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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第六章 社畜、貴族になる
163/180

17: 勝負(3)

*2025/02/01:誤字修正

///

 いかなる状況下においても他者を100パーセント信用してはならない。

 こちらの好意など関係なく、他者は簡単にこちらを欺き、己の利のために謀略を巡らしている。他者にとって、こちらはただの踏み台でしかないのだから。

///




「――おかしい」


 陽が完全に沈み、周囲は静けさが包み込んでいる。


「明らかに討伐数と回収数が合わない」


 パチパチと弾ける焚火が、ゆらゆらとあたりを淡く照らす中、オレたちは本日の成果を確認していたのだが、そこで皆が討伐したモンスターの数とオレが回収した数が合わないことが発覚した。


 正確なところは分からないが、おそらく半数近くがオレの『魔法の鞄』に収まることなく、大地の上から忽然と消えたことになる。あまりの多さに何度か『魔法の鞄』の中身を確認したのだが、いくら『魔法の鞄』といえども中に入れていないものは取り出すことが出来るはずがなかった。


 オレは回収役として皆の後ろからついて行き、周囲を注意深く見ていたため、数体の見落としがあったとしても、そこまでの数を見逃すはずもない。モンスターが血の臭いに誘われてオレが回収する前に持って行った可能性も皆無ではないが、そのようなモンスターがいれば、すでに皆から狩られていると思われる。


「……絶対に奴らだな」


 オレと一緒に確認していたシュタイナーが別の方へと怒りを込めた視線を向ける。


 シュタイナーの視線の先には、楽しそうに酒を飲んでいる一番隊の奴らの姿が。


「やはり『魔法の鞄』を持っているのとそうでないとではかなりの差があるな」


 二番隊の中で『魔法の鞄』を持っているのはオレだけなのに対して、一番隊は各々支給されており、目の前に転がっているモンスターを即座に回収することが出来る。普通であれば一介の兵士に『魔法の鞄』が支給されることは無いのだが、そこは王国軍の中で最も地位の高い一番隊というべきなのか。まあ、おそらくはボルゴラムによって一番隊が有利になる様にと用意されたのだろう。


 とにかく、一番隊の奴らがオレが回収するよりも先に二番隊が討伐したモンスターを『魔法の鞄』に収めていったと考えるのが自然であり、奴らがそのようなことをしていても何らおかしくない。


「ただ、証拠はないからな。

 奴らの蛮行を証明することが出来ない以上、ただの言いがかりになってしまう」


「その辺を見越して横取りしているのだろうから本当にたちが悪い」


 結局のところ、オレたちにはどうすることも出来ず、ただ楽しそうに酒を飲みながら騒いでいる奴らの姿を、唇を噛みしめながら見ることしかできない。


「明日以降は対策しないとだけれど、こればっかりはどうしようもないよな。

 オレが回収ペースを上げるために頑張って走り回るしかないだろう」


 オレは焚火でこんがりと炙られたオークの肉を口に運ぶ。


「やっぱり美味いな」


 最近はフレイヤの屋敷での生活に慣れて、このような無骨な料理を口にしていなかった。別に屋敷での料理に不満があると言う訳では無いのだが、たまにはこういう食事も悪くない。今度ステラにも食べさせてやろう。


 周囲を見渡せば、二番隊の面々も豪快にオークの肉を消費しており、焚火の傍に追加の肉の塊が準備されていた。


 皆も一番隊への不満を心に秘めながらも、目の前の香ばしい匂いを漂わせる肉の塊に気を取られているようで、愚痴りつつも視線は徐々に焼かれている肉から動かされることは無い。


