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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第六章 社畜、貴族になる
177/180

31: 突然の依頼

///

 長年連れ添っていても完全には相手の事を理解することは難しいだろう。

 それは、どんなに仲が良くても全てを曝け出すことが出来る訳では無いので当たり前だし、それが普通の事だと思う。

 逆に、全てを曝け出すことの出来る仲を気持ちが悪いとも思ってしまうのはオレだけだろうか。

///




「――地方貴族の下へと参ります!」


「はい、どうぞ」


 王女の近衛騎士になって早十日ほど。王女の突然の言葉にも動じることが無くなってきた。今も感情を動かくすことなく受け答えをすることが出来ている。これが騎士になるという事か。騎士となって初めて有益な能力を得ることが出来たのかもしれない。


「地方貴族の下へと参ります」


「はい、頑張ってください」


 騎士はただ王女の後ろに控えていれば良いとだけ思っていたのだが、実際はそうではなかった。性別が違うのでさすがに着替えや風呂などは専属のメイドが世話をしているが、それ以外の雑用――王女に御目通りを求めて来た貴族との日程調整や、王女の関わっている商売の経過確認、公務に用いる書類作成など、様々な業務が絶え間なく降りかかってくる。やっとのことで事務仕事から解放されたと思ったら、まさかここでも付き纏ってくるとは。


「アレン! 私は王宮から離れますよ!」


「はい、お気をつけてください」


「――ッ!」


 そろそろ王女をおちょくるのを止めないと、あとあと面倒くさいことになりそうだ。


「冗談ですからそう怒らないでください」


「主人である私をからかうなんて重罪ですよ! それこそ処刑されてもおかしくない程です」


「はいはい、それは申し訳ございませんでした。処刑は嫌なのでどうかご機嫌を直してくださいませ」


「……全く反省していないですね」


「ええ、それはもう」


「……」


 おっと、これ以上はさすがにまずそうだ。共に過ごした時間が長くなってきたので、王女の我慢の限界点は完全に把握している。こうして黙り始めたら、そろそろ止め時だ。


「それで、なぜ地方へ行くのですか? 王女自ら出向かなくとも相手側に王都へと呼びつければよいではありませんか」


 わざわざ王女が地方に赴く理由が皆目見当がつかない。他の国がどうなのかは知らないが、権力意識の強いここスレイブ王国において、影響力がないといえども王女が地方の貴族の下へと訪れるとは。何かしらの事情があるのではと邪推しても仕方のない事だろう。


「そこには私の古くからの友人がいるのですよ」


 王女に友人がいるなんて驚きだ。これまで後ろで見て来たが、たいていが王女の権力にあやかろうとしている貴族や、顔は笑っていても心の中では王女の美貌に対してドロドロとした嫉妬心を燃やしている令嬢ばかりだったのだ。王女もいつもの笑顔で応えていたものの、いつも心休まる時がないという様子で肩に力が入っていた。


 そんな一人ぼっちでかわいそうな王女に友人がいるとは。さすがなオレも安心の涙がこぼれてしまいそうだ。


「いつから行くのですか?」


「うーん、そうね。色々と準備もあるから、五日後ぐらいでどうかしら?」


「分かりました」


 オレも手元の仕事を粗方片付けるのにはそのぐらい時間があれば大丈夫だろう。それにしばらく留守にすることをステラに説明しなければならない。


「あっ、せっかくだからあなたのお友達も連れて来なさいね」


「友達というのはフレイヤの事ですか?」


 オレにとってフレイヤは友達というよりも居候先の娘であり冒険者パーティの仲間という認識なので、一瞬だけ王女が指し示すのが誰なのか考えてしまった。


「彼女もそうだけれど、あなたの冒険者の友達よ。確か女性二人と冒険者パーティを組んでいるんでしょう?」


「二人は貴族ではないのですがよろしいのですか?」


 下級貴族のオレを近衛騎士にするぐらいだから王女はその辺を気にすることは無いだろう。しかしながら、王女の周りに取り巻く他の者たちはどうだろう。


 今回の王女の旅行だが、当然のことながらオレと二人きりで行くと言う訳では無い。王女の身の回りのお世話をするメイドが帯同する。その中には平民であることを理由に王女に近づくことを許すことの出来ない者もいるだろう。


「大丈夫よ。もちろん中には不満を持つ者もいるかもしれないけれど、そんなこと考えたらきりがないわ。だって、そもそもあなたが私の騎士になっているのですもの。二人が平民だなんて今更じゃない?

