22: ベニニタス一同、冒険者になる
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稽古と実戦の配分は大切だろう。
稽古ばかりで実戦経験が少ない者は、どうしても型にはまった動きしかできず、予想外の事に対して対処することが出来ない。
実戦ばかりの者は、どうしても基本的な事が身についておらず、初歩的なことで躓いてしまいがちである。
何事もバランスが大切だという事だ。
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「――遅い!」
陽の光が地上を照らす中、オレはフレイヤの屋敷の庭にてソードを振るう。オレの額にはうっすらと汗が浮かんでいたが、これは身体を動かしたことによって発せられたものではなく、季節的な要因によるものであった。
「もう終わりか?」
全く息を切らしていないオレの視線の先には、肩を上下に大きく動かしながら空気を身体に取り込もうとしているベニニタスの姿があり、少し離れた所には、体力が尽きて地面に横たわることしかできない獣人族――ベニニタスと共にオレの臣下となった者たちの姿があった。
四つん這いの状態で何とか立ち上がろうとしているベニニタスの額からは大粒の汗が滴っており、限界が近いという事を教えてくれる。
しかしながら、ベニニタスの瞳には依然として闘志の炎が灯っており、この稽古がまだ終わらないという事を告げていた。
「ま、まだ、まだ大丈夫です」
手に持ったソードを杖にしながら何とか立ち上がったベニニタスは、フラフラと身体を揺らしながらもオレに向けてソードを構えなおす。
オレはその姿を見て感心しつつも、左手に持つソードをベニニタスに向けて稽古を再開する。
「じゃあ今度はこっちから行くぞ!」
オレは大きく踏み込んでベニニタスの間合いへと入り込むと、力を5割ほど込めてソードを繰り出す。
「――くっ」
右、左と迫りくるオレの斬撃をソードでどうにか受けるベニニタス。握力も限界に近づいているため、ソードがオレの攻撃で飛んでしまいそうになっていた。このままでは、あと数回オレが打ち込むと、オレの攻撃がベニニタスの身体に触れてしまうだろう。
「そんなことじゃあ、大切なものは守れないぞ!」
オレの檄を聞いたベニニタスの身体が一瞬だけ震えたかと思うと、ソードを握る手に力が込められ、しっかりとオレの攻撃を受け止めた。
オレを真っすぐと見つめる瞳からは、ベニニタスの意志をありありと感じることが出来る。
オレはベニニタスのやる気に応えるようにソードへ力を籠めると、斬撃を再開する。
ベニニタスは何度も地面に這いつくばりながらも、心に燃える強い意志で立ち上がり、オレへと向かってくる。それを一時間ほど繰り返した頃、とうとうベニニタスは立ち上がることが出来なくなったのであった。
「今日はそこまでにしておいたら」
ルナリアが地面に横たわるベニニタスを見てオレを咎める。
「ベニニタス達は冒険者だったと言う訳じゃないんだから無茶しちゃダメよ。焦ってもすぐには強くならないのだから」
「そんなことは分かっているよ」
オレはステラから綺麗な布を受け取り、汗を拭きとる。
「王女様と何かあったのか?」
「……まあ、そんなとこだ」
オレの様子にフレイヤが尋ねてくるが、オレはあいまいな返答をする。
実際にところ、オレがベニニタス達にこのような稽古をつけ始めたのは王女様との会話――他種族に関して話したあの時からだ。
王女様の問いに対して、オレは今よりも他種族の者たちも住みやすいようにすれば、もっと王国は繁栄するのではないかと、いわば現在の王国の在り方を否定するようなことを述べてしまった。
そんなオレに対して王女様は否定するでも肯定するでもなく、ただ静かに視線を向けて来ただけであったが、その時の瞳に何とも言えぬ恐ろしさを感じてしまい、少しの間において口を開くことが出来なくなってしまったのだ。
その後、屋敷へと戻った後も王女様のあの瞳がオレの脳裏から離れることがない。
そんな状況下において、オレの心の中にある不安を少しでも解消しようと、こうしてベニニタス達に対して稽古をつけているというのが実相だ。
