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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第六章 社畜、貴族になる
181/183

34: 海は広いな綺麗だな

///

 美しいものを見たとき、言葉はいらない。

 ああだこうだと様々な知識をひけらかす奴もいるが、そのような無粋なことをしなくとも、その素晴らしさはしっかりと心に響いているし、むしろ雑音が混ざってしまい鬱陶しい。

 ただ心の中でその景色を堪能することに夢中になっていれば良いのだ。

///




「――すごーい! こんな宿に泊まったことないわよ」


「見てくださいこのベッド! フカフカで身体が沈みますよ」


「おい、二人とも、王女様の前であまり子供じみたことをするんじゃない!」


 アイラが用意してくれたという宿は、オレたちがこれまで泊まったことのないほど豪華な造りであった。部屋に供えられている品々も一級品ばかりであり、少しでも傷つけてしまと、たちまち大金がオレたちの懐から消えて行くことになるだろう。そのことを考えると、フレイヤの二人への注意もごもっともだ。


「まあまあ、私は特に気にしませんから、思う存分楽しんでくださいね」


 この程度の部屋では私室の方がはるかに豪華な王女は特に興奮することなく備え付けの椅子へと優雅に座る。


「それで、この後はどうする? オレとしてはせっかくだからアイラを観光したいと思っているのだけれど。好都合なことにまだ陽は高いからな」


 王女の荷物を床に置いたオレ。


 この後は特に予定があるわけではないので、かなり自由時間がある。まあ、端的に言ってしまえば暇なのだ。そう言う事であれば気になっているアイラの各所を見て回りたい。王都とはかなり様相が異なるので直ぐ時間が過ぎてしまうだろう。


「賛成! 私も行きたい。

 特に海が見える港の辺りに行ってみたいわ。私、海を見たことがないからとても楽しみ」


「私もぜひ海を見てみたいです。やっぱりとても大きいのでしょうか?」


「実は私も海というものは初めてだからな。父上への土産話としてぜひ行ってみたいものだ」


 三人とも海をご希望の様だ。


 実のところオレも海を見たい。昔、冒険者の誰かがここアイラにて海を見たという事を声高らかに自慢していたのだ。その話を忙しく働いている時に偶然聞こえてきて以来、一度はこの目で見ておきたいと思っていたのだ。


「どうしますか?」


 ただ、オレたちが行きたいからといっても王女の許可なしで行けるはずもない。オレたちは王女の護衛としてこの場にいるのだ。その責務を放棄し、王女を一人にしてしまうなんてことはあってはならない。もし責務を放棄して王女の身に何かあれば、オレたち全員の首が並べられることになるだろう。まあ、責務を果たしていても何かあれば同じ結末になるのだが。


「ええ、良いですよ。ぜひ海に行きましょう」


「やったー! そうと決まればすぐに行きましょう」


 ルナリアたちはベッドから立ち上がると部屋の扉を開けて、速足で外に出て行く。


「ちょっ、ちょっと待てくれよ!」


 姿が見えなくなったルナリアたちに言葉を投げかける。勢いよく階段を下りていく音が聞こえてくるのでオレの言葉は無意味なものへとなってしまった。


「……でも気を付けてくださいね? ここは王都ではないのですから」


 やれやれと肩を竦めていたオレの背中に、王女の小さな呟きが届いた。


「それはどうい――」


 オレが振り返ろうとしたのと同時に王女がオレの横を通り過ぎ、ルナリアたちの後を追って階段を下りていく。


 オレは王女の言葉の意味を聞いておきたかったが、王女たちを階段の下で待たせるわけにはいかないので、脳裏に浮かんだ疑問をふっと消すと、そのまま王女たちの後を追いかけて部屋を後にする。


「もう、遅いわよ」


「悪い悪い」


「じゃあ、海に向けて出発!」


 頬を膨らませたルナリアを宥め、待望の海へと向かう。


 道中はまさに混とんとしており、肌の色や言葉など、いままで王都では見たことも聞いたことも無いような様々な様子がオレの五感を刺激する。このような多種多様な様相は王都では経験することが出来ない。それは、ここが本当にスレイブ王国なのかと思わせる程であった。


「本当にすごいですね。ここまで王都とは違うなんて」


 リーフィアが圧倒された様子で周囲を見渡しながら歩く。ルナリアやフレイヤも物珍しそうに顔を右に左にと忙しなく動かしていた。みんなの顔にはまるで新しい玩具を目の前にした子供のような笑顔が浮かんでおり、マリネの街並みに夢中になっている。


 そんな中、浮かないかをしている者が一人。


「……」


「何か気になるものがありましたか?」


「いえ、何も」


「そうですか。何かあれば言ってくだい」


「ええ、ありがとうございます」


 王女は眉間にしわを寄せ、厳しい表情を浮かべていた。


 宿を出る前の王女の言葉があるので、何らかの脅威が王女へと向けられているのかと思い尋ねたがそう言う訳でもなさそうだ。オレも周囲を注意深く観察するが、何もおかしな点を発見することは出来なかった。周囲からの視線は感じるが、それらは観光に来た者たちへと向けられるもので、強烈な悪意を孕んではいない。いや、中には王女たちの美貌に惑わされてあわよくばとの思いでこちらに近づこうとしている者もいるが、通りの群衆の波に逆らうことは出来ずに逆方向へと流れていく。まあ、話しかけてこられても、三人にたちまち叩きのめされることになるので、そいつのプライドを守るためにも良かったのだろう。


 王女の様子を気にしつつも歩いていると、初めて嗅ぐかおりが風に乗ってオレたちの鼻孔をくすぐる。


「わあ――!」


 ルナリアが人混みを抜け出したところで立ち止まり、感嘆の言葉をもらす。


 オレたちもルナリアの後を追い彼女の横に並ぶと、オレたちの眼前には広大で真っ青な水面が広がっていた。


「……これが海か」


 どこまでも続く青い水平線。


 陽の光がキラキラと反射してオレたちの瞳を焦がさんとするばかりの明るさをオレたちに届けている。


 風に揺られて水面が波打ち、その上に浮かんでいる大きな船をも揺らしていた。


「凄いわね」


「綺麗ですね」


「絶景だな」


 三人も広大で圧倒的な海の美しさに魅了されているようだ。三人とも息を飲んでその美しさを堪能しており、目に焼き付けるかのように目の前の光景に食い入っている。


「やっぱり海は良いものですね。ここまで来たかいがあったというものです」


 既に海を知っていた王女もオレたち程ではないけれど、海の綺麗さに心動かされているようだ。先ほどまでの険しい表情は消え失せ、優し気な落ち着いた表情が浮かんでいた。


「――ッ!?」


 和んだ雰囲気の中、突然オレたちの方へと向けられた殺気。オレは王女を庇う様に立つと、殺気が発生した方へと視線を向ける。三人もオレと同様に武器に手をやり、いつでも戦闘に移ることが出来るようにしていた。


 流れる静寂。


 周囲は変わらず喧騒としていたが、オレたちには緊迫した時間が流れていた。


 ――数十秒。


 辺りを注意深く観察したが、先ほどの殺気を再び感じることは出来ず、犯人も特定することも出来なかった。


「……帰りましょう」


 これ以上ここにいるのは得策ではないため、オレたちは王女を囲う様に位置すると、周囲を警戒しながら宿へと戻るのであった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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