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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第六章 社畜、貴族になる
157/180

12: 実力比べ

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 どのような事においても下調べを怠らないことは重要な事だろう。

 何も知らない状態よりも、少しでも情報を持っている状態の方が、たとえ何かしらの不利益が生じたとしても迅速に対処することが出来るかもしれない。

 何も知らないのがカッコいいと言うバカな連中もいるようだが、そんな連中の事は無視するのが正しい判断であるということは疑う余地もない。

///




「――皆のもの、一旦訓練を止めろ」


 ウォルターの野太い声が訓練所の中でこだまする。


 その声を聞いて汗を流していた兵士たちがその手を止め、一斉にこちらへと視線を向けた。先ほどまでけたたましかった訓練所に静寂が訪れる。みな額から汗を流し、頭からは蒸気が立ち上っている。


「朗報だ、これより噂のドラゴン殺しと手合わせを行う。

 我こそはという者は前に出ろ」


 兵士たちは一瞬だけ隣にいる仲間たちと顔を見合わせたが、ウォルターの言葉を理解すると、獰猛な笑みを浮かべた。そうして数人が一歩前へと歩みでる。


 ウォルターは前に出た数人の顔を確認する。


「では、まずジョイス、貴様からだ」


 ジョイスと呼ばれた男は額から流れる汗を腕で拭きながら、オレへと視線を向ける。


「噂の冒険者様にご指導いただけるなんてね。

 ぜひその妙技を見せてもらわないと」


 妙にやる気なのがものすごく嫌なのだが、今更この流れを変えることは出来そうにないので諦めることにした。


「……何でオレ噂されているんですか?」


 オレはウォルターから借り受けたソードの感触を確かめながら、ジョイスに話しかける。


「別にあんたに恨みなんかはないさ。

 ただ二番隊はドラゴン討伐に参加できなかったからな。ドラゴンを討伐したというあんたに興味があるんだよ」


 オレと少し離れた向かい側で武器を構えるジョイス。というか、王国軍の中でも討伐に参加していない隊があったんだな。てっきり全ての隊が参加していると思っていたのだが、ウォルター率いる二番隊は他の隊から嫌われているのだろうか。


「双方準備が出来たようだな」


 審判役のシュタイナーがオレとジョイスのちょうど真ん中ぐらいに立つ。


「戦闘不能、若しくは降参を宣言したらそこまで。相手に致死性の攻撃を加えることは禁じる。

 それでは、始め!」


 シュタイナーの合図の瞬間、ジョイスが大きく踏み込み、オレとの距離を縮める。


「――っ!」


 オレの胴体目掛けて鋭く振るわれた一撃を後方に跳ぶことによって避ける。


「……今のが当たっていたら、ただ事じゃすまないと思うのだが?」


「ドラゴンを討伐したんだ。

 万全でなくとも今の位は避けることが出来るだろ?」


 確かに、ジョイスによって放たれた攻撃を避けることくらい造作もないことだ。ドラゴンの一撃より威力もスピードも明らかに劣っている。


 それでも、病み上がりの初対面の相手に放つ攻撃ではないと思うのだが。最初はもっとこうお互いの力量を確かめながら徐々に本気を出すのが普通だろう。


「それっじゃあ挨拶も終わったことだし、ご指導お願いしますよ!」


 ジョイスは武器を構えなおすと、再度オレに向かって地面を力強く蹴る。それは先ほどとは比べようもないくらい速く、先ほどの一撃は手を抜いていたということが分かった。


 スピードの増した踏み込みに加え、殺気と威力を十分に孕んだ攻撃がオレの首元に迫る。


「――甘い」


 しかしながら、オレにとってはこの攻撃も先ほどの攻撃も大差なく、どちらもオレの身体へと決して届くことはない。


 オレが頭一つ分だけ身をかがめると頭のスレスレの所をジョイスの一撃が通過する。そして、隙が生まれたジョイスの首元にソードをあてがった。


「降参だ」


 静寂が訪れた訓練所にジョイスの声。


 数秒後、周囲でオレたちの立ち合いを見学していた兵士たちの驚きと感嘆の声が漏れた。


「正直、こんなにも簡単にあしらわれるとは思っていなかった。

 本気の一撃だったのに、少しだけ自信を失うぞ」


 ジョイスは悔しそうな表情を見せてはいるが、その声は晴れやかだった。


「オレも王国軍がこれほどやれるとは思っていなかったよ。

 ドラゴン討伐に参加していた奴らは惨憺たる力量だったからな」


「あんな奴らと比べないでくれ。

 俺達の隊長はあんなんだから、二番隊にいれば自然と強くなるのさ」


 ジョイスは苦笑いしながら、満足そうにうなずいているウォルターを見る。


 確かに、あの脳筋の下だと否が応でも鍛えられるか。


 オレはジョイスの苦労に同情しつつ、無事に役目を終えられたことに安心する。これでオレもお役御免だろうから、早く訓練所から退出しよう。そう思い、借りていたソードを返そうとウォルターへ方へと向かう。


「よし、次はシュタイナーとだ!」


「――はっ!?」


「おっ、なんだ?

