19: お茶会へのお誘い
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大多数の者が他人からの印象や見られ方などを異様に気にする。
オレからするとそれは荒唐無稽な考えだと思えてしまう。なぜなら、この世界には多種多様な生き物が混在しており、つまりは多種多様な価値観が存在している世界の中で、自身と関わる全ての者から好かれることなんて不可能だから。
自身の大切な者たちとの絆さえ失わなければ、それ以外の事は些事でしかない。
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「――それで? アレンは暢気に朝食を食べていて大丈夫なの?」
こんがりと焼かれた卵に舌鼓を打っているオレに対して、心配したルナリアから声が掛けられる。
「今のオレにはステラの料理を堪能すること以上に重要なことは無いのでね」
とろっとした卵の黄身が口の中で弾け、幸せな温かさを口いっぱいに感じる。やはり、ステラの料理は格別に美味しい。順調にメイドとしてのスキルを向上させているステラの成長に嬉しくなる。
脇に控えているステラを見ると、師匠のイザベルさんのように無表情で立っているが、その顔から喜びがあふれてしまっているのをオレは見逃さない。まあ、本人は頑張って顔に出さないように努めているみたいなので、見なかったことにしてあげよう。
「その通りだぞ。せっかくステラが用意してくれたのだから、しょうもない事も考えて台無しにしては勿体ないだろ」
笑顔で料理を頬張るフレイヤからの援護。
フレイヤにとっても溺愛するステラの料理に集中することが最重要事項の様だ。
しかしながら、残念なことにオレは知っている。
「あっ、お嬢様の分は私の御手製ですよ」
「――っ!?」
イザベルさんの無情な一言にフレイヤの手が止まる。
せっかくオレが気を遣って言わなかったのに。わなわなと震えるフレイヤの事がさすがに可哀そうに感じてしまう。
「……よこせ」
「えっ、何?」
下を向いているフレイヤが何かを呟いたようだが、あいにくにも声が小さすぎてはっきりと聞くことが出来なかった。
「その卵をよこせ!」
ガバッと頭をあげて、オレの皿へと手を伸ばしてくるフレイヤ。その顔には鬼気迫る表情が浮かんでいる。
「やめて下さい! これはご主人さまの分です」
もう少しでオレの卵へとフレイヤのフォークが届きそうなところで、ステラの制止する声が。
その声を聞いてフレイヤの行動もぴたりと止まった。フレイヤもこのままオレの卵を奪ってしまうと、ステラから嫌われてしまうと瞬時に察知したのだろう。さすがはあランク冒険者。どんな場面においてもその危機察知能力は研ぎ澄まされているようだ。
「でも、ステラ! 私もステラの用意した料理が食べたいのだ」
駄々をこねるフレイヤ。
その姿はAランク冒険者とは思えないほど子供じみたものであった。
しかしながら、そんなフレイヤの様子でもステラの意志を曲げることは出来なかった。
「はいはい、私のを分けてあげますから落ち着いてください」
「リーフィア!」
オレたちのやり取りを見かねたリーフィアがフレイヤの皿へと料理を分けてあげていた。
フレイヤはリーフィアにお礼を言うと、幸せそうにステラの料理を口に運ぶ。その表情はあまり外に出せない程のものだったが、屋敷の中では見慣れたものなので指摘する者はいない。
「フレイヤは置いといて、本題に戻すわよ」
ルナリアはフレイヤの様子に溜息気を吐くと、オレへと視線を向けて仕切り直す。
「結局、アレンはそのサンデルだかヨンデルだかずる賢い貴族の罠にかかって勝負に負けたんでしょ? 大丈夫なの?」
ルナリアの心配そうな声。
ここで茶化すと、確実にルナリアの怒りを買ってしまうので素直に受け答えしようと試みるが、オレにはルナリアが何を心配しているのか分からなかった。
「何がだ?」
分からないなら聞くしかない。これが社会で生きる上で重要なことであり、簡単だと思われがちだが、プライドが邪魔してしまいなかなか実行できる者は少ないのが現実だ。しかしながら、プライドなど当の昔に捨て去ったオレには朝飯前の事である。
「貴族の連中に何か嫌がらせとか受けてないの?
