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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第六章 社畜、貴族になる
153/180

8: 初出勤は突然に

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 仕事とは憂鬱なものだ。

 普通は仕事をしなければお金を得ることが出来ないし、仕事をしていないと周囲からの視線に変に敏感になってしまう。そのため、例えその仕事が嫌なことであろうとも、自身の感情を押し殺して仕事にその身を投じる。

 中には仕事が楽しいとほざく者もいるかもしれないが、そんな奴らには一度経験して欲しい。自身の感情を心の奥底へと封じ込め、ただ周囲の良い様に使われることに従事させられることを。

///




「――今日から一緒に出勤してもらうから」


 ステラが配膳してくれた朝ごはんに舌鼓を打っていたオレに、意味の分からない言葉がゴルギアスから投げかけられる。


 出勤がどうとか聞こえたが、多分オレの聞き間違いだろう。リハビリも順調でかなり本調子に戻ってきたと思っていたのに、こうして幻聴が聞こえてしまうとは、どうやらまだ回復はしていない様だ。自分では大丈夫だと思っていても本当の所は分からないものなんだな。自分の身体だから自分が一番分かっていると思ったのだが、やはり第三者の客観視は大切なことらしい。なるほど、良いことを学べた。


「おい、聞こえているのだろ!」


 朝から焼かれた大きな肉に齧り付くゴルギアスの視線がオレに刺さる。


 武勇に長けたゴルギアスのその視線はその辺の若手冒険者なら委縮してしまうほどだが、ドラゴンと対峙したオレにとっては死にかけのゴブリンの視線と同等に感じられる。ドラゴンとの死闘はオレを精神的にも成長させてくれたようだ。


「おい、無視しても無駄だからな! 鎖をつけてでも連れて行くぞ」


「……いや、それはさすがに嫌なんだが」


「お前が聞こえているのに聞こえていない振りをするからだ」


 ――本当に朝から元気なおっさんだ。


 オレは溜息を吐きながら、現実逃避を止めて逃れることが出来ない現実に目を向ける。


「何で急に招集が?

 オレ、今日はみんなと依頼を受けようと思っていたんだけど」


 今日はこの後、ルナリアたちと簡単な依頼を受けようかと昨日の内に話していたのだが、出勤するとなるとその予定をキャンセルすることになってしまう。


「それは絶対に行かないといけないんですか?

 リハビリ中とか誤魔化せば行かなくもよくなるかも」


 ルナリアがゴルギアスに対して少し悪いことを提案する。


「いや、それをしたら最悪打ち首だからな。

 ただでさえアレンは目を付けられているのだ。例え小さなことでもバレてしまえば大事にされるだろう」


 フレイヤの言う通りだと自分でも思う。


 オレは別に目を付けられるようなことをした覚えはないのだが、オレの感情など周囲の貴族たちには関係ない。彼らにとって、オレは平民上がりの気に入らない下級貴族であり、すぐにでも消し去りたちと願っている相手なのだろう。そんなオレが自分の容態を偽ったのがバレてしまえば、オレを糾弾する格好のエサをまくことになってしまう。それだけは何としてでも回避しておきたい。


「貴族は階級社会だ。下級貴族の我々に貴族社会では人権はないと思え」


 ゴルギアスのありがたいお言葉に思わず涙が零れそうになってしまった。きっと今オレの瞳に溜まっている涙は黒く濁っている事だろう。


「……またあの時に逆戻りか」


 ギルド職員時代、周囲に良い様にこき使われ、見えない鎖でつながれていた。


 それが嫌で、自由を求めて冒険者となったのに、まさか貴族となってしまった今、再びあの頃と同じ状況に置かれてしまうとは。なんとも世の中は儘ならないものである。


「嫌なら爵位を上げるか、この王国から出て行くしかない」


 いつもはオレに厳しいゴルギアスも黄昏ていたオレの不憫な様子に、優し気に声をかけてくれる。


 オレはありがたいとは少しだけ思いつつも、ゴルギアスの優し気な態度にそれ以上の感情が芽生えてしまう。


「気持ちわる」


「――貴様! 今ここでその首を落としてやる!」


 ゴルギアスがオレに掴みかかろうとするのをフレイヤたちが三人がかりで何とか止めてくれている間、少しでも出発が遅くなるように、ゆっくりと朝食を口に運んで行った。




「なあ、本当に行かなきゃダメなのか?」


 フォーキュリー家の無骨な馬車に揺られながらボンヤリと外の様子を眺める。外では多くの民衆が蠢いているが、馬車が彼らの視界に入ると急いで道の脇に避け、馬車が通るスペースを作り出していた。