 少し休憩した方が良いか?」


 ウォルターが不思議そうな顔でこちらを見てくる。


 ――いやいや、もうオレ帰る気満々だったんだけど? もう一戦するの? オレの実力は今のジョイスとの立ち合いで分かっただろ。


「いや、でも、オレも業務がありますし」


 秘技、「他の業務があるので難しそうです」作戦。これならば、この窮地を脱することが出来るだろう。


「貴公の上司からは今日はこちらの自由にして良いと許可は取ってある」


 はい、脱出口を塞がれました。


 オレの言い訳を予想してそこを潰す。この男、ただの脳筋と思っていたら、なかなかのやり手なのかもしれない。


「ジョイスは我が隊の二番手だからな。

 やはり、一番手であるシュタイナーとの立ち合いも見てみたい」


「いや、だったら最初からシュタイナーとやらせてくれれば良かったじゃないですか」


「すまんすまん、貴公の事はうわさでしか聞いていなかったからな、最初からシュタイナーとやらせて良いものかと少し悩んだ結果だ。

 それに、他の者たちにも良い刺激を与えたかったのだ」


 そう言って、ウォルターは周囲でオレとジョイスの立ち合いを観戦していた兵士たちを見渡す。彼らはこちら、正確にはオレの事を獰猛さと尊敬を孕んだ瞳で見ていた。


「我が隊では権力や富などではなく、己の鍛錬によって手に入れた強さこそが何よりも重んじられる。

 貴公は皆の良い目標となったことだろう」


 ウォルターの下だからなのか、それともそういう性格だからウォルターの下へと配属されたのかは不明ではあるが、二番隊の兵士たちはスレイブ王国軍の中ではかなり異質な連中の集まりのように思われる。


「御託はこれまでにして、もっと貴公の力を我らに示してくれ。

 もう体力は回復しているだろう?」


 今度はジョイスが審判を務めてくれるようだ。


 すでに定位置で準備を整え終えたシュタイナーがオレを急かすような視線を向けてきている。


 この状況で訓練所を後に出来る程、オレの心は強くない。オレは観念して定位置についた。


 それに、オレも少しだけ彼らに興味がわき始めていた。


 地位や富ではなく、己で手に入れた力を評価基準としている異質な奴ら。そんな彼らが手に入れた力は一体どれ程のものなのだろうか。Aランク冒険者であるフレイヤ程ではないだろうが、それでも威張ることしかできない冒険者たちとは一線を画する実力という事は事実だろう。それは、先ほどのジョイスとの立ち合いでも十分に理解できた。では、そのジョイスよりも実力が上であるシュタイナーはどのくらいなのか。


「はじめ!」


 ジョイスとは異なり、シュタイナーは間合いを詰めることなく、こちらの出方を窺う。


 オレもシュタイナーの纏う雰囲気から、容易に踏み込むのは危険だと感じ、ソードをシュタイナーに向けたまましばらく様子を見ることにした。


 静まり返った訓練、お互いに間合いを詰めることのない二人。周囲の兵士たちも緊張した面持ちで二人の立ち合いを見守っていた。


 そんな時間が少しの時間経過した時、誰かの息を飲む音が聞こえたその瞬間、シュタイナーが大きく踏み込む。


「――はっ!」


 シュタイナーの鋭い攻撃がオレ身体のすぐ前で空を切る。


 少し後ろにさがりシュタイナーの攻撃を避けたオレは、お返しとばかりにシュタイナーの空いた脇腹へと攻撃を放つ。


「甘い!」


 しかしながら、オレの攻撃がシュタイナーの身体に触れることは無く、代わりにソード同士がぶつかり合う甲高い音が訓練所に響いた。


「……さっきの一撃はかなり恨みが籠っていたと思うが?」


「それはそうだろう。まさか、心当たりがないとは言わせんぞ」


 ギリギリとソード同士で押し合うオレたち。


 しかしながら、両腕のシュタイナーに対して、片腕のオレ。単純な力比べではオレの方が不利なのは明らかだった。徐々にシュタイナーのソードとオレの身体との間が縮んでくる。


 オレは後方に大きく飛び退く。


 それに少し遅れて、シュタイナーも大きく前に跳び、追撃を仕掛けてくる。どうやら、オレが押し合いから逃げて一旦体制を立て直そうとすると考えたのだろう。


「もらった!」


 確かに、大きな隙が生じる立て直しを狙うのは間違っていないし、最善の策だろう。そういう意味ではシュタイナーも教科書通りの行動がとれている優秀な兵士なのかもしれない。


 しかしながら、教科書通りでは勝負には勝てないのがこの世界の常なのだ。


「――なっ!?」


 見事に隙をついたシュタイナーが見たのは、追撃に慌てるオレではなく、待ってましたと言わんばかりに笑みを浮かべているオレ。


 オレは大きくしゃがんで横からくる閃撃をかわすと、力の限りシュタイナーの脚を払い、筋肉に守られた巨体を転倒させる。


「はい、オレの勝ち」


 そして、横たわるシュタイナーの頭をソード腹の部分で軽く叩いた。


「……私の負けだ」


 一瞬呆気にとられたシュタイナーは、状況を理解すると悔しそうな表情を浮かべて敗北を宣言する。


 その数秒後、訓練所の中に歓声と拍手が響いた。

読んでいただき、ありがとうございました。

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