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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第六章 社畜、貴族になる
156/180

11:  二番隊隊長は脳筋につき

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 脳筋は害悪だと思う。

 彼らは無理なものを根性だの気合いだのと感情論で全て乗り切ることが出来ると思っている節がある。出来ない事にはそれなりの理由があり、そいつ自身ではどうにもならないこともあるのだけれど、彼らには関係ない。どんなに出来ない理由を論理的に語ろうとも、こちらの言う事には聞く耳を持たずに、『軟弱者』とこちらの事を馬鹿にする。

 悲しいかな、そのような感情論に魅かれてしまう者たちが多いという事も事実ではあるのだが。

///




「――ああっと、その、まあ何と言いますか……ご機嫌はいかがですか?」


 オレによる不注意な暴言で怒ってしまったシュタイナーをどうにか抑えようと何か別の話題を探って見たものの、何も良い案が浮かばず、言葉に詰まったオレは機嫌が良い訳がないだろう相手に機嫌を窺うという、煽りのような言葉が自然と口から出てしまった。その失態に気が付いたときには時すでに遅く、シュタイナーの顔が赤く蒸気していくのを見て取れた。


「い、いや、今のは別に他意は無くて、初対面なのでどのように接していこうかなと思案した結果と申しますか、ええ、本当に」


 ここにいるという事はシュタイナーもおそらく貴族。しかもオレより格上なのは確実だろう。そんな相手に意図的ではないとはいえ暴言を浴びせてしまったのだ。今後のオレの処遇がとても心配である。


「……確かに、貴様に断りなく呼んだことは反省しよう」


 ――おやっ? てっきり他の貴族のように『下級貴族のくせに』とか『これだから元平民は!』とか声を荒げると思っていたのだが、どうやらシュタイナーはそうではないらしい。怒りで声が多少震えてはいるが、武器を抜かない理性は残されている。


 少しの沈黙の後、シュタイナーは大きく息を吐き出すと、柄から手を離してオレの方へと視線を向ける。


「それでも先ほどのような発言は気を付けた方が良い。

 他の貴族であれば大事になっているからな」


 シュタイナーの表情には未だに怒りの残滓が浮かんではいるが、それでもオレにそれをぶつけることなく忠告してくれた。


「ありがとうございます。以後気を付けます」


 オレは頭を下げる。


 シュタイナーが落ち着きのある貴族で本当に助かった。ここで大事になっていたならば、今後の勤務に支障が出るところであった。いや、むしろ支障が出て業務から離れることが出来た可能性を考えると、シュタイナーであったことにがっかりするべきなのかもしれない。


「それで、オレをお呼びだと聞いたのですが何用で?」


 最初に少しだけ問題が生じたけれど、オレは気を取り直して本題へと移る。


「とりあえずは中に入れ。話はそれからだ」


 シュタイナーは俺の横を通り過ぎると訓練場の扉を開けて中へと入る。オレはシュタイナーの後ろをついて行く。


 中では多くの王国軍とおぼしき男たちが訓練を行っている真最中であった。熱気で訓練所の中は外よりも気温が高く感じられる。


 シュタイナーは訓練中の男たちの横を通り過ぎ、脇で訓練の様子を観察している男の方へと向かった。


「――隊長、アレンを連れてきました」


 シュタイナーは男の前で立ち止まり、姿勢を正して敬礼をする。


「うむ、ごくろう」


 シュタイナーの敬礼を受けた男はシュタイナーを労った後、後ろでその様子を見ていたオレへと視線を向ける。


「貴公がアレンか?

