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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第六章 社畜、貴族になる
179/180

32: 馬車に揺られて

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 旅とはどうしてこうも心躍るのだろうか?

 これまで経験したことのない新しい発見との出会いが、平凡な生活に新鮮な色を差し込んでくれる。そのことを考えると居てもたってもいられず、足が勝手に動き出してしまう。

///




「――おい、あそこを見てみろよ! 綺麗な花畑があるぞ。あの咲いている花は一体なんだろうな? 王都の周辺では見かけたことがないから、おそらくこの辺り限定の花だとは思うけれど。思い出として少しだけ摘んでこようかな」


 馬車の中からオレが指さした方には美しい花が辺り一面を覆いつくしており、甘いかおりが風に運ばれてきている。おそらく同じ種類だと思われるけれど様々な色で咲いており、たとえ数時間見ていたとしても決して飽きることは無いだろう。ここ数日程馬車の中から見ることの出来た景色は緑ばかりだったので、そのせいもあって余計に華やかに見えているのかもしれない。そうだ、今日の昼食はあの花畑の傍で食べるのはどうだろうか。うん、それが良いだろう。


「なあ、どうする?」


 オレは馬車の中――同乗しているみんなの方へと視線を向ける。


『……』


「なあ、せっかくなら昼食もあそこでどうだ? きっと嫌なことも忘れることの出来る素敵な時間になると思うぞ」


『……』


 オレの言葉に対してルナリア、リーフィアの返事はない。花畑の方を見てはいるが、無言のままであった。その瞳からは外で咲いている花のような美しさは消し去られており、代わりに誰かを責めるような暗い色が浮かんでいる。御者を務めているフレイヤも黙々と馬を操っているが、その背中からはさすがはAランク冒険者と言わざるを得ない強烈な圧を感じる。


「ああっと、まあ、その……」


 外にはあんなに明るい光景が広がっているのに、馬車の中には正反対の状況が立ち込んでいる。


 あまりにも気まずい雰囲気の中、オレは馬車の床にひざを着くと、もう何度目か分からない言葉を口に出す。


「その節はどうも申し訳ございませんでした!」


 ――えっ、はい、花街で遊んできたことがすぐにバレてしまいました。絶対にバレないように念入りに証拠隠ぺいを図ったのに、なぜか屋敷に帰ってすぐにみんなのバレてしまった。その時からこの気まずい雰囲気が続いているのですよ。何を言っても返ってくるのはオレを責める眼差しだけ。もうそろそろ許してくれないと、オレの精神も何度も地面に打っている額もこれ以上もちませんが。


「ふふ、もうそのあたりで許してあげてはいかがですか? そうでないとせっかく見つけた私のおもちゃ――もとい近衛騎士が使い物にならなくなってしまいます」


 困り果てていたオレに救いの手を差し伸べたのは、オレたちの様子を楽しそうに眺めていた王女。いつもオレの事を弄ぼうと画策しており、先ほどの発言にも聞き捨てならない言葉が含まれていたが、今だけは優しさに満ち溢れた女神さまに見える。


「……はあ、王女様がそう仰るなら分かりました」


 ルナリアは溜息を吐くと、王女の申し出に応じてくれた。ただ、王女の仕方がないという雰囲気まんまんではあったが。リーフィアからも先ほどまでの眼差しは消えていき、いつもの綺麗な瞳が顔を出そうとしている。フレイヤの表情は見えないが、その背中からは先ほどまでの圧は感じられない。


「ほら、みなさん許してくれましたよ」


「お、王女様! あなたに使えてから初めて感謝の気持ちで一杯になりました!」


「ふふ、もっと感謝してくださいな」


「イエス、マム!」


 オレと王女がふざけていると、ルナリアが馬車の床を鳴らした。


「でも、これで二回目だってことはその頭に刻んでおきなさいね。もし次があるようであればどうなっても知らないわよ」


 あまりの迫力にオレは息を飲み、コクコクと壊れた人形のように頷くことしかできない。


「まあまあ、この辺りで許してあげましょう。アレンさんも少しだけオイタがしたかっただけでしょうから」


 リーフィアの慈愛に満ちた声。


 オレは嬉しくなってリーフィアの方へと視線を向けるが、緩んだオレの表情は再び凍り付く。


「でも、オイタはもうダメですよ?」


『魔法の杖』をオレの方へと向けて怪し気に微笑むリーフィア。もし三度目を犯してしまえば、リーフィアの魔法がオレの身体を簡単に蹂躙してしまうだろう。


 恐怖のあまり身体がガタガタと小刻みに震えてしまう。もう花街へは行かないと心に決めた。


「じゃあ、アレンも反省したことだし、あそこでお昼にしましょう。

 それで良いですよね?」


「ええ、私は良いですよ」


 王女という立場上、部屋の外で食事をとる機会はほとんどなかったのではないだろうか。大空の下、地面に腰を下ろして食事をするという珍しい経験に心を躍らせているようだ。


 フレイヤが馬車を止めた後、オレは馬車の扉を開けてゆっくりと外に出る。


 数時間ほど馬車の中にいたせいで、外の新鮮な空気がとても美味しく感じる。呼吸をするごとに身体の中にあった嫌なものが綺麗さっぱり消え去っていくようだ。


「普通の馬車よりは豪華だけれど、やっぱり長時間乗っていると身体が痛くなるわね」


 オレに続いて降りて来たルナリアとリーフィアが腕を上にあげながら長旅で固まった身体を伸ばす。


「兄上様たちの馬車ならもう少し豪華なのでかなり快適な旅が出来たのでしょうけれどね。私の立場ではこのくらいの馬車しか用意できませんので」


 オレに手を取られた王女が申し訳なさそうに馬車から降りる。


「いやいや、この馬車も平民である私たちにはとんでもないくらい豪華で快適でしたよ」


「中は広いし揺れも少ない。それに中でお茶まで飲めるのだから、これ以上求めるのは贅沢すぎると思うわよ」


 平民である二人の感覚で王族の馬車を評価するのは感覚の隔てりが大きすぎてあまり妥当ではないと思ったのだが、王女は二人の言葉に優しく微笑んだ。王女のオレ以外に対する態度がかなり王女らしいことに少しだけ腹が立つ。ルナリアたちも王女の隠された性格に気が付いておらず、その表向きに魅了されてしまったようだ。


 言いたい! 今すぐここで王女がクソみたいな性格だと声高らかに暴露してやりたい!


 オレの心の中の葛藤を感じ取った王女が、オレの方へと微笑みかけてくる。表情は笑っているが、その背後には恐ろしいモンスターが浮かんでいるような幻覚が見えた。


「王女様、お食事の用意ができました」


 フレイヤが良さげな場所を取ってくれたようだ。


 今日の食事は王都の屋台で買い込んだ様々な串焼きだ。王女に出すような上品な食事ではないが、王女はここ数日同じような食事をかなり楽しんでいる。堅苦しい作法がないのが王女的にはかなり高評価だったようだ。串を両手に持ち、王女とは思えない行儀の悪さで頬を膨らませていく。


 そんな姿に苦笑しながら、花の香りと串焼きの味を堪能しつつ、空いたお腹を満たしていった。




 ――夕方頃


「王女様、見えました!」


 王都を出発して数日、オレたちはついに目的地――海都マリネへと到着した。


読んでいただき、ありがとうございました。

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