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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第六章 社畜、貴族になる
164/180

18: 勝負(4)

///

 チーム戦において、最も避けたいことは自身が負けの決定的な要因となることだろう。

 チームメンバーからそのことを責められることなく、むしろ「気にするな」と気を遣われた時には最悪だ。チームに対する申し訳なさで押しつぶされそうになってしまうのだから。

///




「いやいや、これは大問題が発生してしまったようだ。

 モンスターではなく、まさか勝負相手に襲われるとはな」


 サンデルの勝ち誇った声。


 気絶していると思っていた兵士も、いつの間にかサンデルの後ろへ位置していた。


「そんな訳ないだろう! オレがここに来た時にはそいつが気絶したふりをしていたんだ

 どうせ、お前たちがオレ罠にかけようとしたんだろ!」


 オレは怒りを抑えることが出来ず叫ぶ。


 そんなオレの様子をサンデルたちはニヤニヤとあざ笑っていた。


 気絶したふりをしていた兵士、丁度良いタイミングで現れたサンデル――どう考えても今回の事は十中八九サンデルが仕掛けた罠だろう。


 しかしながら、そのことを味方の居ないここで主張したところで何の意味もなさない。個人で行動することがこんな形で不利になるとは。


 完全に不利な状況をどのように切り抜けるか頭を働かせるが、何も良い考えが浮かんでこない。


「私が罠を? 

 はは、何て面白いことを考えるのだろう。君は貴族ではなく劇作家にでもなった方が良かったんじゃないか? まあ、あまりにも安っぽい物語だから売れっ子にはなれないかもだけどね」


「それだったら気絶したふりをしていた兵士も役者にでもなった方が良いんじゃないか?」


 オレは何とか言い返すものの、そんなオレの強がりは全く効果を発揮せず、より一層サンデルたちの顔のしわを深くしていく一方であった。


「それに、私たちが君に罠を張ったという証拠はあるのかい?

 まさか、自身の卑怯な行動を隠すために私たちに罪を擦り付けているのかな?」


「そんなもの、気絶している振りをしていたそいつが証拠だろ!」


 オレはサンデルの後ろの兵士を睨みつける。


「こう言われているが、どうだ? 気絶したふりをしていたのか?」


「いえ、そんなことは全くありません。

 オークを討伐した瞬間に後ろから誰かに殴られたのであります」


「被害者はこう言っているけれど、どうなんだい?」


「そんなの罠を賭ける側の奴が本当のことを言う訳がないだろう!」


「やれやれ、本当に無様な姿をさらしてくれるなあ」


 サンデルは聞き分けのない子供に対して親が向けるような呆れた態度をオレへと示す。


「――どうした?」


 怒りで身体を震わせていたオレの背中にウォルターの声が掛けられる。いざこざが起きていると思い駆け寄ってきてくれたウォルターの姿を見て、少しばかり怒りが落ち着く。


「これはこれは、二番隊の隊長様。

 ご機嫌はいかがですかな?」


「何かおありですかな?」


 自身の挑発をウォルターに無視されたサンデルは、少しむっとした表情を浮かべつつ、オレが一番隊の兵士を襲ったという嘘の情報をウォルターに聞かせる。


「いやはや、朝早くから行動を開始するなとは思ったけれど、まさか二番隊の作戦がこのような卑劣なものだったとは。

 これはボルゴラム元帥に報告して然るべき罰を与えて貰わなければ」


「……今の話は真実か?」


 ウォルターが低い声でオレへと尋ねる。


「そんな訳ないじゃないですか!

 オ―クの死骸が転がっていたので駆けつけてみたら、そこで笑っている兵士が気絶している振りをしていたんですよ。絶対にこいつらが仕込んだ罠で間違いないです」


 オレは自身の潔白を必死に説明する。


 しかしながら、オレの言葉でこの状況を好転させることは出来なかった。


「……私がその場にいなかった以上、どちらが本当なのか断定は出来ない」


 ウォルターが重々しく口を開く。


 そして、ニヤニヤとサンデルの方への身体を向けると、そのまま頭を下げた。


「サンデル殿、此度は誠にすまなかった。

 アレンには私から厳重に注意しておくので、これで許してもらえないだろうか?」


「いやいや、口だけで謝られても襲われたコイツの心の傷は癒えないでしょうよ。

 なんせ、こちらは背後から不意に攻撃を受けたのだからね。その傷を癒すためにはそれ相応のものが必要になるんじゃないかな?

 あれ、もしかして、まさかそんなことも分からなかったのかな?」


 サンデルの侮蔑の笑みが深くなっていく。


 ――今すぐにでもその頭を身体から切り離してやりたい。


 ソードの柄へと動きそうになる左手をどうにか抑えながら、どうにか怒りが爆発しないようにすることしか今のオレにはできなかった。


「……アレン、『魔法の鞄』から幾ばくかの獲物を出してくれ」


「……」


 オレは無言で十体ほどのモンスターを取り出す。


「いやいや、そんな数じゃ足りないでしょ!

 こいつの傷を癒すには少なくともこの倍は貰わないとね」


「この調子に乗るな「――アレン!」よ」


 オレが調子に乗るサンデルへと詰め寄ろうとした時、ウォルターがオレの肩を掴んだ。


「ウォルター! アンタも分かっているんだろ? これが明らかにアイツらの仕組んだ罠だってことに。

 『魔法の鞄』に入っているのは二番隊の皆が頑張って倒した成果だぞ! それをそうやすやすと渡して良いのかよ?」


「……アレン」


 興奮するオレに対して、ウォルターは悲しさと悔しさがにじんだ表情を向ける。


 その表情を見て、オレは何も言えなくなってしまった。


 しばらくの沈黙の後、オレは『魔法の鞄』から追加の獲物を取り出し、地面の上に積み上げる。


 せっかくの獲物をオレの不注意のせいで失ってしまった。そして、このせいでオレたちの勝ちは無くなってしまった。


 自分の不甲斐なさに対する苛立ち、二番隊の皆に対する申し訳なさ、サンデルへの怒り、様々な感情がオレの中で渦を巻き、消失することなく絶えずオレの心を傷つけていく。


「貴族に成りたての新人に教えておいてやろう」


 愉快そうにサンデルがオレの方へと歩み寄り、オレの肩に手を置くと、顔をオレの耳元へと近づける。


「貴族社会において、爵位は絶対だ。下級貴族であるお前たちが、上級貴族である私に逆らえるわけがないだろう。

 お前たちは一生私たちの奴隷なんだよ」


 そう言って、取り巻きの兵士たちに獲物の回収を命じると、颯爽と野営地のある方へと去っていく。


「……」


 残されたオレとウォルターはその背中をただ黙って見つめることしかできなかった。


 陽が真上へと昇り切り、これから地平線へと向けて沈み始めた頃。


 二番隊と一番隊の勝負は、オレのせいで二番隊の負けが決定した。


読んでいただき、ありがとうございました。

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