 それに、その彼女たちもドラゴン討伐に携わったのよね? それならば私の護衛として申し分ないと思うのだけれど」


「まあ、それはそうですが、問題は二人が頷くかですね」


「あら、断られるの?」


「まあ、二人とも面倒なことには首を突っ込みたくはないでしょうから」


「酷いわ! 私をそのように厄介者のように扱うなんて」


 目の前でわざとらしく悲しんだふりをする王女を無視してルナリアとリーフィアが首を縦に振るかどうか予行演習を行うが、かなり勝算は低いだろう。絶対に嫌な顔をされるに決まっている。


「……彼女たちにはお礼として依頼料とは別に、私御用達の美容関係の物を渡すわ」


「そんなことでいけますかね?」


 そんな事で二人が頷くとは到底思えないのだが、女性の事は女性に任せるのが一番なので素直に伝えることにしよう。


「彼女たちがついて来てくれれば、護衛として他の者たちを帯同させなくて済むから、あなたにとっても嬉しいでしょう」


「……絶対に連れてきます」


 絶対に面倒事しか起きないだろう誰か知らない奴と王女の護衛をするよりも、ルナリアたちと護衛する方が圧倒的に楽であり、安心だ。それであるならばどんなことがあってもルナリアたちを説得しなければならない。


「じゃあ色々と準備もあるだろうから、今日はもう帰って良いわよ」


 王女の言葉に甘えて部屋を後にし、ルナリアたちに今日の事を伝えるために足早に屋鋪に戻った。




『――引き受けた!』


 王女の護衛として一緒に来てくれないかとルナリアたちに頼んでみると、オレの予想とは異なり、二人とも勢い良く承諾してくれた。最初、オレの話を聞いていたルナリアたちの表情は『面倒事には巻き込まれたくない』との思いが浮かんでおり、絶対に断られる雰囲気だったのだが、王女御用達の美容関連の物がもらえると聞くや否や、ルナリアたちは表情を一変させて承諾してくれた。どうやら、王女の言葉は正しかったようだ。


「おっ、おう、ありがとう」


 ルナリアとリーフィアのあまりの気迫に戸惑いを隠せない。美容というものがそこまでルナリアたちにとって重要なものだったとは知らなかった。


「ア、アレン、私もか? 私も貰えるのか?」


 美容という言葉が刺さったのはフレイヤも同じようで、話の流れから自分だけ仲間外れになっていると感じたフレイヤが迫ってくる。


「た、多分もらえると思うぞ」


「本当か!」


「……意外だな。ルナリアとリーフィアはまだしも、フレイヤがそんな物を欲しがるとは」


「今かなり失礼な言葉が聞こえたのだが?」


 ボソッと呟いたつもりだったが、フレイヤにしっかりと聞かれてしまったようだ。


「いやいや、だって貴族であるフレイヤなら自分で買うことが出来るだろう?」


「王族御用達の商品が下級貴族の私に買うことが出来る訳ないだろう。普通は上級貴族以上の紹介状が必要になるのだ」


 オレが思っていたよりも王女御用達のハードルは高いらしい。


「お嬢様、もちろん私にも分けて頂けるのですよね?」


 オレは背後でイザベルさんがフレイヤにかなりの圧をかけているのを感じながら、オレとしばらくの間離れ離れになることを悲しんでいるステラをどうやって励まそうかと思案するのであった。

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