「ここまで来ておいて今更戻れん。貴様もそんなことぐらい分かっているだろ」


 オレの対面には不機嫌そうにこちらを睨んでくるむさくるしいおっさん――もとい、ゴルギアスが座っている。正直こんな密室でゴルギアスと二人きりなど、ただでさえ貴族として仕事を命じられて気分が晴れないのに、より一層オレの精神に影を落としていた。


「あーあ、せめて美しい大人の女性が相席だったらな」


 オレは溜息を吐きながら視線を外からゴルギアスの方へと向ける。


「オレだって貴様のようなクソガキと顔を突き合わせるなど虫唾が走る。

 フレイヤさえいてくれればこのクソガキと同じ空気を吸うのも辛うじて我慢できたというのに」


 オレとゴルギアスの視線が交差するが、自分たちがしていることの無駄さ加減にお互い気が付き、二人同時胃に大きなため息を吐いた。


 今日、ルナリアたち三人は久しぶりに冒険者として依頼を受けるとのことだ。本来ならオレもその場にいたはずなのに、何で世の中はこうもままならないのだろうか。


「……それで、オレの仕事は何なんだ?」


 いくら現実から逃げ出そうとしても実際に逃げ出すことも出来るはずもなく、オレは諦めて目の前の現実になくなく向き合うことに決めた。もしかしたら、そこまできつい仕事を割り振られないかもしれないと、ありえないことを考えてしまう事は許して欲しい。そう思わないと、本当にどうしようもないくらい嫌なのだ。


「まだ分からん。

 オレはただ貴様を連れて来いと言われただけだからな」


 ――本当に使えないおっさんだ。何の仕事が割り振られるかぐらいあらかじめ聞いておけよ。仕事が出来ない奴はこれだから嫌なんだ。『何』を『いつ』までに行えば良いのかを意識するなんて仕事をする者として当然の事じゃないか。さては、このおっさん見た目通りの脳筋ポンコツ野郎か?


「……貴様、何か失礼なことを考えているだろ」


 どうやら、オレが蔑んだ視線をゴルギアスに向けたことがバレてしまったようだ。


 オレはこれ以上余計な労力を消費しないように視線を外へと移した。


 先ほどまでの風景とは一変し、民衆はほとんど見られない。代わりに視界に入ってくるのは荘厳な建物が立ち並ぶ景色。どうやら、もうそろそろ目的地――王宮へと到着するようだ。


「旦那様、着きました」


 御者の言葉にしぶしぶ馬車から降りるオレたち二人。オレたちの前にそびえ立つ王宮は初めて訪れた授爵式の際よりも大きく感じられた。


 全く気乗りのしないオレたちはトボトボと王宮の中へと入る。


 中では、王宮勤めの文官たちが自信ありげに颯爽と歩いて自身の勤務場へと向かっていた。そんな彼らはオレたち二人の姿を認識すると、みな同じように蔑んだ視線を向けて鼻で笑う。それはまるでオレたちがここにいることが不適切であるかのような態度であった。


「……直に慣れる」


 ゴルギアスにとっては周囲のこの態度が当たり前なのだろう。彼は全く気にした様子なくささやいた。


 オレは周囲からの侮蔑を含んだ視線をその身に感じながら、オレを呼んだというゴルギアスの上司がいる部屋へと向かう。


「失礼します」


 ゴルギアスは大きな扉の前に立ち止まると、数回ノックをして部屋の中へと入った。オレもゴルギアスに遅れないように続いた。


「彼がアレンかい?」


 部屋に備え付けられた机には笑顔の男が座っていた。その表情からは宰相マルクリウスと同じようなどこか底の知れない怪しげな雰囲気が感じられる。


「ふーん、なるほどね。

 君が王宮内で話題のアレン君か」


 男は手に持っていた書類を机に置いて立ち上がると、オレの方へと歩いてきた。


「これから君の上司になるフリンクだ」


 値踏みするような視線がオレをなぞる。その視線に強烈な悪寒を感じながらも、表情に出さないように努めた。


「よろしく」


 スッと伸ばされた手を恐る恐る握る。ほっそりとしたフリンクの指から、冷たい感触がオレの手へと伝わってきた。


 オレの上司となる男――フリンクとの初めての対面であった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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