26: 脅しの成果
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嘘をついたことのない者なんていないだろう。誰しも少なからず自分の都合がよくなるように嘘をついたことがあるはずだ。それは良い事ではないとは思うのだけれど、しょうがないことだとも思ってしまう。
ただ、嘘をつくことが日常化してしまうと、看過することは出来なくなるのだが。
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「――では、お前たちが知っていることを洗いざらいはいてもらおうか」
フレイヤが盗賊のお頭の首元に刃を当てながら睨む。
盗賊たちが降伏した後、オレたちは万が一盗賊たちが逃げないようにと身体を固く縛った状態で地面の上に座らせている。盗賊たちはその汚らしい姿に違うことなくかなりの悪臭を放っており、なるべく身体に触れないようにロープで縛るのに苦労した。できればこの手を早く洗いたいのだけれど、生憎なことに周囲には川などの水を確保できるような場所は無く、オレの忍耐力が試されている。
オレとフレイヤ、リーフィアの三人で盗賊たちの周りを囲み、ルナリアにはベニニタス達を呼んできてもらっている。
「ああ、分かった、分かったからこの武器を下げてくれ。そうじゃないと怖くて何も喋れないかもしれないぞ」
先ほどまで恐怖で震えていた盗賊たちであったが、オレたちが盗賊たちの情報を求めていると分かるといなや、明らかに調子に乗った様子でこちらに要求をしてくる。その顔にはニヤニヤとした笑みを浮かべており、オレたちの苛立ちを募らせていく。
「リーフィア」
「はい、『ファイア』」
フレイヤの言葉を聞いてリーフィアが明後日の方向へと魔法を放つ。
放たれた『ファイア』が轟々とうなりながら遠くの岩へと衝突した瞬間、岩は木端微塵に砕け散る。衝撃によって生じたそよ風がオレたちの頬を掠めていく。
盗賊たちも魔法の威力の高さに度肝を抜かれ、先ほどまでの笑みは綺麗さっぱり消え去っていた。
「お前たちに一つ忠告しておこう。今のお前たちは重要な情報を持っているかもしれないから生かされているだけだ。もしそれが嘘だと分かればすぐにでも消し炭にしてやる。
先ほどの魔法を見ただろう? あれをお前たち目掛けて放てば痛みを感じることなく一瞬でこの世からおさらばできるぞ」
『……』
フレイヤの忠告にコクコクと頷くことしか出来ない盗賊たち。
これで盗賊たちが嘘をつくという可能性は無くなっただろう。大人しくオレたちの質問に答えてくれるはずだ。
「ああ、それと私やアレンも一応は貴族だからな。お前たちにもし貴族の後ろ盾があろうとも、私たちが怯む要因にはなりはしない」
「……『一応』は余計だけどな」
オレが茶々を入れるが、今の緊迫した雰囲気をそのまま維持するためにフレイヤはオレの独り言を無視した。
「お前たちの置かれた状況を理解してくれて私は嬉しいぞ。そのまま私たちの質問に素直に答えていれば奴隷落ちだけで許してやる。
でも、もし死にたくなったらすぐに言ってくれ。すぐにお望みどおりにしてやるからな」
怪しげな笑みを浮かべながら盗賊たちに語り掛けるフレイヤ。その様子をはたから見ていると、正直どちらが悪党か分からない。
「さあ、お前たちの置かれた状況を明確詳細に理解したところで本題に入ろうか」
フレイヤがドスの利いた声を出して睨みつける。
「お前たちの後ろにいる貴族の名は?」
フレイヤから発せられる迫力はかなりのもので、それを向けられている盗賊たちが決して嘘をつくようなことは無いだろうと確信できるぐらいだった。
「わ、分からねえ」
ガタガタと震えながらお頭がこたえる。
「……もう一度チャンスをやろう」
フレイヤのこめかみに血管が浮き出る。冷たい刃がお頭の首元にそっと添えられ、少しでもフレイヤが腕を動かすと、すぐにでも鮮血が周囲を染めるだろう状態だ。
「ほ、本当なんだ! 本当に名前は分からないんだ!」
殺気が増したフレイヤに対して、必死に説明するお頭。その様子からは嘘をついているとは思えない。それは周囲の他の盗賊たちも同様なようで、彼らも必死に首を上下に動かして嘘ではないという事を表していた。
「それでは、貴族がうしろにいるという発言自体がそもそも嘘だという事で良いんだな?」
「ち、違う、嘘なんかじゃねえ!
