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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第六章 社畜、貴族になる
155/180

10: 訓練所へ

///

 初対面は重要だ。

 悲しいことに、オレたちには初めて抱いた思いや考えを柔軟に変えるという機能は備わっておらず、どんなに時間が経過しようともそれらがアップデートされるということない。

 『初対面なんかで判断したりしないよ』とほざく偽善ぶった奴らもいるが、そんな彼らも自然の内に相手に印象を押し付けている。彼らはそれをただ気が付いていないだけだ。

 とにかく、初対面は出来るだけよく見られるように振る舞っておくのが賢い社会人というものだろう。

///




「いやー、本当に君がいて助かったよ。

 さすがは元ギルド職員であり、平民から貴族に成りあがっただけの事はあるね」


 フリンクがオレの肩をポンポンと叩きながら称賛を向けてくるが、オレにはそれが嫌味にしか受け止めることが出来なかった。


 出勤しては山のように積まれた書類と格闘し、夜遅くにヘトヘトな状態で屋敷に戻る。そしてまた朝早くに起きて出勤。そんな生活をここ数日連続して過ごしていたオレの目もとには深いく大きな隈が浮き上がっていた。冒険者になって体力的にはギルド職員時代よりもかなり向上しているのだが、長く書類仕事から離れていたため、久しぶりの業務に疲れが蓄積してしまっているのだろう。


 それに対して、フリンクは肌艶も良く、健康そのものであり、疲れなど一切感じさせることのない様子だ。


 オレとフリンクの様子の違いは、まさしくギルド職員時代のオレとオレ以外の奴らの様子と同じであった。オレが断れないことを良いことに、オレを従僕のように扱い、業務のほとんどを押し付けられていたあの頃と。


「前の担当者たちは病気ですぐに辞めちゃってね。

 どうしたものかと悩んでいたんだけれど、君がいれば大丈夫だね」


 今、オレは疑ってしまった。


 だって、こいつは『担当者たち』と言ったのだ。つまりは、この業務は本来複数人が担当するものであり、一人で行う事は想定されていないはずである。それにもかかわらず、人員が増加されることは無く、現状ではオレ一人に押し付けられている。


「以前は複数人でやっていたそうですが、人員の増加は見込めないのですか?」


 オレは無駄だと思いながらも、限りなく小さな可能性を求めて尋ねてみる。


「その必要はないだろ?

 だって、君一人で十分にこなせているからね」


 フリンクは何を言っているんだという表情で、業務を管理する上司として不適切な返答をする。


 ――いや、それが限界だと言ってるの。


 あやうく言い返しそうになってしまうが、これ以上何かを言ったとしてもどうにもならないと思い、どうにかのどまで出てきていた言葉をグッと飲み込む。


「……それで、今日は何もすれば良いんですか?

 いつもみたいに書類は用意されていないみたいですけれど」


 オレは自身の机の方へと視線を向ける。そこには山積みにされた大量の書類は無く、平坦な天板が見える。何も置かれていない状態の机を見るの何て、もしや初めての事ではないだろうか。


「今日は訓練所に行ってもらうよ。

 君に対して名指しでご使命があったからね」


「名指しでのご使命ですか?」


「そう、君は有名人だからね。みんな君に会いたいんだと思うよ。

 今後いろいろなところと仕事で関わることになるだろうから、顔を広げて来なよ」


 そう言ってフリンクは自分の机につくと、上機嫌で懐から出した紙に目を通し始めた。


 オレは訓練場に向かうために部屋を後にしたが、訓練所がどこにあるのか知らないという事に気が付いた。今更ではあるが、オレは王宮内でこの部屋の中でしか仕事をしておらず、他の場所に何があるのか全く知らない。まあ、王宮はかなり広大なので全てを把握することなんて不可能だとは思われるのだけれど。


「まあ、誰かに尋ねてみれば教えてくれるだろう」


 オレは左右を確認し、こっちだと思う方向へと歩を進める。


 道中に気が付いたことだが、オレはかなり嫌われているらしい。


 廊下ですれ違うメイドさんたちに訓練場の所在を尋ねてみたのだが、ほとんどのメイドさんたちが不快な表情を浮かべながら虫をして、そのままオレの横を通り過ぎていく。もう何人目か覚えていないが、やっとのことでオレの事を無視しなかったメイドさんも、言葉を交わそうとはせず、ぶっきらぼうに訓練所の方向を指さすだけであった。


