23: ゴブリン狩り
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誰でも最初は『初めて』だ。
普通、初めから上手くやることは出来ないので、経験者が適切なアドバイスをしてやるのが大切なことだろう。
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「――それじゃあ、今日は仕事はお休みなのね」
珍しく冒険者の装いで準備をしているオレに対して、嬉しそうな口ぶりのルナリアが声をかける。
「ああ、今日の休みはオレが勝ち取った」
本来であれば底辺貴族であるオレに休みなどというものは存在していないのだが、今日分の仕事も昨日の内にすべて綺麗さっぱり消化したおかげで、とても貴重な休みを勝ち取った。
フリンクからはグチグチと嫌味を言われたが、オレに振る仕事自体がないのでどうすることも出来ず、結局は諦めたようだ。加えて、オレと王女様との仲も関係しているようだ。オレと王女様が頻繁にお茶をしているため、かなり仲が良いと思ったのだろう、あまり無茶な押し付けをしてしまうと自身の蛮行が王女様へと告げ口されてしまい、自身の地位を解任されてしまうかもしれないと考えたフリンクは、以前ほど理不尽なことは言ってこなくなった。かなり権力主義的な態度であり、『だったら最初からそんなことするなよ』と言いたくなったりもするが、オレとしては仕事環境が良くなったというメリットしかないので良しとしておこう。
因みにだが、フリンクの蛮行は王女様にはしっかりと報告済みではある。しかしながら、王女様には人事に口出しできるほどの絶対的権力はないそうで、申し訳ない顔で謝られた。なんでも、人事に関しては完全に上級貴族の汚職の温床となっており、複数いる王子などの権力争いの良い道具とされているらしい。そのため、王位継承権のない王女様は完全に蚊帳の外の様だ。
「で、今日はどうするの?」
ウキウキした様子で装備を身に付けるルナリア。その様子からはオレの返答など聞かずとも分かっているようであった。
「ベニニタス達も無事に冒険者登録が終わったからな。みんなで簡単な依頼を受けようと思う」
「みんなで依頼なんて本当に久しぶりですね」
もうすでに支度を終えたリーフィアが杖を前に出して詠唱する真似をする。
「ベニニタス達にとっては初めての依頼だけれど、みんなでサポートすれば万が一もないだろう。ドラゴンが出てくるなんてことは無いだろうからな」
ベニニタス達はもうすでに準備を整えており、屋敷の外でオレたちの事を待っている。ベニニタス達はドラゴン討伐時とは異なる新しい装備を身に着けており、最初はそれらを身に着けることに消極的であった。ドラゴン討伐時の急ごしらえの装備を身に着けることを望んでいたが、わざと悪い装備を身に着けるようなことをオレが許すわけもなく、何とか説得に成功した。古い装備は各々の『魔法の鞄』の中で大切に保存してもらっている。
「アレンが言うと、何かしら置きそうだと思ってしまうのは私だけだろうか?」
フレイヤが嫌なことを言っているが無視しよう。ここで反応してしまうと、本当にそうなってしまいそうだからな。
「よし、行くか」
準備を整えたオレたちは、意気込み十分に冒険者ギルドへと足を進めた。
「――よし、それじゃあみんな準備は良いか?」
『おおーーっ!!!』
ルナリア、リーフィア、フレイヤが拳を空へと突き出す。かなりやる気の様で、顔には満面の笑みを浮かべている。
三人に釣られるようによそよそしく拳を上げるベニニタス達であったが、みんなの顔を見れば不安と緊張で一杯なのが見て取れる。まあ、それも仕方のない事だろう。なんせ、これがベニニタス達にとって初めての依頼なのだから。以前ドラゴンと対峙したじゃないかという思いもあるけれど、ドラゴンの時は自分たちが戦うことを想定はしておらず、加えて半ば強制的にドラゴンの下へと行かされたので、現実味がなかったのかもしれない。
「そんなに緊張するなよ。たかだかゴブリンの討伐だぞ」
「は、はい、申し訳ございません」
オレの言葉ではベニニタス達の心に掛かる靄を晴らすことは出来なかったようだ。いや、むしろより一層濃くしてしまったようで、先ほどよりも表情が硬くなってしまっている。
