20: 王女様
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話が合うか合わないかは、その者たちがどのような環境で生まれ育ったかによって決定する。
双方が同じような環境であれば、自ずと共通の話題で盛り上がり、仲間意識が芽生えてくるだろう。一方、全く異なる環境であれば、言葉の節々に違和感を覚え、相手を仲間として認めることが出来なくなる。
悲しいかな、我々は自身と異なる者を異物として認識してしまう哀れな生き物なのだろう。
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「――さ、さすがに緊張するな」
王女様とのお茶会当日。
手紙にはフレイヤも是非にと書いてあったので、フレイヤと共に王宮を訪れたオレたちは、王宮に到着するなりいきなり現れた王女様の部屋まで案内してくれるという綺麗なメイドさんの後をついて歩いていた。
珍しくフレイヤの声は上ずっている。今日のフレイヤはこれまた珍しいことにお嬢様らしく盛装していた。さすがにいつものように冒険者スタイルでは不敬すぎるという事で、服棚の奥底に眠っていた一張羅を引っ張り出してきたらしい。初めて見た時、あまりの似合わなさに思わずふいてしまい、強烈な一撃はみぞおちに貰ってしまった。オレのみぞおちには鈍い痛みが今もなお残っている。
「いつもと調子が違い過ぎないか?」
オレは授爵式の時に着ていた服で身を包んではいるが、心はいつもと変わらない。
「あ、当たり前だろ。
王女様とのお茶会だぞ」
フレイヤはオレに顔を寄せ、前を行くメイドさんに聞こえないように小声で訴えてくる。
「それに、アレンが何かしでかさないか気が気ではないのだ」
「おい、オレの事を問題児みたいに言うなよ」
フレイヤの言い草に眉を顰める。
オレほど毎日仕事に励んでいる貴族はいないだろう。そんな真面目なオレに対して、問題を起こしそうとは言ってくれるではないか。
「最近の行いを顧みて欲しいのだが。
とにかく、今回の相手は今までのようにはいかないぞ。何かあれば一発で首が飛ぶ」
「そんなことは分かっているから心配するな。
さすがのオレも王族に対して問題を起こすようなへまはしないさ」
「……本当に頼んだぞ」
この王国の一番お偉い方の親族であらせられる王女様に、下級貴族であるオレやフレイヤがお茶会に誘われるなんて間違いなく前代未聞なことだろう。普通であれば、一瞬会話することすら叶わないであろう。
「いやはや、まさか王女様と会えるとは。
貴族になってみるものだな」
生まれた瞬間から貴族であるフレイヤに対して、少し前まで平民であったオレがまさか王女様にお会いできるとは。貴族になって初めて『良かったかもな』と思える出来事だ。
「それより、お茶会って何するんだ?
オレは王女様を楽しませるような話題なんて持っていないけれど大丈夫か?」
「そんなこと私も知るか」
「……フレイヤも一応は貴族のお嬢様なのだから、お茶会について知っておいてくれよ」
「『一応』とは失礼過ぎるだろう!
まあ、冒険者としての活動の方が楽しかったので、その辺を怠けていたのは事実ではあるが」
「お茶会初心者のオレたちが何か考えても上手くいかなさそうだな。
とりあえず問題を起こさないように無難に乗り切ろう」
これから待ち受ける試練に向けて、オレたちの心は一つになった。
「こちらです」
メイドさんが立ち止まる。
「失礼いたします」
ノックをした後、メイドさんが扉を開けてオレたちを中へと促す。
横でゴクりと息を飲む音が聞こえた。
オレたちは同時に中へと入る。
部屋の中は、さすが王女様というべき見事な装飾が施されており、高価な美術品なども飾られていた。
「いらっしゃい」
そして、部屋の中央には大きなソファーが用意されており、そこに優雅に座っている上品な女性。
「こ、この度はお招きいただきましてありがとうございます!