 王宮に努めるメイドさんの多くは貴族の娘だ。そのため、平民出身である新参者なオレのことを良く思っていないのだろう。


 そんな露骨に態度に出して大丈夫かと少し心配になるけれど、オレ以外だと完璧な対応をするのだろう。まあ、別に彼女たちに傅かれたくないし、オレにはステラという最高のメイドさんがいるのだ。別に悲しくなんてない。


 トボトボと言われた方へと歩いていると、遠目に訓練所らしき大きな建物が見えてきた。


 訓練所に近づくにつれ、徐々に武器同士が打ちつけられる甲高い金属音や野太い男たちの声が聞こえてくる。


 どうやら、真面目に訓練が行われているようだ。オレは少し感心しながらも訓練所の中を少しだけ開いている窓からチラリと覗き見る。そこには王国軍と思われる男たちが己の技の研鑽に励んでいる姿があった。ある者はひたすら素振りをしたり、ある者は別の者と模擬戦を行ったりと、各々自由に取り組んでいるようだ。


「――おい、貴様そこで何をしている」


 訓練所内の様子に気を取られていると、不意に背後から声をかけられる。


「いえ、別に怪しい者ではないんです」


 オレは咄嗟に口に出してしまったが、はたから見ればかなり怪しい奴なのではないだろうか。


「怪しい奴はそう言うさ」


 いかにも怪しいオレの様子に、屈強な男が腰に帯びたソードへと手をかけ、いつでもオレを襲うことが出来るような態勢だ。このままだと面倒なことに発展する未来しか見えないので、どうにか穏便に事を終えたいのだが。


「いえいえ、オレは本当に違うんですよ。

 見てくださいよ。この無害そうな男の顔を!」


「顔に浮かび上がっている陰湿な雰囲気がいかにも怪しい奴だ」


 ――しまった! 今のオレは目の下に大きな隈を浮かべており、疲れのせいか血色も良くない。そのせいで、そこはかとなく怪しい雰囲気を醸し出しており、今この状況では逆効果でしかなかった。


「本当なんですよ! 信じてください。本当に怪しい奴じゃないんですよ。オレはここに来るように言われただけなんです。オレに文句があるならオレを呼んだそいつに言ってくださいよ」


 オレは若干逆切れ気味に捲し立てる。


 顔も名前すらも知らないどこの誰かがオレをここに呼ばなければこんな事にはなってなかったのに、今ここにそいつがいたならば顔面をぶん殴ってやりたい。


「呼ばれた?」


「ええそうですよ。何の用があるか知りませんが、今日ここに来るようにいきなり言われたんですよ。オレの予定も聞くことなくね。常識のある大人ならその日の内にいきなり呼びつけるなんてしないでしょうが、オレを呼んだ奴はそういった常識は持ち合わせていない子供なのかもしれませんね」


 怪訝そうな表情を浮かべる男に、溜まっていた不満をぶつける。この男は無関係だと思われけれど、こうしてオレと対峙してしまった事を恨んでくれ。こちとら連日の激務で少しばかり感情を抑えることが出来なくなっているのだ。悪いけれどオレの憂さ晴らしに付き合ってほしい。


「……貴様、アレンか?」


「ええ、そうですよ。新米貴族のアレンですよ。

 お偉い貴族の方々に嫌われている平民出身のアレンです」


 男の声に殺気が帯びたような気がした。俯いてしまっているのでその表情を見ることは出来ないが、柄を握る手はまるで怒りをどうにか抑えているかのようにプルプルと震えていた。


 ――あれっ? そういえば名前言ったか?


 オレの頭にふっと疑問が浮かぶ。それと同時にオレの額からは冷や汗が流れ始めた。


「あのー、ええっと、もしかしてオレを呼ばれた方ですか?」


 恐る恐る目の前の男に尋ねてみる。


「ああ、お前を呼んだ王国軍所属のシュタイナーだ」


「……」


 どうやらオレの幸先はかなり悪いらしい。


 オレは目の前で怒りに身体を震わせている男――シュタイナーにどうやって弁明しようか、疲れで回転が鈍くなった頭で必死に考え始めた。

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