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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第二章 社畜、冒険者になる
16/180

10: 冒険者登録

///


 ついに、オレは冒険者になった!

 これからの生活を考えると、不安がないわけではない。だが、その不安以上にワクワクが止まらない。これからどんな経験ができるのか、どんな出会いがあるのか。そんなことを考えると、居ても立ってもいられない。


///




 外は明るくなってきたみたいで、聞こえてくる人の声や足音がだんだん多くなってきた。部屋の窓からもやさしい光がぼんやりと入ってきている。そのおかげで、部屋の中をはっきりと見渡すことができるようになってきた。しかし、外とは対照的に、オレたちの部屋の中はまだ静けさで包まれていた。聞こえてくるのは、二人の女性のかわいらしい寝息だけ。そんな全ての男たちが夢見るであろう空間の中、オレは温かな光を浴びて目を覚ました。


 そんな晴れやかな朝ではあったが、オレの目の下には大きなクマが刻まれていた。


「……結局、全く寝れなかったな……」


 昨日、オレは自分がいつ寝たのか覚えていない。長い葛藤の末、半ば気絶するように意識を手放したのだろう。そのせいで、オレは完全に身体を癒すことはできていない。


 だが、オレの心は晴れやかな気持ちでいっぱいだった。


「ついに、今日オレは冒険者になるのか……」


 そのことを考えると、居ても立ってもいられない。早く冒険者ギルドに行って、冒険者登録をしたい。自主的にギルドに行きたいという、ギルド職員時代には考えられなかった感情をオレは抱いている。


 オレは逸る気持ちを押さえながら、ギルドに向かうための支度をする。部屋の中には二人がいるが、大丈夫、まだ寝ているだろう。オレは着ている服をそそくさと脱ぎ始めた。


「――あっ、ヤバ」


 身体が完全に回復していなかったからか、もしくは、逸る気持ちを完全に抑えることができなかったからか、オレはズボンを穿こうとして時に、足がうまく通らずにつっかえてしまい、バランスを大きく崩してしまった。そして、そのまま、掃除が行き届いている綺麗な床へと音を立てて倒れ込んでしまった。


「……なんですか?」


 不運なことに、リーフィアがオレの倒れた音で目を覚ましてしまい、まだ半分しか開いてない目をこすりながら、こちらを見てきた。


 はたして彼女の目には何が写っていたのだろうか? おそらくは、膝のあたりまでしか穿くことができていないズボンのウエスト部分に手をかけた状態の男が、おしりを彼女の方へと突き出すように前のめりに倒れていて、さらには、急いでいたせいで半ケツ状態になってしまっている。そんなすばらしい光景が目覚めてすぐの彼女の目の前に広がっていたのだろう。


「お、おはよう……」


「……」


「……い、いや、これはその」


「――っ」


 宿にリーフィアの大きな叫び声が響き渡り、宿に泊まっている全ての人の目を覚まさせた。




「――すみませんでした」


 オレは左の頬を赤く染めた状態でギルドへ向けて歩きながら、先行している不機嫌な二人に向けて謝罪する。


「「……」」


「だから、あれは不慮の事故だったんだよ。

 二人も被害者だけど、オレも被害者。

 ほら、誰も悪くないだろ?」


「「……」」


「それにさ、タダでおしりを見れたと思えば、むしろ良かったんじゃないか?

 そう考えれば、な?」


「「……サイテー」」


 オレはどうにか二人の機嫌を取ろうと頑張るが、その頑張りが逆効果だったみたいで、二人の不機嫌さは悪化し、こちらを白い目で見てくようになってしまった。


「なんだあれ、男の方が何かしたのか?」


「聞いてる感じだと、変質者みたいよ、あの男。

 尻がなんだって言ってたし」


「まじかよ、警備隊に突き出した方が良いんじゃないか?」


 オレたちの様子を見ていた周囲の人たちは、こちらを窺いながらコソコソと推測している。


 ――いや、待ってくれ! 警備隊だけはやめて欲しい。


 オレは今後の身の上を案じながらも、二人の機嫌をどうにかすることを優先する。だが、なかなか妙案を思いつくことができない。そこで、オレは使うかどうか迷っていたけど、最終手段を繰り出すことにした。


「――すみませんでした!!」


 オレの綺麗な土下座は王都の伝説となったという。




「……まさか、あそこまでするなんて」


「本当ですよね。

 恥ずかしかったです」


「ごめん、あれしか思い浮かばなくて……」


 ようやく口をきいてくれるようになってきた二人にオレは安堵しながらも、再度謝罪する。二人はさっきまでとは違い、オレの左右に並んで歩いてくれている。オレのさっきの醜態について弄ってきてはいるが、その口調にはどこか親しい間柄で行われるような色が含まれていた。


 そうこうしている内に、オレたちはギルドに到着した。ここが王都の冒険者ギルドか。わかってはいたけど、大きいし立派な造りだ。スレイブ王国中の全ての冒険者が憧れ、集う場所。それがこの冒険者ギルドだ。オレも今日からここで自分の夢をつかむ。


 オレは若干緊張しながらギルドの扉を開けて中に入ると、そこには多くの冒険者たちの姿があり、にぎわっていた。おそらく、みんな今から依頼を受け、目的地へと向かうのだろう。依頼が張り出されている掲示板の前は特に冒険者たちで混んでおり、良さそうな依頼を奪い合っている奴らもチラホラいる。


 受付嬢が座っているカウンターの方を見ると、依頼の手続きを行おうとしている冒険者たちの長い列ができていて、すぐには解消しそうにない。


「どうする二人とも?

