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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第六章 社畜、貴族になる
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30:  播種

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 何事にも根回しというのは大事だろう。それが円滑に物事を進めたいのであればなおさらだ。事前に根回しをしておくことにより、バラバラな者たちを一つにまとめることができ、無駄な時間を消費することがない。

 まあ、根回しのために様々な賄賂等が横行してしまうという現実は付きまとうのだが。

///




「――あら、他の者はいないの?」


 部屋の中へと入ると、宰相マルクリウスが豪華なソファに座り、書類を眺めている様子が目に入った。普段はここで多くの者が仕事をしているのだろう。宰相の者よりか数段豪華さは劣るが机とイスが用意されており、多くの書物が積まれている。


 しかしながら、今はそれらは使われておらず、この部屋にいるのはオレと王女と宰相だけ。メイドも扉の外へと出て行ってしまっている。


「我が国の英雄殿は少々嫌われていますからね。私だけの方が何かと面倒も起きずに良いと思いましたので」


 マルクリウスは手元の書類から視線を離し、オレたちの方へと向ける。爵位を授与された時も思ったのだが、相変わらず何か得体の知れないものを感じさせる男だ。オレの全てを見透かそうとしているような視線を向けられて、背中に嫌な汗が流れる。


「そうだ、こっちが私の騎士であなたが興味を示しているアレンよ。授爵の際に顔を合わせたと思うのだけれど、それ以外は無いわよね?」


 王女は宰相とはかなり親しげなようで、いつもの外向きの態度ではなかった。淑女としてはいかがなものかと思わせる程の態度で部屋に配置されたソファに沈み込む。


「ええ、その一度だけですな」


「あなたの希望でわざわざ連れてきてあげたのだから感謝してくださいね」


 王女は用意されていたお菓子を頬張りながらかなりくつろいでいた。オレはそんな王女の後ろ側へと回り込み、騎士っぽい態度で佇む。


「何しているの? あなたもここに座りなさい」


 王女は自身の横をポフポフと叩く。


「では、失礼します」


 座ってしまうとここから逃げ出すことが出来なくなってしまうので嫌なのだが、さすがに断るわけにもいかず、嫌々ながら王女の横へと腰を下ろす。オレが従順なのがそれほど面白いのか、王女もご満悦だ。


「それで、オレに何様ですか?

 特に関わりもなかったかと思うのでお気に障るようなことはしていないと思うのですが」


 できれば早く退出したいオレは、このまま王女に任せていると長居することになりそうなので、本題に移ることを促す。少し不躾であり、マルクリウスの眉が一瞬だけ動いたように見えたけれど気にしない。このくらいで落ちる程オレへの周囲からの評価は高くないのである。そのため、今更宰相ごときに嫌われようとオレへのダメージは皆無である。ただ、ありもしない疑惑をかけられ、法で裁かれるかもしれないとの不安はあるのだけれど。


 オレは不安を表に出さないように、オレたちの正面に配置されていたソファに腰を下ろしたマルクリウスに視線を送る。テーブルで隠れていたのでマルクリウスに覚られてはいないと思うが、オレの脚が少しだけ震えていたのは秘密だ。まあ、横の王女にはしっかりとバレており笑われていたのだが、今は無視しておこう。


「平民出身の成り上がり者の態度にいちいち怒るほどこちらも暇ではない」


 では、さきほど眉を動かしたのはどういう心の表れなのだろうか。


「今日呼んだのはかねてより誰が就くのかと話題になっていた王女様の近衛騎士に、かの英雄殿が就任したと聞いたのでな。王女様の騎士となれば、今後さまざまな所で顔を合わせる場面が出てくるので、挨拶をと思ったのだよ」


「ふふ、私の騎士としては最適な決断でしょう」


 王女の得意げな態度に少しだけイラっとしてしまう。


「ええ、確かに戦闘面ではこれ以上の者はおりますまい」


 マルクリウスの視線が鋭くなる。


「しかしながら、礼儀や家柄に関しては下の下でございますな。どう高く見積もってもおよそ一国の王女の騎士になることが出来るものではございません」


「それはしょうがないでしょう。

 それに、例え他の者を選んでいたとしても絶対に不平不満は出ていると思うわよ。それならばこの王国で一番強い者を騎士にするのが最良な選択ではなくて?」


「オレとしてはすぐにでも辞める気でいるのですけれどね」


 オレの呟きに王女がキッとにらみを利かせる。


「ええ最良でしょうな。

 まあ、候補者がかなり質の悪い中からの最良ではありますが」


「では宰相のお目に適う他の有能な方を推薦してくださいよ。オレならすぐにでも辞めてあげますから。宰相ならさぞかし有能な方をご存じなんでしょうね。」


 マルクリウスがチクチクとしてきたので、こちらからもお返ししておく。


「……どうやら英雄殿は武だけでなく口にも長けているらしいな」


「ええ、ありがたいことに陰でコソコソと嫌味を言うのが得意な貴族たちの中で仕事をすることが出来ましたんでね。平民のままだとこんな能力は伸びなかったでしょう」


 宰相とオレの視線がバチバチに交差する。


「ふふ、二人とも仲良くなれたようで良かったわ」


 オレたちのどこを見たらそんな風に感じられるのだろうか。もしかしたらオレの主人の目は水晶玉で出来ているのかもしれない。


「大体の人柄は理解できた。その図太さならば貴族社会でもやっていけるであろう」


「それはどうも。ただ、オレとしてはお断りですけれど」


 宰相はもうオレの全てを理解し終え、これ以上話すことは無いと言わんばかりの態度でオレに退出を促す。


 オレとしても好都合だったので素直に従って立ち上がった。


「……極めて勇敢な英雄殿に一つだけ忠告しておこう」


 扉を開けて部屋の外に出ようとしたオレの背中に宰相の凍てつくような声が掛けられる。


「身の回りには注意することだ。特に獣臭い君の周りはな」


「ご忠告どうも」


 最悪な雰囲気を部屋の中に残したままオレは勢いよく扉を閉めた。




「――それで、どうだった?」


 アレンが退出した後、部屋に残されたマルクリウスと王女は依然としてソファに座り、対面したままだった。


「私の言った通り、なかなかの大物でしょう?

 仮にも一国の宰相にあれほどの口が利けるのだから」


 王女はクスクスと笑いながら、先程のアレンとマルクリウスのやり取りを振り返る。生まれながらの貴族であれば、宰相という絶対的権力者に対してあのような態度はまず取らないだろう。不快なことがあっても面には出さず、陰でコソコソと暗躍するのが常套手段だ。アレンのマルクリウスへの態度は平民出身であるという事が大きくかかわっているのかもしれない。


「一番隊との勝負に負けたとの知らせを聞き、ただの間抜けかと思っていたのですが想像していたよりも曲者かもしれませんな」

 マルクリウスは最後に投げかけた言葉に対するアレンの反応を思い返す。


「それに、獣人族を庇うあの様子もおそらく本心でしょう」


 ドラゴン討伐の報酬として獣人族を引き取った時から何かあると睨んでいたが、本日の様子から確信に変わった。


「もうすでに種はまいてあるのでね。もうそろそろ収穫できるかと」


 マルクリウスは目の前にいない獲物に対するして獰猛な笑みを浮かべる。


「ふふ、面白くなりそうね」


 外では空には遠くの方から雨雲がこちらへと流れてきている中、部屋の中では王女の不気味な笑顔が窓に浮かんでいた。

読んでいただき、ありがとうございました。

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