14: 一番隊
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子供の喧嘩に親が出てくるというのは現在の王都ではよくあることらしい。
子供同士の喧嘩なのだから子供同士で解決すればよいと思うのだが、なぜ親が威張り出てくるのだろうか。親が出てくることにより、絶対に面倒くさいことになるというのに。
それが普通の行動なのか、それとも異常なのかは、子供を持たないオレには分からないが、はたから見ていると子供が可哀そうという感情が浮かんでくるのはオレだけなのだろうか。
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「――それじゃあ、その馬鹿は結構お偉いさんなのね?」
「ああ、フォーキュリー家やアレンなどより爵位も伝統もかなり相手方の方が上だな。
それに加えて、性格はアレだが、顔は整っているからな。貴族の女性にはかなり人気だ」
「そんな相手を卑怯な手で倒しちゃったんだ」
朝食中、ルナリアがこちらに呆れた視線を向けてくる。
「いや、でも、相手から売られた喧嘩だし、魔法を使用してはいけないと言われなかったし」
オレはステラが用意してくれた料理を食べる手を止めて肩をすぼめる。
「普通は使わないでしょ。そのくらいの常識、貴族じゃない私でも分かるわよ」
「うっ」
「相手が面倒くさそうな貴族なら尚更使っちゃダメでしょ。
わざと負けるのは癪に障るから嫌だけど、波風立たないようなやり方は他にいくらでもあったはずよ」
「……」
ルナリアの正論過ぎる言葉に何も言い返すことが出来ない。確かに、あの時魔法を使わずにあの場を切り抜けることは出来たはずだ。でも、終わったことはもうしょうがないじゃないか!
「……それに、使ったのは『ライト』だし」
「それがダメなんでしょ!」
心の声が漏れてしまい、ルナリアの耳に届いてしまったようだ。オレはさらに肩を縮こま背ながら反省の意を表す。
「攻撃魔法でもないただの『ライト』で隙を作らされたなんて、周囲からしたらかなりの笑い話よ!
そんな笑いの対象にされるなんて、プライドの塊のような貴族が耐えられる訳ないじゃない」
「……貴族のオレよりも貴族に詳しいな」
オレではなくてルナリアが貴族に成っていたほうが良かったんじゃないだろうか。ルナリアであれば、オレなんかよりもよっぽど上手に貴族社会を生きていけそうだ。
「まあまあ、そんなにアレンさんをいじめないであげましょうよ」
オレとルナリアのやり取りを見ていたリーフィアが苦笑しながら間に入ってくれる。
「アレンさんもわざとやった訳ではないでしょうし、それに真剣勝負なら己の力を最大限活用するのは当たり前です」
わざとではない、わざとではないが、『ライト』で目がくらんだサンデルの醜態を拝んでみたいと頭の片隅に浮かんだのはリーフィアには内緒にしておいた方が良いだろう。
「それで、ただでさえアレンは敵が多いのに、これでまた確実に増えたのね」
ルナリアが溜息を吐きながら、目の前の焼きたてのパンに手を伸ばす。ちなみに、ルナリアは最初に準備されていたパンをもうすでに完食しており、オレの記憶では二回目のお代わりだったと思う。
「まあ、遅かれ早かれサンデルには目の敵にされていたと思うし、今回の様なことがなくとも、貴族のほとんどは成り上がり者のアレンが嫌いだろうさ」
フレイヤのフォローになっているのかどうか分からない言葉。オレとしては平和的に過ごしたいのだが、どうやら貴族である限りは無理そうだ。
「何かしらの利益を連中に与えてやれば表面上はニコニコと接してくれるようになるのだがな。そうなると大抵は金だったり利権だったりするからアレンには無理だろう」
貴族になったからと言って、貴族の誇れない性質までも真似する必要はない。そんな薄汚れた行為を働いて手を汚すことはごめんだ。
「まあ、なるようになるんじゃないか?
