24: 盗賊
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他者のものを無理やり奪おうとする者はたまにいる。
金、恋人、地位、名誉――奪う側にも様々な事情があるのかもしれないが、命を奪おうと画策する者にかんしては到底理解することはできない。
奪われても取り返しの利く可能性が少なからずあるものならいざ知らず、絶対に取り返しの利かないものを奪おうと考えるなんて異常としか言い表すことが出来ないだろう。それとも、それがオレたちの本性なのだろうか。
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「――ゴブリンとの戦闘はどうだった?」
ゴブリンの血抜きを終え、『魔法の鞄』に収納したベニニタス達に今回の戦闘の感想を尋ねる。
「はい、最初はかなり臆病になってしまい間合いに入れずでしたが、覚悟を決めてからは身体が思うように動くようになって何とか一撃を当てることが出来ました」
ベニニタスは不安から解放されたことによる笑みを浮かべながら自身の戦闘を振り返る。
「ウチも最初は怖かったけど、ベニニタスさんがゴブリンを倒す様子を見て吹っ切れました」
犬族のジルが褒めて欲しそうな視線をオレに向けてきており、服から出ている尻尾が縦横無尽に動いていた。
「最初は不安と緊張のあまり動きが固かったけれど、最後の方は稽古の時と同じように動けていた。初めての戦闘にしては良かったと思うぞ」
ジルの頭を優しく撫でながら他の面々に視線を送る。
「ただ、覚えていて欲しいのは、これで驕ってはいけないということだ。
ゴブリンは知っての通りモンスターとしてはかなり弱い部類の相手だ。ゴブリンよりも強いモンスターなんて腐るほどいるからな。みんなにはそんなモンスターを迅速に倒すことが出来るようになって欲しい」
ベニニタス達の顔を見るとオレの言葉はただのお節介だったようで、オレが言わずともそんな事はみんな理解しているようだった。
「ほんとっ、アレンは口うるさいわね。初めてだったんだから少しぐらい有頂天になっても仕方ないでしょ」
「まあまあ、気を引き締めることは大事ですから」
いつでも助けに入ることが出来るように準備していたルナリアたちだが、今回は役目は回ってこなかった
「それで、どうするのだ?
もう今日はこれで帰るか?」
「その辺はベニニタス達の体力次第だな」
「私たちはまだいけます!」
オレの視線に力強く応えるベニニタス達。初めてのモンスターの討伐では身体的疲労は少なくとも精神的疲労が溜まっていることがよくあるが、どうやらベニニタス達は大丈夫の様だ。みんなの瞳には未だ闘志の炎は灯っており、日頃の稽古の成果が窺える。
「じゃあ、もっと王都から離れてみるか。
この辺だと他の冒険者もいてなかなかモンスターとの戦闘にならなそうだからな」
周囲を見渡すと遠くの方にチラホラとモンスターと戦闘をしている冒険者たちの姿があった。王都からさほど離れていないこの辺りでは、冒険者となってあまり時間の経っていない者たちが多くいて、戦闘に慣れるために頑張っている。
王都から離れれば離れるほどそのような冒険者たちの数は減り、モンスターの数は多くなる。しかしながら、当然より強いモンスターとの遭遇率も上がるので注意は必要ではある。
「ゴブリンと遭遇した場合はベニニタス達に頑張ってもらって、それ以外だと基本的にはオレたちが対処する。まあ、その辺は適宜指示するよ」
オレたちは更なるゴブリンを求めて王都とは逆の方へと歩き始めた。
道中、ゴブリンを始めとするその他多くのモンスターと遭遇したが、ベニニタス達が怪我をすることなく済んでいる。途中、何度か危ない場面もあったが、オレやルナリアたちでフォローをしてどうにか切り抜けることも出来た。
とにかく、ベニニタス達にとってかなり実りある経験が出来たと思う。最初とは見違えるほど上手にモンスターをあしらうことが出来るようになっていて、駆け出し冒険者としてはまあ合格点はあるのではないだろうか。
「みんなよく頑張ったな。
まだまだ学ばないといけないことは多々あるが、今日はこのくらいにしておこう」
『はい』
やっと実戦が終わり、一気に緊張が解けたのか、ベニニタス達はホッと息を吹くと、そのまま地面に座り込んだ。どうやらかなり疲労が溜まっていたらしい。ベニニタス達の表情からみんなの疲労具合が見て取れる。額に浮かぶ大粒の汗をぬぐいながら各々の『魔法の鞄』の中から水筒を取り出してのどを潤す。
「まったく、それは緊張を解きすぎだろ」
ベニニタス達の冒険者としてはあまりにも気の抜けた様子に思わずため息が出てしまう。
「まあまあ、この辺りは開けていて視界も良いんだから、もしモンスターが来てもすぐに気が付くわよ」
「それよりも、あまり私たちの出番がなかったな」
「今日の目的は私たちの戦闘ではないですから」
少しだけ不満気なフレイヤとリーフィア。どうやら、彼女たちの日頃溜まったストレスは今日だけでは発散できなかったようだ。フレイヤはともかくとして、杖を握るリーフィアまでもが手ごろな的がないか周囲を見渡している。
「そんなに探しても何もないだろ」
遠くの方に小さな黒い点が見えるが、さすがに遠すぎて判別できない。ここは王都からかなり離れた所なので王都の民という事はないだろうが、冒険者や商人なんかはいてもおかしくないので特に気にも留めなかった。
「帰ったらステラの料理か……」
オレは今日の晩御飯を頭の中に思い浮かべながら、ボーッと黒い点の方を見ていた。
すると、突如として先ほどまでの黒い点とは異なる場所から十数個ぐらいの点が現れ、一気に重なってしまった。
「アレン!」
「分かってる」
フレイヤの声が最後まで届き終える前にオレは黒い点の方へと走り出し、ルナリアたちもオレの後に続いた。
「おい、お前たちはここにいろ!」
「えっ!? いきなりどうしたんですか?」
「良いからここで待ってろ!」
オレの急変に困惑した様子のベニニタス達だったが、オレたちの真剣な様子に異常を察し立ち上がると緊張した面持ちでその場で待機する。
「オレの予想が外れてくれれば良いんだが」
全力で走ってはいるが、なかなか目的の場所へと到達することが出来ない。
「モンスターではないな!」
ボンヤリと見えてきた黒い点はモンスターではなく、おそらくヒトだろう。馬車も見えるので王都に訪れる予定の商人かもしれない。
「盗賊か!」
鮮明に黒い点を見ることが出来るようになった時、オレたちの瞳に映ったのは複数人の商人が武装した盗賊に襲われている様子。もうすでに数人の商人が地面に転がっており、その身体から大量の血を流している。
「やめろ!!!」
どうにか救える命の数を増やそうと、盗賊たちの意識をオレへと向けさせるために大声を発するが、もう手遅れであった。
盗賊たちにオレの声が届く前に最後の一人が身体を深く切られ、その場に倒れ込む。
「何だテメエら」
盗賊が突然現れたオレたちの方へと武器を構える。
盗賊は十数人ほどいるだろうか。それぞれ商人を殺したことに対して何の動揺もないことから、殺しに慣れていることが窺える。
「通りすがりの冒険者だよ」
オレたちも武器を盗賊へと向けて構える。
こうしてオレたちと盗賊との命のやり取りが始まった。
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