「それでも少しやりすぎたか」
こうして稽古をしたからといって、すぐに強くなるわけではないということぐらい分かってはいる、が、オレの「少しでも」という焦りが稽古を厳しくさせてしまう。
ベニニタスの方へと視線を向けると、ステラが汗を拭く用の綺麗な布を渡していた。
ベニニタス達とステラは特にお互いを嫌い合うことは無かった。ベニニタス達にステラを紹介する際、ステラがハーフエルフであるという事で侮蔑の視線を向けるのではないかと少しだけ緊張したが、オレの予想通りベニニタス達はステラを同じ奴隷の同僚として友好的に受け入れた。ステラに関しては、奴隷の後輩が出来たのが嬉しかったようで、今もこうして奴隷の先輩らしくお世話を焼いている。まあ、それでもオレの事が最優先であることは変わりないのだけれど。
「……いや、もっと厳しくするか」
別に、ステラに甲斐甲斐しくお世話されているベニニタスにイラついたからでは決してない。これはあくまでもオレのベニニタスたちのことを思う優しさからの決定だ。
オレは頬を伝う汗を手荒に拭った。
「――それでは我らも冒険者になるのですか?」
柔らかな草の上に座りオレの提案を聞いていたベニニタス達は、もうすっかり体力が回復しており、このとおりいつも通りに会話をすることが出来るようになっていた。
「オレやルナリアたちが相手するだけでは限界がある。それに、どんなに厳しく指導しようとも所詮は稽古でしかなきからな。実戦でないと得ることが出来ないスキルは多々ある」
ドラゴンと相対したことがあるベニニタス達の精神は、その辺の中堅冒険者よりも上だろう。しかしながら、その力量は明らかにベニニタス達の方が下であり、中堅冒険者の足元にも及ばないだろう。
そんな現状を打開するためには、冒険者として活動してモンスターとの戦闘経験を積むことが最良だろう。
「それじゃあ、登録に行くか」
「えっ、今からですか?」
「こういうのは早めに行動するのが良いんだよ。早く登録したからといって罰がある訳じゃないんだからな」
オレは戸惑っているベニニタス達を立たせる。
「私たちもついて行くわよ。アレンだけじゃあ心配だからね」
留守を任せようとルナリアたちの方へと視線を向けると、着いてくる気満々のルナリアたちの姿が。オレのどこが心配だというのだろうか。
ルナリアの発言に対して不満ではあるが、特に断る理由が思いつかなかったので、共に冒険者ギルドへと行くことに。道中、獣人族であるベニニタスたちに対して侮蔑の視線が向けられるが、当人たちは特に気にした様子はない。おそらく、そのような視線がベニニタス達にとっては当たり前の事であり、慣れてしまっているのであろう。
不快な視線を向けてくるクソ野郎どもに対して殺気の籠った視線を返しながら歩き、無事に冒険者ギルドに到着したオレたち。
受付の方を見ると、どうやら今日はセレナさんはお休みの様だ。できれば顔なじみであるセレナさんに対応して欲しかったのだが、いないのであれば仕方がない。オレはベニニタス達を引き連れて登録手続きに向かった。
「すみません、冒険者登録を行いたいんですが」
「……確認ですが、後ろの方々の登録でお間違いないですか?」
受付嬢はオレの後ろで緊張して控えているベニニタス達に怪訝な視線を送る。
「もちろん、ここにいる全員分をお願いします。
ヒト族でなければ冒険者登録が出来ないなんて規約は無かったと思うので」
受付嬢の態度に不快感を抱きながらも目的を完遂するため対応を促す。まあ、少しばかり棘のある物言いになってしまった事には目を瞑っておいて欲しい。
「ああ、それと全員分の『魔法の鞄』もよろしくお願いします」
「……かしこまりました」
受付嬢はかなり納得のいかない様子ではあったが、それらを特に咎める規約が存在しない事やオレが貴族である事から、諦めたように手続きを開始した。
これまで貴族に成ったことにメリットを感じたことは無かったが、今日ばかりは貴族で良かったと思う。
数分後、全員分のギルドカードと『魔法の鞄』を受け取り、ベニニタス達へと手渡す。
こうしてベニニタス達は無事に冒険者となることが出来たのであった。
読んでいただき、ありがとうございました。