 かなり時間かかりそうだけど」


「待っていてもしょうがないし、列に並びましょうよ。

 私たちは報告するだけだから、アレンの後でいいわ」


「そうですね、一緒に並んでいましょう」


 オレは彼女たちの申し出に賛同し、一体何時になったら順番が回ってくるのかわからない長い列の最後尾に並び、二人と他愛もない話をしながら時間を潰した。


 ――数十分後。


「次の方どうぞ~」


 やっとオレの番が来たらしい。オレは緊張した面持ちで受付嬢の前に歩み出る。


「今日はどうされましたか?」


「冒険者登録をしたいんですけど」


「かしこまりました、登録には銀貨一枚が必要ですが大丈夫ですか?」


「はい、ここに」


 オレは懐から銀貨を一枚取り出し、受付嬢に差し出す。入場料に加えて、ここでの出費は正直、今のオレにとって厳しいがしょうがない。ギルド側にとって登録料は無視できない収入源だし、誰でも構わず登録の許可を出してしまうと、もしその冒険者が問題を起こした時に生じるギルド側のデメリットを考えると妥当なのかもしれない。


「ありがとうございます。

 ではこちらの申請書に必要事項を書き込んでください」


「……はい、できました」


「はい……確認できました。

 ギルドカードを準備するので、少々お待ちください」


 オレはギルド職員時代の経験から、比較的にスムーズに手続きをすることができた。今までギルドカードを発行する立場にあったオレが、発行される立場になるなんて。改めて考えると面白いな。


「アレンさん、お待たせしました。こちらがギルドカードです。

 再発行には銀貨十枚が必要なので、なくさないように気を付けてくださいね」


「はい、わかっています」


「冒険者に関する説明はいりますか?」


「説明は大丈夫ですが、『魔法の鞄』をお借りしたいんですが」


「わかりました。では、こちらが『魔法の鞄』です。紛失してしまうと弁償になりますので、お気を付けください。

 それと、年に十回以上、アレンさん本人が依頼を達成できなかった場合は没収となりますので、お気をつけください」


「了解です」


「他に何かありますか?」


「いえ、大丈夫です」


「わかりました。

 では、何かありましたら、私セレナにお申し付けください」


 オレはセレナさんからギルドカードと『魔法の鞄』を受け取りながら、軽く会釈をする。セレナさんはオレに人好きしそうな笑顔で話しかけてくれる。スレイブ王国内で最も巨大なギルドの受付嬢ということもあって、彼女の容姿は群を抜いて綺麗で、オレがいたギルドの受付嬢と比べても、十中八九セレナさんの方が綺麗だった。


 そんな美人なセレナさんに話しかけられて、オレはどうにか鼻の下が伸びないように紳士的に対応する。だが、オレが浮かれているのが分かったのだろう、後ろからの圧がすごい。後ろを見て確認はしていないが、確実にオレのことを冷たい目でにらんでいるんだろう。


 オレはその圧からはやく解放されるために、少し後ろ髪を引かれながらも、彼女たちにその場を譲った。


「セレナさん、依頼達成できました」


「ルナリアさんにリーフィアさん、お久しぶりですね

 では、こちらに薬草をお願いします」


 ルナリアたちも何事もなく手続きを終える。薬草は状態が良かったようで相場よりも高く買い取ってもらうことができたようだ。


 手続きが終わった後も、楽しそうに会話をしている彼女たちを横目に、オレは受け取ったギルドカードを眺めていた。これでオレも冒険者の一員になれたんだ。そして自由に暮らしていくことができる。そんな思いがこみ上げてきて、オレはうれしさで駆け出したいぐらいだ。そんなオレのギルドカードには、大きくFの文字が刻まれていて、オレがFランク冒険者であることが示されている。


 ちなみに冒険者には冒険者ランクというものが存在する。ランクはFからAまであり、冒険者に登録したての初心者はFランクから始まる。多くの依頼を達成することにより、徐々にランクが上がっていく仕組みになっている。


 受けることができる依頼は、自分のランクと同じランクの依頼だけで、高ランクの依頼ほど報酬も高くなる。ただ、その分、命の危険があるものがほとんどだが。


 Fランク冒険者の中には、Fランクであることを恥と考えて自分のランクを隠す者も多いらしいが、オレにはそんな感情はない。オレにあるのはただ冒険者になれたことに対する喜びの感情だけ。


 オレはその感情に浸りながら、彼女たちが戻ってくるのを待っていた。

アレンは得意技――土下座――を繰り出した。

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