最近も仕事から帰ってくるのがかなり遅いじゃない。その前は数日戻ってこなかったのよ。そのせいでステラの機嫌が斜めだったんだからね」
ステラの方を見ると恥ずかしそうに顔を背けている。
どうやらルナリアの言葉は本当の様だ。
オレは最近あまりかまってやることの出来ていないステラに対して申し訳なく思いつつ、王宮の貴族たちの様子を思い浮かべる。
「勝負の結果を聞いた貴族たちが、オレの行動を色々と批判しているみたいだな」
「やっぱりそうなんじゃない!」
「まあ、オレは最初から嫌われていたみたいだから、今更感はあるけどな」
ルナリアは心配してくれているが、実際の所、オレ自身は今の状況を全く気にもしていなかった。
もともと、貴族連中が平民上がりの似非貴族のオレを良く思っている訳ないと思っているし、なんなら、命を狙われていないだけましだと思っている。
それぐらい奴らとオレとの間には埋まることのない大きな溝が存在している。
オレとしては、今ぐらい敵意を剥き出しにしてくれている方が腹の探り合いなど無駄なことをせずに明確な敵を認識することができるので丁度良かった。
「ルナリア、心配しなくとも大丈夫だ。
今やアレンは私たちフォーキュリー家よりも嫌われているからな。今さら悪評が一つ二つ増えようとも、その嫌われ具合に何の影響も出ることは無いだろうよ」
「いや、どれだけ嫌われているのよ!」
フレイヤのフォローと言えるのか分からない発言にルナリアが突っ込む。
「まあ、フレイヤの言う通りだからルナリアが気にすることでもないさ。
どうでも良い連中に嫌われようと関係ない。オレにはみんながいてくれればそれで十分だからな」
「アレンさんは良いかもしれませんが、二番隊の方たちは大丈夫なのでしょうか?」
「ああ、そっちも特に気にしていなかったよ。
勝負の翌日にはいつも通り元気に訓練をしていたからな」
勝負の翌日に訓練所を訪れた際、二番隊の兵士たちから罵倒を浴びせられるかと思っていたのだが、そんなことは全くなく、いつも通り脳筋らしい訓練を行っていた。
「心なしか、上司から言いつけられる仕事量は増えている感じはあるけどな」
何も変わらない二番隊とは異なり、オレの上司――フリンクの対応は少しばかり変化していた。具体的には、フリンクから渡される書類の山がもう一山追加されていた。どうやら評判が地の底に落ちたオレの現状に、今までよりも扱いを悪くしても大丈夫だと判断したのだろう。
「まあ、仕事量に関しては最初からあきらめているからな。『仕事が遅い』とかブツブツ文句は言われるが聞き流しているし」
この前なんかは、部屋に入る際に当てつけのように元気よく挨拶をしてやったら、フリンクの表情がヒクついていたのがとても面白かった。
「アレンも貴族になって、かなり精神が鍛えられたわね」
「いえ、アレンさんの心の強さは元からじゃないですか?」
「言われてみればそうね。
一見、ビクビクと周囲の事を気にしているようで、実は何も気にしていなかったことも多かったわ」
二人のオレに対する評価に抗議したいが、思い当たる節が多いので黙っておこう。
「ああ、そうだった」
オレはみんなに伝えていなかったある事を思い出し、徐に懐から一枚の手紙を取り出す。
「何それ?」
オレの取り出した手紙はたいそう高価なものであり、ほのかに香水の香りが漂ってくる。
「お茶会のお誘い」
貴族のお嬢様方は頻繁にお茶会を開催しているそうだ。
「誰からだ?」
フレイヤも一応は貴族のお嬢様であるのだけれど、果たして彼女がお茶会を開催したことはあるのだろうか。
オレはステラに入れてもらった食後のお茶を堪能しつつ、興味なさそうにフレイヤの問いに応える。
「王女様」
「えっ!?」
今日のお茶も変わらず美味しい。ステラにお代わりを頼むと、嬉しそうにもう一杯用意してくれた。
「もう一度聞く、誰からだって?」
フレイヤが困惑した様子で同じことを尋ねてくる。
「王女様」
「「「ええ――っ!!!」」」
三人の驚きが屋敷内をこだまする。
そんな騒がしい中、オレは頭を優しくなでられてご満悦なステラの様子を見て微笑んでいた。
読んでいただき、ありがとうございました。