28: 近衛騎士
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定職に就くというのは社会的に大切なことだ。
フラフラとしている者に対して、世間は白い目を向けるだろうし、信用もしないだろう。
しかしながら、それらは自身が周囲からどのようにみられているかという事を意識しすぎてしまっているのではないだろうか。他者は他者だと切り捨てることも時には大切なことだろう。
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「――へえ、それは面白そうなことになっているのね」
王女が笑みを浮かべながら優雅にお茶を飲む。
「当事者のオレは全く面白くないんですけれどね」
オレの心労などまったく慮っていない様子の王女に対してジトッとした視線を送る。しかしながら、王女には全く効果がないようで、さらに笑みを深めて真っ直ぐにオレの視線を受け止めた。
「物事は部外者として外から見るのが一番よ。どう展開しようとも自分に影響がないのですから」
「……もしかしたら当事者になるかもしれませんけれどね」
オレのせめてもの反抗。
「それはそれで面白そうだから良いわね」
王女は傍付きのメイドにお茶のお代わりを要求する。今日のお茶はいつものとは違うようで、少しだけ苦みが強い感じがした。お茶請けとして出されているお菓子も砂糖がふんだんにまぶされた一品であり、お茶との相性は最高だ。さすが王女に用意するものだなと感心させられる。
「それに、今回の事であなたが何でも私の言う事を聞いてくれるのでしょう?」
オレの予想した通り、王女の権力を利用させていただく代わりにその代償を要求してくる。オレではなくフォーキュリー家に言ってくれよと思ったりもするが、結局はオレへと災いが降り注いで来るだけなので無駄なことは言わない。それでも、文句の一言ぐらいは口に出したいのだが。
「……オレの対応できる範囲の事なら」
「そんな顔をしないでも良いでしょうに。別にあなたに損があるようなことは要求しないわよ」
その言葉がもう怖いのだが。
「いやいや、絶対に嘘ですね。なぜなら、その綺麗な顔に張り付いた笑顔が教えてくれていますから」
オレは王女を指さしながら嘘を暴く。法官になった気分だ。
「まあ、あなたの口から綺麗という言葉が出てくるなんて。
これまでちっとも褒めてくれないから、自信を無くしていたんですよ。これでもそれなりに気を遣っているのですからね」
王女が頬に手を当てながらわざとらしいあざとい仕草をする。おそらく、ほとんどの男は今の王女を見て簡単に惚れてしまうのだろうが、オレは違う。外見は良くとも、その内面は全く可愛らしくないことを知っているのだ。
「オレだってお世辞ぐらい言いますよ」
「あら、お世辞なの?」
「ええ、お世辞ですよ」
「……」
「……」
静まり返った部屋の中。王女の顔から笑みが消えた。
「……あなたのそういう所嫌いよ」
「そうですか、オレは気に入っているのですがね」
眉を八の字に曲げてプクッと頬を膨らませる王女。
彼女の美貌に惚れた男であれば心が揺り動かされるのであろうが、生憎オレは目の前の王女が被る分厚い仮面の下を知っているので、特に感情が動くことは無い。いや、多少は面倒くさいと思っているので、完全に動かないと言う訳では無いのだが。
「……あなたが何でも言う事を聞いてくれるのよね」
王女もオレの様子を見てこれ以上は無駄だと感じたのか、話題を元に戻した。
数秒の間、オレへの要求で頭を悩ませていた王女だが、何か妙案をひらめいたのか口の端を上げて嬉しそうにこちらへと視線を送る。その顔には意地の悪い笑顔が張り付いており、絶対にオレが嫌がりそうなことを口に出すという事が分かった。
「もう一回言っておきますけれど、オレに出来る範囲内ですからね」
「大丈夫よ、あなたにしかできないから」
堪らずくぎを刺したのだが、笑顔で流されてしまう。
「私からの要求は一つ」
――聞きたくない、聞きたくない。
「私の近衛騎士になりなさい」
シンッと部屋の中が静まり返る。
王女の予想外の要求に、言葉を理解するのに時間が掛ってしまった。
「ひ、姫様! それはいくら何でも無茶なことかと思います!」
先ほどまで部屋の隅で静かにたたずんでいた傍付きのメイドが、かなり焦った様子で王女を窘める。
「あら、何が無茶だというの?」
「アレン様は男性です。結婚前の大事な姫様の騎士にするなど、あらぬ噂が流れてしまうかもしれません」
――そうだ、そうだ。もっと言ってやれ!
オレの代わりに要求を撤回させようとしているメイドさんを心の中で応援する。
「それに、アレン様は騎士爵にございます。姫様の騎士としては家格がつたのうございます」
確かに、王女の騎士としてはそれなりの格が求められるだろう。あまり低い格の者を近衛騎士としてしまうと、主人である王女も低く見られてしまう。それに、王女の近衛騎士の座を狙っていた者たちからの不満を避けることは出来ない。陰口を言うだけならまだかわいいが、実際に王女の不利益になることをたくらむ輩も出てくるかもしれない。現状においてあまり影響力のない王女にとって、恰好の攻撃材料を周囲に与えるようなことは避けるべきだ。
それに、オレへの被害も避けるべきだ。オレが近衛騎士になってしまうと、絶対に絶対に色々と面倒なことが起きてしまう。穏やかな日常を求めるオレにとって良いことは何一つない。
しかしながら、メイドさんの諫言も王女の想いを動かすことは出来ない様で、王女は笑みを浮かべたままだ。
「あら、そうかしら?
確かに、家格は低いけれど、アレンはドラゴンを討伐したのよ? これ以上の適任はいないと思うのだけれど」
「それはそうですが、前例がございません」
「あら、王国民がドラゴンを討伐したという前例もなかったともうのだけれど?
それに、前例がなければ作っちゃえば良いだけのことよ。私たちが王国の初めてになるの。どう、面白そうじゃない?」
「……」
さすがは王女というべきか、口での勝負は残念ながらメイドさんの完敗の様だ。
メイドさんはどうにか反論しようとするが、これ以上反論の材料がないようで口淀んでしまう。結局、不満気ながら静かに後ろにさがってしまった。
「ふふ、これで拒む者はいなくなったわね。
じゃあ、受けてくれるわよね?」
メイドさんの様子に満足げな王女がオレへと視線を向けてくる。
しばらくの間、オレは思い悩んでいたが、どう返答するか決まったオレは静かに頭を上げる。
「お断りいたす!」
オレの大きな声が静まった部屋の中に響いた。
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