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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第六章 社畜、貴族になる
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7: 周囲の変化

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 自分は何一つ変わってなどいない気がしているのに、周囲の者の態度が急変することがある。

 地位を得たから、莫大な富を築いたから、はたまた自身よりも劣等だと悟ったから。様々な要因がそうさせているのだろうが、それを向けられるオレ側にとっては、どんな態度であれ嬉しいものではない。中には、周囲から持ち上げられることに喜びを感じる特異的な者もいるかもしれないが、少なくともオレはそうではない。

 何はともあれ、他者を判断する上で態度の変化は有効な要素の一つであることは間違いない。

///




「――アレンもかなり回復したみたいだから、とりあえずギルドに行かない?

 ドラゴン討伐以来、一度も顔を出していないでしょ」


 ルガルドとのやり取りの後にリハビリを再開したオレの様子を見ていたルナリア。ルアンリアから見てもかなり回復しているようだ。


「まだ難しい依頼は無理かもしれませんが、ゴブリン程度なら安全なんじゃないですか?リハビリがてらにも丁度良いと思いますし。

 ただ、装備が最低限しかないので無理は出来ませんけれどね」


 リーフィアも今日の修行を終えてオレの様子を見に来てくれていた。


「私も賛成だ。

 この屋敷の中だけだと戦闘の感覚までは取り戻すことが出来ないからな。まあ、ドラゴンとの対峙のおかげで、アレンはこの王国の冒険者の中でも突出した経験をしているとは思うがな。それでも、右腕が無くなってしまったから以前のままとはいかないだろう」


 死線をくぐり抜けた者は、それだけ他者が味わうことが出来なかった経験を得ることが出来る。それはどんなにお金を積んでも得ることが出来ない貴重なものだろう。


 思えば、オレは色々な経験をしてきたな。最初は巨大なオーク、その次はキングゴブリン、そしてドラゴン――自分ながらよく生きていれたなと思う。冒険者歴としてはまだまだなオレにしては経歴から死の臭いが漂いすぎていて、自分でも少し引いてしまうほどだ。


「依頼を受ける受けないは置いといて、一度顔を出しておくか」


 セレナさんにもしばらく会っていない。彼女の性格から、オレの事を心配しているかもしれない。一度顔を出すことによって無事であることを伝えておいた方が良いだろう。


 ということで、オレたちは支度を整えてギルドに向かう。


「それにしても久しぶりに屋敷の外に出たけれど、以前の活気を取り戻してきたな」


 オレが最後に見た王都は多くの店が閉まっており、人がまばらだった通りの光景。そして、そんな通りの中を王国軍に所属する馬鹿どもが我が物顔で闊歩している様子だったが、今はオレが王都を始めてみたとこと同じ光景に戻りつつあった。


「なかなかステラが許してくれなかったからね。

 今日もかなりしぶしぶの様子だったけど」


 ルナリアの言う通り、ステラはオレが屋敷の外へと、なんならステラの視界の外へと行くことにすらかなり難色を示しているが、何とか説得して外出の許可を得ることが出来た。イザベルさんからは「どちらが主人か分かりませんね」と揶揄われたが、ステラに必死にお願いしている姿は自分でも情けなかったと思う。


 オレのなさけない努力の結果、こうして王都の様子を見ることが出来てはいるが、説得の時にステラの見せた悲しそうな表情が、オレに罪悪感を抱かせており、早く帰らなければいけないなと思わせていた。


 早く屋敷に戻るために足早で歩いていたオレたちは、直ぐにギルドへと到着する。


「なぜか緊張するな」


 何度も見たギルドの外観――何も変わっていないはずなのに、どこか知らない建物のように感じられる。


 一瞬だけギルドの外で立ち止まってしまったが、意を決してギルドの中へと足を踏み出す。


 ざわざわと活気の溢れるギルド内。


 依頼が張り出されている掲示板の前では、少しでも条件の良い依頼を勝ち取ろうと屈強な冒険者たちがひしめき合っている。


 食度の方へと視線を向けると、もうすでに依頼を終えて戻ってきた冒険者たちが、グラスなみなみに注がれた酒を一気に煽り、上機嫌で自身の武勇伝を語っていた。


 騒がしいけれども、多くの冒険者たちで賑わっているギルド内の様子に、元の状況に戻ってきたという事を改めて実感することが出来た。


 喧騒飛び交う中を、オレたちは目的の人物――今も忙しそうに事務処理をしているセレナさんの下へと向かう。


「――アレンさん!」


 ふと視線を手元の書類から視線をあげたセレナさんが、オレたちが近づいてきていることに気が付いた。


 セレナさんの透き通った声がギルドの中に響く。


 いつもであればセレナさんの声など、周囲の喧騒でかき消されてしまっていただろうが、今回は丁度周囲の者たちが静かになった瞬間であり、ギルドの中にいる全ての者たちの耳に届いた。


