13: 乱入者
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なぜ、馬鹿は増長するのか? これは未だに解明されていない馬鹿の生態の一つだろう。
馬鹿だから増長するのか、それとも増長するから馬鹿なのか。まずはそこから解明していかなければならないだろう。
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「――シュタイナーでも軽くあしらわれたか。
まだまだ我らも訓練せねばならんな」
ウォルターが満足気に頷く。自身の隊の兵士が負けたというのに、その顔には笑みが浮かんでいた。
「よし、それでは各々訓練を再開してくれ」
「ええっと、オレは?」
「もちろん貴公もだ。
皆、貴公に学ぼうと考えているようだから、相手をしてやってくれ」
振り返ると、オレに熱を帯びた視線を向けている多くの兵士たちが。これが女性であったならば、心が躍るほど嬉しい状況なのだが、虚しくもこの訓練所にはむさくるしい男達だけ。
「はいはい、もう最後まで付き合いますよ」
汗ばんだ男たちからの熱視線に苦笑しながらも、最近は書類との格闘続きで身体を動かせていなかったので丁度良いかと開き直ることにした。
それからは、迫り寄ってくる男たちと立ち合いながら、業務で溜まっていたストレスを発散させていく。少しだけ手荒になってしまったが、そこは強さを求めている彼らには丁度良いと思って勘弁してほしい。
「おらっ、早く立て!
さっさと打ち込んで来いよ!」
この日から二番隊の兵士たちの間で鬼軍曹と陰で呼ばれることになるのだが、まあ気にしないでおこう。
「――ふう、こんなもんか」
オレは額から流れる汗を拭く。久しぶりに気持ちの良い汗をかくことが出来た。心のモヤモヤも綺麗さっぱり吹き飛んでおり、これならば明日からの業務も何とかやっていけそうだ。
目の前で横たわっている数人の兵士たちには感謝しなければならない。
「少しやりすぎだろ」
ジョイスがオレの前に広がる惨状に苦笑する。
「いや、こいつらが全力でやれっていうから」
彼らには何度も確認したが、それでもと言われたので消してオレが悪い訳では無いと思う。
「いや、貴公のおかげで皆もさらなる高みに上ることが出来たであろう」
最初はオレたちの訓練の様子を見守っていただけのウォルターだが、オレたちの熱量に当てられて途中から訓練に参加していた。彼の戦闘スタイルは見た目通り力で押すだけなのかと思ったが、しっかりとフェイントなどを駆使して相手も徐々に追い詰めていき、最後に渾身の一撃で仕留めるという頭脳も使われているものであった。まあ、力が常人よりもはるかに強いので、大半の者が渾身の一撃が放たれる前に吹き飛ばされるほどなのだが。
オレも一度だけ手合わせをしたが、その攻撃の重さに左手が痺れてしまった。もちろん、結果はオレの勝利で終わってが、無傷のウォルターが訓練所に響き渡るほど笑っているのを見ると、手がしびれているオレの方が敗者のように感じさせられた。
ともあれ、オレの役割も終わりだろう。今後は業務で溜まったストレスを彼らと解消させてくれないか頼んでみようかな。
今後の許可を貰おうとウォルターの下へと向かっていると、誰かが訓練所の扉を開ける音が聞こえた。
「――まだいたのか、武器を振ることしか能のない二番隊」
こちらを挑発する言葉が訓練所に響く。
疲れ切った表情であった兵士たちの表情がピクリと動き、挑発してきた者の方へと視線を向ける。そして、その者が誰なのかという事を認識すると、たちまち不快そうな表情を浮かべた。
「相変わらず二番隊は汗臭くて堪らんな。
まるで理性を持たないモンスターの様だ」
わざとらしく鼻をつまみ、見下した視線を向けてくる男。その恰好から彼もおそらくは王国軍に所属しているのだろう。ただ、実用的な装備を身に纏っている二番隊とは異なり、男の装備は戦闘には不要なほど細かな装飾が施されており、実際に戦闘をしたことがないのではないかと疑わざるを得ないほど傷一つない綺麗な状態であった。
「サンデル殿、二番隊に何か用でも?」
ウォルターがサンデルという男の前に立ちはだかる。体格は圧倒的にウォルターの方が大きいのだが、地位的にはサンデルの方が高いようだ。
「訓練所から汚らしい臭いが外へと漂っていたからな。万が一に備えて来てみれば、何とお頭の弱い貴様らがいたという訳だ。
本当に迷惑な連中だ。忙しい私の手を煩わせないでくれよ」
サンデルは肩を竦めながらため息を吐く。
先ほどから不快な音を奏でているこの男。その発言内容もさることながら、わざとらしい身振りがこちらの不快感を刺激してくる。
「そうか、それは申し訳ない。
今後はサンデル殿の御手を煩わせないように努力しよう」
サンデルの様子に慣れているのか、ウォルターは一切気にすることなく事務的な口ぶりであった。そんなウォルターの態度を見て、思わずそんな対応も出来たのかと驚いてしまったのは彼には内緒だ。
「ちっ」
ウォルターによって適当にあしらわれたサンデルは苛立ちを隠せない様子であり、ウォルターの後ろにいるオレたちを見下ろす。
「おっ、そこにいるのはもしや噂の平民上がりか?」
――しまった、絶対に面倒くさい奴に見つかってしまった。
サンデルはおもちゃを見つけた子供のように笑みを浮かべてこちらに近づいてくる。ただ、その笑みは子供のものとは異なり、かなり邪悪なものであった。
こんなことになると知っていれば、シュタイナーとの立ち合い後にすぐに帰っていたのに。改めて自身の運のなさを痛感し、ため息が漏れてしまう。
「おお、やっぱりそうだ!