 聞いていたよりも若いな」


 男はオレを上から下へと観察する。


「私は王国軍二番隊隊長ウォルターだ、よろしく頼む」


 ウォルターは大きく分厚い右手をこちらに差し出してくる。


「アレンです」


 オレは一瞬どうしようかと戸惑ったが、左手を出してウォルターの右手に重ねた。


「ああ、右腕がなかったのだな。

 これは気が利かず申し訳ない」


 ウォルターは怪訝そうな視線をオレに向けたが、オレの右腕がないことを認識すると素直に自身の否をわびた。


 最初は右腕のないオレをあざ笑うためにわざとやったのかと思ったが、彼の様子から察するに、どうやら本当に気が付いていないだけだったのだろう。王国軍に対して地の底を突き抜けていたオレの評価が少しだけ地上へと上がった気がする。


「少し貴公に興味があってな。

 そこにいるシュタイナーに呼ばせたのだ」


 ウォルターがオレの肩を強く叩く。


 ウォルターは分厚い筋肉に包まれており、ゴルギアスのような風格を漂わせている。ボルゴラムのような貴族らしい貴族ではなく、現場で死線をくりぬけてきた猛者のような佇まいだ。


 そんな男に肩を何度も叩かれてオレの頭は激しく揺らされ、気持ち悪くなってきた。この男、本当は分かっていてやっているのではないだろうか。それとも、いわゆる脳筋という部類の生き物なのか。どちらであろうとも、直ぐにやめて欲しいのだが。


「オレに何の様なんですか?

 オレは王国軍に呼ばれるようなことはしていなかったと思うのですが」


 ドラゴン討伐の一件から、王国軍からはかなりの敵意を向けられていると予想しており、文句でも言われるのかと思っていたのだが、ウォルターの様子からそう言う事でもない様だ。であれば、オレは何のためにここに呼ばれたのだろうか? 


「実はな、ドラゴンを討伐したという貴公のその力量を我らに見せて欲しいのだ」


 オレの心の中には『面倒』という二文字がくっきりと浮かび上がる。


「いやー、でも、オレ腕無くなっちゃいましたから。

 以前の様には動けないんですよね」


 オレは本当に残念だという口ぶりでウォルターの申し出をやんわりと断る。この返答はウォルターを諦めさせるのに百点なのではないだろうか。直ちに脳裏にこの言葉が浮かんだオレを褒めてやりたい。


「うむ、そうなのか?

 右腕がなくとも動くことは出来るだろう」


 ――いやいやいや、そんな訳ないから。こっちは腕が無くなってんの! 以前のように動ける訳ないだろ。確かに、ルナリアたちとのリハビリで動くことは出来るけれども、完全にもとに戻ったわけではないし、右腕があった頃とは感覚も異なっている。


「私もそう思います。

 歩き方を観察していましたが、特に戦闘でのダメージの蓄積は感じられませんでした。むしろ、歴戦の兵士のごとく佇まいかと」


 後ろで控えていたシュタイナーがウォルターへ告げ口をする。


 その顔は明らかにオレを困らせようとしているあくどいものだ。


 オレの中にあった王国軍への評価が再び地の底へと突き抜けていく。


「いやいやいや、ドラゴンとの戦闘からさほど時間が経っていないんですよ?

 それに見ての通り右腕もない状態なのですから、以前みたいに立ち振る舞う事なんて出来っこないですよ!」


 オレの必死の抵抗もウォルターの心を動かくことは出来ていない様だ。


「それでも、左腕で武器を振ることは出来るのだろう?

 それであれば何も問題ないだろう」


 ――『問題あるよ!』という心の叫びをどうにか飲み込む。


「確かに、左腕でもソードを振ることは出来ますけれど、それでも問題あるでしょ」


 何かないか、何かこの場を切り抜ける良い断り文句はないのか。


「そうだ、オレは愛用していたソードを失ってしまったんですよ」


「ここは訓練所だぞ。武器ならいくらでも用意しよう」


 オレのひねり出した言い訳も軽く一蹴されてしまった。


「……」


「他に何か問題があるか?」


「……特には思いつかないです」


「よし、それでは決定だな!」


 これ以上ウォルターとやり取りをしても疲れるだけであり、結局はオレの未来は変わらないと諦めたオレは、か細い声でウォルターの申し出を受け入れた。

読んでいただき、ありがとうございました。

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