは依頼主と冒険者の仲介役である。そんな架け橋的存在である冒険者ギルドはこの世界のいたるところに存在しており、ギルドが存在しない地域はないとまで言われている。日々、様々な依頼が持ち込まれるギルドは倒産する可能性が万が一もなく、就職希望者が後を絶たない。そのため、ギルド職員になるには困難を極め、モンスターや薬草などに関する知識はもちろんの事、歴史や政治、周辺国家のことなど様々な知識が要求される。
そんな厳しい就職試験を乗り越えたほんの一握りの精鋭たちだけが晴れてギルド職員となることがでる。そのため、高い知性と社会的地位の二つを有するギルド職員は、世間から『人生の勝ち組』と称されていて、冒険者同様にあこがれの対象である。
――という風に、オレもギルド職員になるまでは思っていた。
しかし、現実は違った。
入った当時は、難しい試験を乗り越えてギルド職員になれたことへの達成感と優越感で生き生きとしていたが、しばらくたつとそんな感情は薄れていった。
圧倒的にきつすぎる!
依頼者や冒険者への対応、冒険者によって持ち込まれたモンスターの素材の運搬・加工・管理、上司や先輩からの要望に対する対応。日々、様々なことが求められ、それに出来る限り完璧に応じなくてはならない。そのせいで、オレは肉体的にも精神的にも疲弊しきっていた。
自分でもここまでギルドを辞めずに続けられていることに称賛を送りたい。普通ならば、こんな無茶苦茶な職場なんてすぐに辞めてしまっているだろう。そして、もっと楽な職に就いてのんびりと生活しているに違いない。そう考えれば、オレの忍耐力は常人をはるかに凌駕しているといっても過言ではないのかもしれない。誰かがこんなオレをねぎらってくれても良いのではないか。
ただ、生意気にもカッコ良く言っては見たが、ギルドを辞めない理由は情けないものばかりだと自分でも思う。辞職後の不安、依頼者・同僚・冒険者への義理、せっかくギルド職員に就いたのだからという感情などなど。
様々な感情がオレの中で渦巻き、オレをこの立場に留まらせる。日に日に消耗していく自分の身体と精神の健康のことを考えて、何度も辞めようと思ってはみたものの、それは時間の無駄でしかなく、結局はもうちょっと続けようという結論に至ってしまう。そのせいで、やつれていくばかりで一向に体調が優れることはない。
今日も、冒険者たちに媚びへつらいながらご機嫌を伺い、買い取った素材を一人で加工場へと運び、販売することができる姿にまで加工する。
「はぁーあ、今日も居残りか……晩御飯はいつ食べられるのかな……」
この一か月の間、晩御飯を何度食べただろうか。おそらく、片手で数えることができるぐらいだろう。まあ、そんなオレにとっては貴重な晩御飯も、ろくなものを食べていないのだが。大半はパサパサに干からびたパンと冷えたスープのみだったと思う。温かい食事なんて、ここ最近の記憶の中にはない。人としてどうかという生活ではあるがこれがオレの現状だ。自分で自分のことを振り返ってみても涙しか出ない。
オレはそんなことを考えながら疲れた身体に鞭打って仕事を進めていると、受付嬢たちの楽しそうな笑い声が聞こえてきた。あの声はいつも一緒に行動している二人組だろう。
「あいつ、今日も面白かったわね」
「まさか、あそこまでするなんて。
見た? あいつのみじめな表情。あれは傑作だったわ」
「見た、見た。あんなこと、よくできるわよね。
私だったら出来ないわ。」
「ああ、あの姿ね。あの姿はダサかったわよね。
同じ生き物とは思えないもの」
「「さすが、社畜よね」」
……またオレの陰口か。
受付嬢たちがオレのことを見下しているのは知っている。まあ、見下されても仕方がないような姿をオレが披露してしまっているのも原因なのだろうが。それでも、少しぐらいはオレに同情するような言葉を掛けて欲しいが、そんなことをオレが彼女たちに求めた所で承諾されるようなことはないだろう。
そもそも、彼女たちとオレとではギルド内での立場が違いすぎるのだ。
彼女たちはみんな見目麗しく、野郎の多い冒険者たちを魅了する絶世の美女ばかりだ。それに加え、その美しい肉体の中にしたたかさも併せ持っていて、彼女たちは自分たちの魅力を最大限に活用して冒険者たちを手玉に取り、自分の思い通りに冒険者たちをコントロールして貢がせている者も多いらしい。
そんな彼女たちはギルドにおいて看板的存在であり、冒険者からも絶大に支持されているため、ギルド内において他のギルド職員よりも優遇されており、様々な特典も提供されている。いわば、彼女たちは選ばれし『エリート』なのだ。
それに比べて、オレはよく言えば『縁の下の力持ち』、悪く言えば『小間使い』。特に容姿が優れているわけでもなく、平凡な家庭に生まれた、たまたま他の人よりも勉強と努力ができただけの存在だ。日々、彼女たちや上司から仕事を押し付けられて良いように使われるだけの存在であり、対等に口を利くことすら許されない。
反論することができればと何度も思ったが無駄だった。彼女たちの目にはオレの事なんて同じ人間として映ってはおらず、道端に捨てられた汚いゴミを見るような視線をオレに向けてくる。その視線を感じた時、オレはどうしても口ごもってしまい何も言えない状態になってしまう。
そんな経験から、今はひたすら与えられた大量の仕事を期限内に終わらせることだけを考えている。仕事を終わらせども、どんどんオレの机には仕事の束が積まれていき、あまりの紙の多さに、ここ最近は机の天板にお目にかかれていない。
ギルド職員の使い走りとして、オレはそんな惨めな生活を続けている。
「……やっと終わったか……今日もきつかったな……」
やっとのことで今日の仕事が終わり、クタクタになって碌に力の入らない身体に鞭打って帰路に就く。
ギルドの外はもうすっかり暗くなっており、人影も確認できない。立ち並ぶ家々の明かりは消え、生活音も聞こえない。もうみんな寝てしまっているのだろう。
オレが借りている宿の明かりも、もうすでに消えていた。オレは慣れたもので、暗闇の中で勝手口から他の客を起こさないようにコッソリと宿に入る。そして隅にあるオレの部屋の扉を音を立てないようにゆっくりと開けた。
その部屋の中は殺風景で、およそ人が生活しているとは思えないほど質素なものだ。部屋を彩る装飾品などは一切なく、疲れたオレの体を唯一労わってくれるベッドだけ。
オレはそこに倒れこみ、一日ぶりの温かさと柔らかさを感じつつ、薄れゆく意識の中つぶやいた。
「……誰か……助けてくれよ……」
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