まさか、こんなところでお目に掛かれるとは、なんて今日は運が良い日なんだ。汚れた二番隊が瞳に映った時は何て運の悪い日なんだと落胆してしまったが、君との出会いがその不運の全てを帳消しにするよ」
――いや、オレにとってはかなり不運に見舞われているのだが。できればオレの事をその薄汚れた瞳に映し出さないで欲しかったのだけれど、悲しいかな過去の事は変えられない。
オレの前にあるニタニタと気持ちの悪い笑みに対して、どうにか不快感を表情に出さないようにするので精一杯だったが、そんなオレの様子など慮ることなど一切しないサンデル。できるから、早くオレの前から立ち去って欲しいのだけれど。若しくは、オレ以外の奴らにその笑みを向けてくれるのでも可。
「私は思っていたんだよ――」
オレの願いも虚しく、なぜかオレの前で演説を始めるサンデル。
「――本当にドラゴンは強かったのか、と?」
そんなの、ボルゴラムに聞いたら良いんじゃないか。自身は生きて帰還することは出来たが、一度目の討伐作戦時に痛いほどドラゴンの恐ろしさをその身に刻まれたと思う。まあ、でも口が達者なボルゴラムであれば、なんだかんだと理由をつけてドラゴンの強さはそれほどでもなかったと証言しそうではあるけれど。
「そのドラゴンを討伐した冒険者は強いのか、と?」
――ああ、はいはい、分かりました分かりました。この流れはあれですよね? さすがにオレもそこまで馬鹿じゃないので、この後に続く発言を予測するくらい簡単ですよ。ええっ、マジで面倒くさい。なんでこんなに面倒くさいことが立て続けに起こるの?
「それを確かめさせてくれ!」
サンデルはいかにも儀式的な手つきで腰から武器を抜くと、切先をオレの鼻先へと近づける。
オレに負けることなど微塵も考えていなさそうな自信に満ち溢れた表情。その自信は一体全体どこから来るのかと尋ねてみたいのだけれど、そうすると絶対に機嫌が悪くなるだろうから止めておこう。
「それは面白い!
ぜひ見てみたいものだ」
オレよりも前にウォルターがサンデルの言葉に応えた。そして、いそいそと立ち合いの準備を始める。
どうやら、オレの意志などは考慮されていないらしい。いや、まあ、断った時の事を考えると面倒くさいから、オレも応じるつもりで吐いたのだけれど。それでも、オレに確認の一つでも投げるべきではないのだろうか。
先ほどまで座り込んでいた兵士たちは、皆ニヤニヤと笑みを浮かべながらオレとサンデルの立ち合いの邪魔にならないようにと訓練所の隅へと移動していく。
「運よく貴族という地位を得ることが出来たみたいだけれど、私は騙されないよ。
王国軍一番隊所属のこの私が、如何に君が矮小な人間なのかを分からせてあげるよ」
「ソレハナンテアリガタインダ」
つい、全く感情のこもっていない返答をしてしまった。オレとしては自身の実力が他者から認められようが認められまいがどうでも良い事だ。オレの力はオレだけが知っていれば良い。
「それでは、始め!」
ウォルターの合図と同時にサンデルがオレへと踏み込む。
この男、口だけでなく実力も確かにあるようだ。オレへと向かってくるスピード、オレの喉元へと放たれた突きの鋭さ、どちらもジョイスと同等、いやそれ以上かもしれない。
「――もらった!」
しかしながら、当然のごとくオレに届くことは無い。
オレは身体をひらりと翻して殺意高めの突きを避けると、お返しとばかりにサンデルの脇腹へと手加減した一撃を放つ。
「はっ、そのくらいの攻撃など取るに足らん」
サンデルは体勢を崩すことなくオレの一撃を避けると、オレの実力を見切ったのか、調子に乗って幾度となく攻撃を仕掛けてくる。
「ほらほら、私のあまりの攻撃に反撃することも出来ないか?」
攻撃を避けるばかりのオレの様子に、サンデルの気持ちの悪い笑みが深くなっていく。
このまま彼の思い通りのさせてあげた方が、今後オレに付きまとってこなくなるだろうから良いのだろう。しかしながら、なぜかこんな奴に負けたと周囲に陰口をたたかれると思うと、無性に心がモヤモヤする。
「君がこれ程の力しか持たないという事は、君が懇意にしているフォーキュリー家の小娘を大したことがないんだろうな!」
その言葉を聞いた瞬間、オレの中の何かが切れた音がした。
オレはオレ自身を馬鹿にされることは何も気にならない。
だけれども、オレの仲間まで馬鹿にされることは許容することは出来ない。
オレは冷徹な瞳で無駄な攻撃を続けるサンデルを見つめる。
この男には出来るだけ間抜けな敗北を与えなければ。オレの頭には数通りの屈辱的な方法が浮かびあがり、その一つを採用することにした。
オレは大きく後ろに跳び下り、サンデルから大きく距離を取る。
その様子にサンデルはオレが限界に達したと思ったのだろう、とどめの一撃を加えるために策なしに踏み込んできた。
そんなサンデルの様子に思わず邪悪な笑みを浮かべてしまうオレ。
オレは左手に持っていたソードを腰にしまうと、ゆっくりと左手を迫りくるサンデルへと突き出す。
『ライト』
「うぎゃーっ!?」
オレの左手から放たれた突然の光に目を押さえて蹲るサンデル。
オレは無防備なサンデルの頭にソードを丁度気絶するくらいの力加減で叩きつけた。
サンデルは身体を支える力を失いどさりっと倒れた。
「はい、オレの勝ち」
オレは厭味らしさ全開で勝利を宣言するのであった。
読んでいただき、ありがとうございました。