12: 奴隷商人
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人間はなぜ奴隷という身分を作ったのだろう?
自分がしたくないことを押し付けるため? 自分の優位性をアピールするため?
いくら考えてもオレにはわからないが、オレはそれを受け入れることしかできない。そんな搾取される存在がいるのだと。
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オレたちは王都から少し離れた場所にいた。今日も天気は快晴で日がオレたちを明るく照らしている。
「――リーフィア、そっちに行ったわよ!」
『ウィンド』
一匹のゴブリンに向かって、リーフィアから解き放たれた鋭い風の刃が襲い掛かる。ゴブリンは横に飛び、なんとかそれを避けようとするが、完全に避けきることができずに左足が宙に舞った。左足を失ったゴブリンは立つことができずに、地面に無様に倒れ込む。ただ、まだ戦意は喪失してないようで、自分をそのような状態に追いやったリーフィアを憎しみのこもった目で睨んでいる。
「――よそ見してんじゃねぇよ!」
オレはリーフィアに気を取られているゴブリンの死角へと回り込み、そのままゴブリンの首めがけて斬撃を放つ。幸いにも、オレの攻撃は避けられることなくゴブリンの首に命中し、途中で頸椎の硬さを感じながらも、そのままゴブリンの頭を胴体から切り離した。
切り離された首は地面の上に転がり落ち、ゴブリンの苦悶の表情を残したままだ。胴体の方は勢いよく血が吹き出しながらそのまま後ろに倒れていった。
「……よし、やったわね」
ゴブリンが完全に死んだことを確認し、オレたちは臨戦態勢を解きながら、ゴブリンの下へと向かう。
オレはゴブリンの討伐証明に必要なゴブリン特有のとがった耳を頭から剥ぎ取り、『魔法の鞄』に仕舞いながら、ルナリアとリーフィアに話しかける。
「それにしても、連携が大分良くなってきたな。
もうゴブリン一匹ぐらいじゃ、なんてことないな」
「そうね、大分スムーズに討伐できるようになってきたわね。
まぁ、チームの構成がいいのもあるけど」
「私もそう思います。
やっぱり前衛が二人いると、後衛の私もやりやすいです。
安全圏から魔法を打ち放題ですよ」
オレたちがパーティーを組んでからの数日間、オレたちは各々のポジションを確認しながら、連携の調整を行っている。ナイフで戦うオレとルナリアは前衛で、できる限りモンスターをこちらに引きつけ、そのスキを狙って後衛のリーフィアが魔法で攻撃、その後、オレかルナリアがとどめをさす、という一連の流れをオレたちは確立した。
この連携が思った以上にはまって、オレたちはこの数日間でゴブリンやオークを安全に数多く倒すことができた。そのため、オレたちは思った以上に稼ぐことができている。
Fランクのオレがパーティーにいることで、パーティーとしてはFランクの依頼しか受けることができない。だが、依頼を受けることができなくても、モンスターを倒して討伐証明部位をギルドに提出すると、その分だけ報酬をもらうことができる。それにゴブリンは臭くて食べることができないが、オークはその見た目とは裏腹に、その肉はおいしい。そのため、オークの死体をギルドに持ち込めば、結構いい値段で買い取ってくれる。
今日も、Fランクの簡単な依頼を受けながらも、こうしてモンスターを討伐して小銭を稼いでいる。
「――それにしても、初心者とは思えないわね。
普通、初心者はゴブリンの首を落とすのにも結構時間がかかるものよ」
「そうですね、さすがアレンさんだと思います」
二人はどこか誇らしげにオレのことを褒めてくれる。ただ、そんなに褒めるようなことではないと思う。ギルド職員時代に毎日モンスターの解体を死ぬほどやってきたオレにとって、そんなことぐらい朝飯前だ。でも、せっかく二人が褒めてくれているんだ。素直に受け取っておこう。
「ありがとう。
でも、二人こそすごかったぞ」
「へへへ、そう?
なんて言っても、私たちは小さいころからずっと一緒なの。
リーフィアを一番理解してるのは、私よ!」
「ルナリア、そんなにくっつかないでよ」
ルナリアが笑顔でリーフィアに抱き着く。リーフィアも言葉とは反対にうれしそうだ。オレはその和やかな光景にほっこりしながらも、もっと別の場所に目を奪われていた。そうルナリアがリーフィアに抱き着いたことにより、彼女たちの胸がこれでもかと強調されているのだ!