本当に貴族とのつながりはあるんだ! 本当だから信じてくれ!」
「盗賊の言葉を信じる馬鹿がこの世にいると思うか?」
「そ、それは……」
「貴様らはこれまで何度嘘をついてきた? 何度他の者を騙して奪ってきた? 己の欲望のために何度裏切ってきた?」
『……』
フレイヤの言葉に盗賊たちがうつむく。どうやら己の欲望のためにかなりの回数嘘をついてきたらしい。
「貴様らのような輩は自分自身の利益のために息をするように嘘をつく。そのくせ、こうやって危機が訪れると『信じてください』と無様に懇願する。今まで吐いてきた嘘など忘れたかのようにな。
逆に教えて欲しいな。そんな嘘で作り上げられた輩の言葉を信じる奴がいると思うか?」
もうすっかり暑くなってきた季節だというのに、オレたちの周囲は凍てつくような冷気が立ち込めている。
「……そ、それでも今回ばかりは本当なんだ」
お頭が震えながら声を絞り出す。
盗賊たちの中にはフレイヤの殺気に当てられて気を失ってしまった者や失禁してしまった者もいた。
「フレイヤ、本当に知らないんじゃないか?
こいつらが嘘を言っているようには見えないんだけれど」
「……そのようだな」
フレイヤは大きな溜息を吐くと、武器を鞘へと納めた。
「念のためかなり脅してみたが、どうやら本当に貴族とのつながりはあるがその名前までは知らないようだな」
「そんなことがあり得るのか? 自分で嘘じゃなさそうとは言ったけれどつながりがあれば、おのずと名前も知ると思うのだけれど」
「おそらくは、貴族の使者と名乗る者が接触を図ってきたのだろう。そして、その使者がこの者たちにあの商人を襲ってくれなどの指示を出していた。そうだろ?」
フレイヤの言葉に盗賊たちが頷く。
「まあ、その使者が本当に貴族の手の者なのかは定かではないがな。そればかりはここで特定する手立てはないだろう」
フレイヤはもう一度溜息を吐く。
「それで、これからどうしましょうか? 大した情報は入らなかったみたいですけれど」
リーフィアが何とか命をつないで安堵の表情を浮かべている盗賊たちへと視線を向ける。
「そうだな、本来であれば奴隷商に売りに行くところなのだが、この者たちの言葉が本当であったからな。このまま奴隷にしてしまうと、そのことを知った貴族が確実に口封じとして暗殺者を送り込んでくることだろう」
その言葉を聞いて盗賊たちの顔から血の気が引いて行く。
「この者たちが殺されようと別に知ったことではないのだが、盗賊を裏で操り私腹を肥やしている貴族の存在を許すわけにはいかない。この者たちはそんな貴族への貴重な糸口だからな」
「じゃあこのまま放置するのか?」
「いや、一旦屋敷の地下牢に投獄しておこう。それであれば、その貴族も簡単には手を出すことはでkないだろうからな」
「まあ、フレイヤが良いなら良いんだけど」
オレは盗賊たちへと視線を向ける。
「オレは屋敷までの道中近づきたくないぞ」
視線の先には股間から生暖かい湯気を立ち上らせている盗賊の姿が。先ほど、フレイヤの脅しによって失禁した盗賊だ。
「……私も遠慮しておきます」
リーフィアもさっとオレの後ろへと身を隠す。
明後日の方からはルナリアがベニニタス達を連れて戻ってきている姿が見える。この調子だと、もうすぐ合流することが出来るだろう。
「……いっそここで殺してしまうか」
フレイヤは盗賊たちを横目に、本気のような冗談を口にするのであった。
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