フレイヤ・フォーキュリー、御身の下に参上いたしました」
フレイヤが背筋を伸ばしてガチガチの挨拶をする。
「あーっと、アレン・ブライトです。
本日はどうもありがとうございます」
オレもフレイヤに倣って頭を下げる。自身の家名を忘れかけてしまったのは内緒だ。
「スレイブ王国第一王女エレナです。
ふふ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。ここは公の場ではないのですから、もっと気楽にしてください」
王女様が優しそうに微笑む。
――あの親からこんな娘が生まれるんだな。
オレは以前見た王の姿を思い浮かべ、目の前にいる王女様と本当に血が繋がっているのか疑いたくなった。
王女様とは対面のソファーに腰かけると、傍付きのメイドさんがお茶を出してくれた。
「それっじゃあ、改めましてお茶会を始めましょうか」
王女様に勧められてカップに口をつける。その瞬間、華やかな香りが口いっぱいに広がった。しっかりとお茶の味を感じるが、それでいてくどくない。これが高級なお茶の味なのだろう。帰りに買ってステラに入れてもらおう。
「本日は巷で話題のアレンさんにお会いしたかったのですよ」
出されたお茶の味に感心していると、のほほんとした雰囲気で王女様が微笑みかけてくる。
「オレ、じゃなくて私にですか?」
途中でフレイヤに肘打ちされ、慌てて言葉遣いを改める。
「ええ、王国に迫るドラゴンを討伐して、その功績で貴族位を授爵されるなんて、前代未聞の大事件ですよ。私の友人たちも噂の英雄様はどんなお方なのか、その話ばかり話題にあがっていましてよ」
王宮の中でお嬢様方には遭遇していないので分からないが、メイドさんからはかなり嫌われている。そのため、その話題の内容も碌なものではないだろう。
「はあ、それはありがとうございます」
心に少しだけ黒い靄がかかるが、ここで「王宮内では無視されてばかりですけどね」とか、「その綺麗な口からどのような汚い言葉が出てくるんですか?」などの皮肉を言っても、オレの首が処刑台へと近づくだけなので、ここは無難な応対をしておく。
というか、表向きには王国軍がドラゴンを討伐したことになっているのだが、王宮の中ではオレが討伐したことは公然の事実なのだろうか。地位が変われど、噂話には制限は掛けられないということらしい。
「フレイヤさんも一緒に戦われたとか。
どうでしたか? やはりドラゴンは強敵でしたか?」
純粋そうな瞳でフレイヤにドラゴンとの戦闘話を催促する。
「はい、私が戦ってきた中で圧倒的な強敵でした。
といっても、ドラゴンの一撃を受けて気を失ってしまったので、ほとんど戦闘をしていないのですが。
主にドラゴンと死闘を繰り広げたのも、とどめを刺したのもここにいるアレンの功績です」
「まあ、そうなのですね!」
「……うっす」
この王女様と話しているとなぜか調子が狂う。その原因は分からないが、おそらくは国王とのギャップが凄いせいだろう。
「とてもお強いのですね。
まだ私と同じ年頃だというのに、ドラゴンをお一人で討伐してしまうなんて」
「いえ、私一人で戦ったわけではありません」
王女様の言葉に引っ掛かりを覚えてしまったオレは、とっさに否定の言葉を口に出す。
「私だけでは絶対に死んでいました。
みんなが、誰からも評価されず、大地へと帰った大切な仲間たちが身を挺してオレをすくってくれたから討伐できたのです」
「……」
オレの真剣な訴えのせいで、先ほどまでの柔らかな雰囲気は一気に冷めてしまった。
しかしながら、オレは一緒に戦ったみんなの事をなかったことの様にされる方が圧倒的に嫌であった。他の誰もが認識していなくとも、オレだけはみんなの功績を忘れずに声高らかに語り続け、彼らの生きた証を風化させない。
「……とても仲間思いなのですね」
王女様の慈愛に満ちた表情。
しかしながら、その心の奥底までは読み取ることが出来なかった。
読んでいただき、ありがとうございました。