ルナリアは前衛ということもあり身体は引き締まっていて、さほど大きくはない。だが、リーフィアは違う! その身体はローブに隠されてはいるがはっきりと二つの果実を視認することができる。その果実がルナリアに抱き着かれることによってより一層強調され、もし街中なら周囲の視線を欲しいがままにするだろう。
オレは素知らぬ顔をしながらも、リーフィアにばれないように横目でその果実を観察していた。
ただ、リーフィアはオレの視線に気づいたようで、その顔に微笑みを浮かべてオレを見つめていた。
まずい! オレはすぐに顔をリーフィアの果実から反らし、何もなかったかのようにルナリアへと話しかける。
「ルナリア、まだ早いけどそろそろ帰ろうぜ。
今日は行列に並びたくないからな」
「それもそうね、それじゃ行きましょうか。
リーフィア、死骸の処理をお願い」
モンスターがゴブリンの死体に群がってこないように、リーフィアの『ファイア』で頭と胴体を黒焦げにする。死骸の処理が終わった後、オレたちは王都向けて歩き出した。
「それで、今日は何を食べる?」
「オレはガッツリ系が良いな。
オークの肉とか」
「私はサッパリ系が良いです」
オレたちは王都への帰り道、今日の晩御飯の話題で盛り上がっていた。オレたちは今日も朝から王都の外に出ていて依頼をこなし、モンスターを討伐していた。そのせいで、お腹もかなり空いている。そんなオレたちにとって、晩御飯の話題はうってつけの話題だった。事実、二人も楽しそうに、あれでもないこれでもないと話し合っている。
――そんな和やかな雰囲気を楽しんでいるオレたちの後ろから、突如として侵入者が現れた。
オレたちはその侵入者の音がする後方へと視線を向ける。そこには、こちらにすごい速さで駆けてくる一台の馬車があった。御者台には太った中年が座っていて、いかにも金にがめつそうな風体だった。馬車はおそらく王都に向かっているんだろう、王都への道のりを一直線に駆けている。その馬車はすぐにオレたちのいるところまで到達し、すごい速さでオレたちのすぐそばを追い越していった。
その馬車の荷台は特殊な造りをしており、一般的に人を運ぶ馬車や商人が用いる馬車とは明らかに異なっている。その馬車の荷台は、前方と側面は丈夫な木材で囲まれていて、後ろ側には鉄製の柵が設けられている。
そして明らかな違いは、その中にひどくやせ細った者たちが汚い布に包まって、うつむき膝を抱えた状態で座らされているということだ。
「奴隷商人か……」
オレはすごい速さで追い抜いて行った奴隷商人を目で追いながら呟く。
「何よ、アイツ!
もうちょっとで当たるところだったのに、謝罪の一つもないわけ!」
「まぁまぁ、ルナリア落ち着いて。
結果的に大丈夫だったんだから、良いじゃない」
「でも――」
せっかくのいい雰囲気を壊されてルナリアはお冠らしい。オレはそんなルナリアを後目に、あの馬車の中にいた一人の子供のことについて考えていた。オレの目を引いたその子供の目はとても濁っていて、生気が感じられなかった。そして、何もかも諦めてしまっているようだった。オレはその目が昔のオレと同じような目であるということに気付き、戦慄する。あんな子供がオレと同じような、いや、社会的地位においてはもっとひどい待遇にあるのかと。
スレイブ王国には奴隷が存在していて、その多くは金持ちや貴族によって所有されている。そんな奴隷たちの待遇は過酷を極めるという。主人が悪ければ、食事は一日一食で腐ったようなパンしかもらえず、自由もなくこき使われるだけ。そして、使えなくなったらそのまま殺されて道端に処分されるらしい。ただ、主人が良ければ好待遇も望めるらしいが、そんなことはかなり稀なことだ。
「あの子はどっちになるんだろうな……」
オレはあの子の今後を祈りつつ、その馬車が見えなくなるまでただ眺めることしかできなかった。
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