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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第六章 社畜、貴族になる
167/180

21: 何気ない話題から

///

 相手の話はちゃんと聞いておくべきだ。さもないと、今何の話をしているかを把握することが出来ず、返答に時間を要してしまったり、適切な返答をすることが出来なかったりするからだ。

 まあ、自身にとってどうでも良い話などは、眠くなってしまってもしょうがない事だと思うのだが。

///




「――それで、なぜオレは呼ばれたのでしょうか?」


 オレは溜息を吐きながら、目の前のソファーでお茶を飲んでいる王女様へと答えを求める。


「あら、用がなければお呼びしてはいけませんか?」


 カップを置いた王女様が、あざとく首を傾ける。


 一般的な男であれば、とびきりの美女にこのような動作をされると、どんなことでも許してしまうだろう。もしかすると、王族ともなるとそのような教育も受けているのかもしれない。


 ねだるような表情でこちらを見つめる王女様。


 しかしながら、オレはその様な誘惑にも屈することなく淡々と己の主張をする。


「まあ、普通はそうかと」


「あら、おかしいですね。

 殿方はこのような仕草をすれば何でも言う事を聞いてくれるのですが」


 王女様はオレに対して奇妙なものを見るような視線を送ってくる。


 やはり自身の美貌を武器として最大限に活用していたようだ。


「何事にも限度がありますので。

 ここ十日間ほど毎日呼ばれていれば、誰でも同じ反応をすると思いますよ。試しにボルゴラム元帥などに同じことをしてみてはいかがでしょうか?」


 ボルゴラムの名前に反応して、眉を顰める王女様。


 ここ十日間で学んだことだが、王女様はどうやらボルゴラムの事がお嫌いの様だ。以前、特に意図せずボルゴラムの名前を出した時に一瞬だけ顔が固まったのを見逃さなかったオレは何かあればボルゴラムの名前を活用させてもらっている。まさかあのクソ野郎にこのような有益な活用方法があったとは。


「アレンさんは意地悪なお方なのですね」


 頬を膨らませて「私、怒っています」と言いたげな表情を向けてくるが、もうすでに慣れたオレは何事もなく無視する。


「はあ、初めてお会いした時はとても優しいお方だと思っていましたのに」


 王女様はオレに効果がないと悟ると、諦めてカップに手を運んだ。


「オレも初めてお会いした時はとても純粋な方なのだと思っていましたよ」


 オレはソファーに座り、用意されていたお茶でのどを潤す。結局のところ、こうして座ってしまっている時点で、王女様の手の上で転がされているだけなのかもしれないが、オレとしてもフリンクの下から逃れる都合の良い言い訳にもなっているので、引き分けという事にしておこう。


「ふふふ、口では意地悪なことを言っても、私にお付き合いしてくれるのですね」


 なぜここまで王女様に気に入られたのかオレには皆目見当もつかない。


 王女様からすると、オレのような元平民は興味深い存在なのかもしれない。


 王宮内ではオレに対する悪意ある噂が流れており、オレが王女様に対して「何か怪しげな魔法を使用したのではないか」とささやかれている。


「……オレが使える魔法なんて未だに『ライト』だけなんだけどな」


 フレイヤの屋敷でリーフィアと一緒に魔法の修行は継続的に行っているのだが、なぜか『ライト』以外の魔法が使えるようにならない。師匠曰く、『なぜ使えないか分からない』らしい。素質はあるはずとのことなので、いつかは使えるようになるかもしれないが、オレとしてはそこまで困ってはいないので、気長にその時を待つことにしている。


「それで、本日はどのようなお話をしましょうか? ドラゴンとの戦闘については昨日話終えていますが」


 ここ十日間でドラゴンの話や先日の一番隊との勝負の話、冒険者活動の話など、オレの引き出しにあるものはあらかた語り尽くしたので、これ以上王女様に話すような話題は持ち合わせていない。


「そうですね、それでは本日は私のことについてお話しすることにいたしましょう。一方的では不公平ですものね」


 オレとしてはそこまで王女様の事に関して興味がなかったが、断る選択肢は用意されていないので黙って王女様の話に耳を傾ける。


「――それでね、私としてはこっちの方が良いと思うのですけど、どう思いますか?」


 お茶を飲みながらボーッとしていたため、何について問われているのか皆目見当がつかない。


「ええっと、すみません。ボーっとしていました」


「もう、乙女の話を聞いていないなんて重罪ですよ」


「すみません、次からは気を付けますよ」


 王女様があざとい仕草付きで注意してくるが、特に気にすることなくお茶を飲むオレ。そんなオレの様子にご不満なのか、王女様は頬を膨らませる。


「私、これでもこの王国の王女なのですが、そのことを理解していますか?

 いままでそのような態度をとった者はいませんよ。普通、皆さん囃し立ててくれるというのに」


「お世辞を言った方が良いですか?」


 オレは苦笑しながら王女様の様子を窺う。


 オレが時おり不敬なことをしてしまうことに対して、これまでの会話からは特に気にした様子は見受けられなかったのだが、心の中では不快感を抱いていたのかもしれない。もしそうであったならば、処罰されるのは嫌なので悔い改めることにしよう。


「いえ、そのままが良いですよ。このような私的な場でお世辞ばかり言われると疲れてしまいますからね。

 それに、アレンさんの態度は私にとって新鮮で面白いですから」


 王女様のクスクスと笑っている様子を見てホッと胸をなでおろす。どうやら態度を改めなくとも処刑されることはなさそうだ。


「私のお話にあまり興味が無いようなので、もっとアレンさんの興味を引きそうな話題にいたしましょうか」


 王女様はカップを置くと、今までのほんわかとした雰囲気を一変させ、真剣な面持ちでオレを真っすぐに見つめる。


「アレンさんはこの王国をどう思いますか?」


「……どうとは?」


 王女様は一国の王女として十分な威厳を放っており、あまりの雰囲気の変化に口どもってしまった。


「聞き方が悪かったですね。

 アレンさんは王国での暮らしに満足していますか?」


「……ええ、まあ満足しているとは思いますよ」


 過去にいろいろと苦しい事はあったが、こうして何とか王国で生きて暮らすことが出来ているので、満足していると言っても良いだろう。その他、王国のシステムについて細々と言いたいことがあるのは間違いないが、それらを指摘したり変革を求めたりしても意味のない事であるので、諦めるしかないだろうし許容するしかない。ただ、ある一点を除いては。


「――他種族に関しては?」


「……」


 かなり答えづらい質問を投げかけてくる。


 事実、この王国においてオレが最も嫌悪し、出来ることならすぐさま撤廃させる悪しき制度が王国のヒト族至上主義である。こればかりは許容することは出来ないし、オレの臣下となった獣人族であるベニニタス達も影響を受けてしまっている。そして、そんな獣人族よりもさらに下に見られているハーフエルフのステラ。ステラと未だに王都内を歩くことが出来ず、屋敷の中だけで生活させなければならない現状に、常日頃から強い憤りを感じていた。


「アレンさんは他種族の者にもお優しいとの事でしたので、ぜひお聞きしてみたいのです」


 ヒト族至上主義を掲げる王国の王族。


そんな人物にオレの本音を告白して良いものなのか。


 こちらを試すかのような視線を送り、オレの返答を待つ王女様に対して、オレは少しの間葛藤するのであった。

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