「ちょっと、初めてなんだからそのぐらい大目に見てやりなさいよ。
それに、ベニニタス達に万が一が起こらないように私たちがいるんだから」
「逆に今ぐらいの緊張感があった方が良いと思いますよ。
油断して怪我をする冒険者は多数いますからね」
「まあ、緊張しすぎて動けなくなってしまうのは問題だがな」
三人の言う通り、少し気が急いてしまっていたようだ。
オレは大きく深呼吸をすると、ベニニタス達に視線を向ける。
「今聞いていた通り、何があってもオレたちが傍にいるから大船に乗った気持ちで大丈夫だ」
今度は効果があったようで、少しだけではあるがベニニタス達の顔が明るくなったように思われる。
「隊長、ゴブリン討伐という事ですが作戦はどういたしましょうか?」
「うーん、今回の相手はゴブリンだからな。その辺を適当に歩いていたらあっちからほいほいと近づいて来てくれるから特に作戦なんてないんだよな」
ありがたいことにゴブリンはオレたち獲物を見つけると、涎を垂らしながら襲って来てくれる。今回のオレたちはパーティーとしては大所帯になるので、それこそ簡単に釣ることが出来るだろう。
「まあ、気楽に行こう。街道に沿って歩いていれば時機にあっちから来てくれるさ」
「ステラに用意してもらった料理もあるからな。
どこか適当な所で休憩もしような、な!」
「分かった、分かったから、オレの頭を揺らさないでくれ。このままだと依頼どころじゃなくなる」
ステラ御手製の料理がよっぽど嬉しいのかフレイヤはかなり興奮しているようだ。オレは何とかフレイヤの手から逃れることが出来たが、視界が揺れてしまっている。
「あれ、フレイヤの料理って――『ルナリア!』」
ルナリアが余計なことを口走ろうとしたので、すかさず止めに入るオレとリーフィア。
当のフレイヤはステラが作ったと思い込んでいる料理の入った箱を見て鼻歌を奏でており、ルナリアの言葉は耳に入っていない様だ。世の中知らない方が幸せなことだってあるのだ。本人がそれで良いのであればこちらから真実を明かさなくとも問題なしだろう。
「あっ、見てください! あっちからゴブリンが向かって来ますよ」
リーフィアの指さす方へと視線を向けると、三体のゴブリンがこちらに走って向かって来ていた。その様子からは、これから自分たちが初心者の練習台となることなど考えもしていないらしく、大量の獲物を得ることが出来たと思っていそうだ。
「みんな、武器を構えろ!」
『はい!』
「ゴブリンの動きは単調だから、しっかり見ていれば大丈夫だ。無理せず隙を見つけて一撃を入れろ!」
武器を構えたベニニタス達。今のみんなの実力であればゴブリン程度にやられるということは無いだろう。あとはどのようにしてゴブリンを倒すか。オレと稽古をしてはいるが、やはり野生のモンスターとオレとでは動きが全く異なるので隙を見つけるのに苦戦するかもしれない。
「――っく」
事実、ゴブリンの殺意がたっぷり籠った一撃を余裕を持って避けることはできているが、反撃することは出来ていない。間合いに十分に踏み込むことが出来ておらず、ソードが空を切るか、若しくはゴブリンに掠って薄皮一枚切れている程度だ。
少しの間、白熱した攻防が続き、なかなか獲物をしとめることが出来ないことに、ゴブリンたちもかなり憤慨しているようだ。一撃が次第に大きくなっていき、明確な隙が生じ始めた。
「やあ!」
ベニニタスの一撃がよろけたゴブリンの背中を襲う。
『ギャッ』
その一撃はしっかりと間合いの中へと踏み込んで放たれたため、ゴブリンに致命傷を与えた。どうにかその場で立ち続けようとするゴブリンであったが、フラフラと揺れる身体にベニニタスの渾身の突きが貫通する。ベニニタスがソードを抜くと、支えられるものを失ったゴブリンはそのままその場に倒れ動かなくなった。
ベニニタスの攻撃を皮切りに他のみんなも間合いを詰めて攻撃し始め、残り二体のゴブリンも瞬く間にただの肉塊へと帰した。
「よし、よくやったな!」
額に汗を浮かべながら肩で息をしているベニニタス達を労いつつ、各々に今後のためのアドバイスをする。
こうして、ベニニタス達の初のモンスター討伐は無事成功したのであった。
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