「……明日も頑張ろう」


 ユラユラと揺らめく焚火に照らされつつ、明日に備えて腹を満たすオレ。


 そんなオレに対して怪しい光を帯びた視線が向けられていたのだが、この時は気が付くことが出来なかった。




「さあ、夕方になれば屋敷に戻れるぞ」


 次の日の朝。


 白い灰と化した焚木が心地よいそよ風に乗ってさらさらと遠くの方へと漂い流れていく。


 昨日の成果でかなりの数の差をつけられたオレたちは、負け分を補うために朝早くから装備を整えていた。


 そんなオレたちとは対照的に、一番隊のテント外には人影はまだなく、勝っている者の余裕を感じさせる。


「本日は私も全力を尽くそう」


 昨日はオレと行動を共にしていたウォルターも、今日ばかりは個人行動をすることになっており、言葉どおり二番隊総動員となっている。


 オレはというと、皆の倒したモンスターを一番隊にとられる前に回収するという重役を任せられており、夕方まで皆の後ろを走り回る予定だ。


 作戦とは言えない程ガバガバな策だが、これ以外に現在のオレたちに為す術はないと結論に至った。まあ、とりあえず皆にはモンスターを嫌というほど討伐してもらい、オレは一日中駆け回れば結果はついてくるだろうと思われる。


 ただ、懸念点があるとすれば、昨日の段階でかなりの数のモンスターを討伐したので、昨日よりもモンスターとの遭遇率が下ってしまっているのではないかという事。そもそものモンスターの母数が少なければ、どう足掻いても一番隊との差を埋めることが出来なかもしれない。


「それでは各自散れ!」


 ウォルターの合図で二番隊の皆が四方に駆け出していく。


「そろそろ行きますか」


 皆の姿が見えなくなってから少しして、準備運動をしていたオレも回収作業へと赴くことにした。


 依然として静かな一番隊のテントを背に、皆の後を追う。


 しばらく走ると、視界の中に複数のゴブリンの死骸が目に入ってきた。


 皆、順調にモンスターを討伐できているようだ。この調子であれば、もしかしたら一番隊を上回ることが出来るかもしれない。


 オレは陽が高くなるまで一心不乱に走り回り、横たわっているモンスターを回収した。幸いにも、途中で一番隊の奴らと出会うことはなく、横取りされた形跡もオレの見た所によるとないと思われる。


「おっ、あそこにもあるな」


 一息ついたオレの視界の端に、複数のオークが転がっているのが映った。


 先ほどまではなかったと思うのだけれど、まあオレの見落としだったのだろう。危うく数体分損してしまうところだった。周囲に一番隊の奴らはいない様なのだが、急いで回収しておこう。


 死骸のもとに辿り着き、一匹ずつ『魔法の鞄』に収納しようとした時、死骸の傍に倒れている兵士の姿が視界に映る。


「おい、大丈夫か!?」


 オレは急いでうつぶせで横たわっている兵士に近寄って身体を揺らす。


 見た所によると二番隊の兵士ではない。


 という事は、一番隊の兵士。


 いくら勝負中といえども、今この瞬間は関係ない。この状況を見過ごすことができるほどオレは冷徹ではなかった。


 外傷は見当たらないため、おそらく気絶しているだけなのだろうが、それでもモンスターが蔓延るこんな所で横たわっていては、何れオークから流れる血の臭いに誘われたモンスターの餌食になってしまうだろう。


 オレは兵士の身体を仰向けにする。


「――っ!?」


 オレになすがままに動かされている兵士の顔には、酷く下卑た笑みが浮かんでいた。


「あれあれ? そこにいるのは卑怯者の貴族様ではないですか?」


 気絶していると思っていた兵士が笑っている。一体何に?


 現在の状況を理解することが出来ずに固まってしまったオレの背中に、こちらをあざ笑う声が掛けられる。


「……お前」


 オレが振り返ると、数人の兵士を連れたサンデルの姿が。


「まさか、あの有名なアレン様がうちの兵士を傷つけて獲物を横取りしようとするとは」


「なっ!? オレがそんなことをする訳ないだろ!」


 サンデルの言いがかりに反論するが、オレの言葉など聞き入れられる訳もなく、虚しく空の彼方へと霧散していった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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