未来の心配ばかりしていてもしょうがないからな」
オレは気を取り直して食事を再開する。せっかくステラが準備してくれたのに、冷めてしまっては美味しさが半減してしまう。その方が今のオレにとっては重要なことだ。
「じゃあ、今日も頑張って来てね」
オレにこれ以上何を言っても無駄だと感じ取ったルナリアは、諦めたようにパンのお代わりに手を伸ばすのであった。
さあ、今日も一日頑張りますかな。
「えっ!? 今日も訓練所にですか?」
出勤して早々、すでに自身の席についていたフリンクから今日の勤務場所について告げられた。
「どうやら昨日一日だけでかなり気に入られたようだね。
今回は二番隊だけじゃなく一番隊からも要望があったよ。一体どんな手を使ったんだい?」
「面倒くさかったのでとりあえず叩きのめしました!」とは言える訳もなく、オレは愛想笑いでこの場を乗り切る。
「本当に、君に抜けられると私がその分仕事をしなくてはいけなくなるのだよ?
それくらいはしっかりと認識しておいて欲しいのだけれどね」
フリンクの表情に少しだけイライラした様子が浮かんでいる。
「……そんなこと言われてもオレのせいではないですし、それにいつも仕事をしていないんだから丁度良いんじゃないですか」
「ん? 何か言ったかい?」
「いえ、何も」
イライラを募らせていくフリンクの表情を見ているオレの心に浮かんでくる感情は一つ――「はい、ざまぁ」である。いつもオレに仕事を押し付けていたフリンクが、オレの不在で仕事をしなくてはならない。仕事をするなんて当たり前の事なのだが、これまでその当たり前から逃げて来たフリンクにとってはかなりきつい事だろう。そう思うと心の中のニヤニヤが思わず表情に出てきてしまいそうだ。
「何の様かは知らないけれど、はやく行きたまえ。
そして、出来るだけ早く帰ってくるんだよ」
「はい、かしこまりました!」
オレは絶対に訓練所に長居するぞと心に誓いながら、軽快な足取りで訓練所へと向かった。
「おはようございます!
今日も参上いたしましたアレンです」
やはり挨拶は社会で生きていくうえで大切なことだろう。
オレは元気よく挨拶をしながら訓練所の扉を開けた。
「……」
しかしながら、オレの元気な声が訓練所に虚しく響いただけで、挨拶が帰ってくることは無かった。その代わり、昨日一緒に訓練した二番隊の連中とは異なる、初見の王国軍兵士たちの冷たい視線がオレへと向けられる。
「……ま、間違えました」
空気がよろしくないとオレの危機察知装置が警鐘を鳴らしたので、すぐに離脱しようと開けた扉を閉めようとしたのだが、時はすでに遅かったらしい。
「待て!」
誰だか知らないおっさんの声がオレを制止する。
半分閉じた扉の隙間から訓練所の中を垣間見る。声の主は見るからにお偉いさんだ。その横には昨日のいけ好かないイケメン野郎のサンデルが意地の悪い笑みを浮かべていた。
「……何でしょうか?」
このまま扉を閉じてしまいたいという強烈な欲求をどうにか抑え、訓練所の中へと戻る。
「昨日は我が隊のサンデルが世話になったようだ。
なにやらドラゴン討伐者とは思えないような卑劣な手を使ったとか」
「……」
「仮にも王国貴族に連なる者がそのようなことをしたとは信じ難かったのだが、その様子ではどうやらサンデルの言葉は真実の様だ」
「……」
「ああ、まだ自己紹介がまだであったな。
私は王国軍一番隊隊長のモートンだ」
「……ども」
モートンがツカツカとオレの方へと歩いてきて、手を突き出す。オレは消え入るような声であいさつをすると、手を握り返した。
「よろしく頼む!」
「っ!?」
この男、オレの手を握る手に思いっきり力を込めやがった。
オレは大きく腕を振って、モートンの手から逃れる。
「聞けば、貴様は二番隊と懇意にしているとか」
「別に懇意にはしていないのですが」
オレの言葉を無視してモートンが続ける。
「我ら誉れ高き一番隊には誇りがある。
それを証明するためにも二番隊に勝負を申し入れる!」
「……ご自由にどうぞ」
この時、オレの頭に真っ先に浮かんだ言葉は「えっ、好きにすれば」である。二番隊と勝負がしたいのなら、オレに宣言せずともどうぞご自由にやって欲しい。
「貴様にはぜひ二番隊の一員としてこの勝負を体験していただこう」
「……」
拝啓、クソ上司フリンクへ。
いかがお過ごしでしょうか?
どうやら、しばらくは事務仕事には戻ってやれないらしいです。
読んでいただき、ありがとうございました。