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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第六章 社畜、貴族になる
162/180

16: 勝負(2)

*2025/02/01:誤字修正

///

 規則は公平でなければならない。

 そうでなければ、一方に有利な状況が永続的に生まれ、勝負が成り立たなくなってしまうからだ。

 そう考えれば、規則は利害関係のない第三者が制定するのが最も良いのだが、そのようなことは現実社会では皆無だろう。少しでも自分の利になる様にと皆が躍起になっているのが実情だ。

///




「――あれは、絶対にもめているよな」


 視線の中に入ったモンスターの死骸をすべて回収したオレは、そろそろ自分も身体を動かしたくなってきたため、溜まったストレスを吐き出させてくれる手ごろな相手がいないかと周囲を見渡しながら歩いていた。


 そんなオレの視線に入ってきたのはモンスターではなく、何やら口論をしている一番隊と二番隊の兵士たちの姿。オレのストレスは発散されるどころか、ますます蓄積されていくのは確定してしまったようだ。


「はいはい、双方落ち着いて、落ち着いて。一体何が原因で喧嘩していたのかアレンさんに教えてみて」


 オレは彼らの間に割って入る。


 彼らの脇には複数のオークの死骸が転がっており、おそらく今回の原因はこいつに関係することだろう。


 一番隊の奴らは予期しない第三者の突然の介入に一瞬呆けていたが、声の主がオレだとわかると顔を真っ赤にしてオレへと相手を変える。


「貴様、我らに対してそのような態度は何だ!」


 転がっているオークから流れる血よりも赤いのではないかと思わせるくらい頭に血を登らせながらオレへ鋭い視線を向けてくる。


 オレとしても別に煽りたかったわけではないけれど、どうせしょうもない内容での喧嘩なのだからと、まるで子供同士の喧嘩を仲裁する親のような態度に無意識の内になってしまったオレの口調も理解して欲しいものだ。


「それは失礼。

 では気を取り直して、こんなところでなぜ口論をしていたのかをお教え願いますか?」


 激昂する兵士たちの視線も気にすることなく本題を切り出す。オレとしては早く解決してモンスターを狩りに行きたいのだから、少し無礼になってしまうのは目を瞑って欲しい。


「お前たち、何があったか話せ」


 オレが進めてもらちが明かないと判断したのか、今まで静観していたウォルターが二番隊の兵士たちへと視線を向ける。


「ハッ、私たちが討伐したこのオークをこいつらが横取りしようとしたのであります」


 二番隊の兵士がハキハキと答えてくれた。


「違う! 我々が目に付けていた獲物をこいつらが横取りしたんだ!」


「分かった、分かった。つまりはあなた達がオークを視界にとらえた時に丁度二番隊の皆も見つけて、皆の方が早くオークとの戦闘を始めたんだろ。

 それはさすがに皆の獲物になるんじゃないか?」


「視界にとらえたのは我らの方が早かったはずだ!」


 このような事は冒険者でも頻繁に起こる些細なもめ事だ。『俺の方が早く見つけていた』とか『獲物を狩る準備をしていたらその隙に横取りされた』とか、聞き苦しい言い訳を被害者面して吐き散らかす奴らが多く、ギルドでも度々問題になっている。そのため、ギルド側は討伐した者がそのモンスターの所有権を主張できると正式に発表してはいるのだが、自身よりランクの低い冒険者たちの獲物を横取りする腐った中堅ランクの冒険者が後を絶たないのが現状だ。


「――どうした?」


 どうやって道理を一番隊の奴らに伝えようかと頭を悩ませていた時、意識外から男の声が聞こえてくる。


「隊長!」


 一番隊の奴らが敬礼をしてその声の主である一番隊隊長を迎える。隊長の傍らにはニヤニヤと笑っているいけ好かない野郎――サンデルの姿が。


 彼――確か名前はトマスだったかと記憶しているのだが――は敬礼に鷹揚に応えながら周囲の状況を確認する。


「二番隊の連中が我らが発見した獲物を横取りしたのです!」


 一番隊の奴らはここぞと言わんばかりにトマスに自分たちが正しいことを声高らかに主張する。


「ふむ」


 トマスは表情を変えることなくオークの死骸とオレたちに向けて数回視線を往復させると、少しばかり考え始めた。


「双方言い分はあるのだろうが、それを証明することは第三者である我々には出来ん。

 であるならば、獲物を双方で分けるのが良いと思うのだが。幸いにもオークの死骸は複数あるようだからな」


「なっ!? それはあんまりではありませんか!」


「実際にオークを討伐したのは我々なのですよ!」


 トマスからのあんまりの提案に思わず声を上げる皆。


「トマス殿、それはあまりにも一番隊に有利な判定ではありませんか?」


 さすがにウォルターも黙ってはいられなかったのだろう、口調は丁寧ではあるが、身内贔屓な判定へ不満をぶつける。


「聞く所によると、冒険者界隈においては、このような時には討伐したものに権利があるとか。その規則に従うのであれば、ここに転がっているオークは全て二番隊のものかと思うのですが」


 トマスはウォルターに蔑んだ視線を送る。


「冒険者などという野蛮な連中の規則など知ったことではない。

 そのような規則を持ちだしてくるなど、貴公はそれでも王国軍の隊長か?」


「……」


「王国軍には王国軍の規則がある。

 そして、その規則は我々王国軍一番隊が定めるべきであろう」


 トマスの上から目線――実際にここにいる中で最も偉いのだけれど――の発言にイラッとしながらも、何も言い返すことが出来ないオレたち。


「であるならばだ。この私の決定が新たな規則だという事だよ。

 むしろ、その方達に獲物を分け与えていることを感謝して欲しいぐらいなのだがな」


 トマスは聞き分けのないオレたちの様子に溜息を吐くと、一番隊の奴らにオークの死骸を回収するように指示する。


「では、この問題は解決という事で。

 願わくは、このような衝突がこれ以降起きないようにして欲しいものだ」


 トマスはこれ以上話すことなしと言わんばかりに、オレたちの返答を待たずにこの場から立ち去り始めた。その後ろのサンデルの勝ち誇った顔が忘れられない。今度機会があれば、絶対にあの整った顔に怒りの一撃をぶつけてやる。


 一番隊の奴らがいそいそとオークを回収して『魔法の鞄』に入れ、新たな獲物を求めてこの場を後にした。


 残されたのは、半数になってしまったオークの死骸と、黙って佇んでいるオレたちだけ。


「……このオークは回収していくから、お前たちは任務に戻れ」


『はっ!』


 二番隊の皆は納得のいっていないという表情をしながらも、ウォルターの指示に従う。


 もうすでに終わったことなのでこれ以上ここで立ち止まっても仕方ない。今回の事は不運な事故だと思うしかないだろう。


 それに、育ちの悪いオレの頭の中にはずる賢い妙案が降りてきていた。


「オレたちも一番隊の奴らが狩っている最中を見ていれば、何もしなくても獲物を得ることが出来るということだろ」


 先ほど制定された規則に則ると、労せず獲物を得ることが出来る。やられた方は堪ったものではないが、やる方からするとこれ程ありがたい規則はない。そうと分かれば、オレたちも一番隊の奴らに粘着していくのが良いのかもしれない。


「やめておいた方が良いだろう。おそらく我らにはその規則は適用されないだろうからな」


 オレの独り言を聞いたウォルターは諦めの表情を浮かべている。


「まあ、それはそうだよな。

 せっかく天才的な案だと思ったのに」


 陽が傾き始め、もうすぐで地平線に隠れてしまうだろうという頃。


 オレは肩を落としながら、オークを回収するのであった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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