 一瞬だけ静寂が訪れる。


 そして、先ほどまでの喧騒が戻ってくることは無かった。


 その代わりにオレたちを包んだのは、こちらを遠巻きに見ながら、ヒソヒソと近くの者たちと話し始めるという異様な光景。


「……あいつが噂の冒険者か」


「……ああ、手柄を独り占めにしたクソ野郎だ」


「……そんなにまでして金や名誉が欲しかったのかよ」


「……本当にあんな軟弱な奴にドラゴンが倒されたのか? 俺たちよりもかなり弱そうだぞ」


「……何なら今から試しに行ってみるか?」


「……やめておけ。アイツの後ろにいる女はAランク冒険者のフレイヤだ」


「……けっ、どうせフレイヤの後ろで隠れていただけの腰抜けだろ」


「……おい、その辺にしとけよ! なんたってアイツはお貴族様だからな。あんまり言いすぎると処罰されるぞ」


 聞こえてくる内容の全てが、オレに対する罵詈雑言。


 一般的にはドラゴンを討伐したのは王国軍となっているが、ドラゴン討伐には少なからず冒険者たちも参加していた。そのため、本当は王国軍が討伐していないという事が冒険者たちの中では知れ渡っているのかもしれない。


「すみません、私のせいで」


 セレナさんが申し訳なさそうに頭を下げる。


「別に、セレナさんのせいじゃないので謝らないでください」


「それよりも何でこんな状況に?」


 オレは別に気にしていないことを告げると、オレに対する周囲からの軽蔑の元凶が何なのかを尋ねる。


「それが、ドラゴン討伐に参加した冒険者の誰かが、どうやらアレンさんの悪い噂を流し他みたいで」


 正直な所、この返答には予想がついていた。


 ドラゴン討伐に参加した冒険者の多くが、地位や名誉、莫大な金を夢見ていた。そんな中、自分たちが預かりし知らないところでオレがドラゴンを討伐してしまったのだ。当然、当初の目論見が潰えた彼らにとってオレという存在は面白くないだろう。その結果が今の状況と言う訳だ。


「オレも討伐しようとした訳じゃないんだけどな」


 オレ自身、ボルゴラムによって無理やりドラゴンの元へと向かわされ、しょうがなくドラゴンと対峙することとなったのだ。その結果、多くの仲間たちと片腕を失ってしまった。


 そんな実情など彼らは知る由もないので、オレに対して憎しみや妬みを向けてくるのは理解できる。


 しかしながら、『だったら、野営地で遊んでおらずに真っ先にドラゴンの元へと向かえば良かったじゃないか』と言い返してやりたい感情がオレの中に生まれるのは許されるべきだと思う。


 口では大きな事をのたまっておいて、実際に行動しない。そして、行動した者が現れて成功した暁にはその者に対して罵詈雑言を浴びせる。本当に吐き気がするようなクズぶりに怒りを通り越して呆れてしまう。


「アレンさん、貴族になったんですよね?」


「はい、成り行きで」


「では、今後は『アレン様』とお呼びした方がよろしいでしょうか?」


 セレナさんの畏まった突然の態度に苦笑してしまう。


「柄でもないのでやめてください。今まで通り『アレン』でお願いします」


「分かりました。

 それではこれまで通り『アレンさん』とお呼びしますね」


 クスクスと笑うセレナさん。


 どうやら、オレは揶揄われたようだ。


 だけど、今はその変わらない態度がありがたかった。


「――ア、アレンさん、腕が、腕はどうしたんですか!?」


 和んだ雰囲気が流れたのも束の間、セレナさんがオレの右腕が無くなっていることに気付き、顔を蒼白にする。


「あーーっ、腕無くなっちゃいました」


「『無くなっちゃいました』じゃないですよ!」


 オレは出来るだけ明るくおどけた様子で空っぽになった右袖を振ったのだが、セレナさんイ怒られてしまった。


「まあ、腕は無くなりましたが、こうしてまだ生きています」


 確かに、腕は無くなった。


 だけれども、こうしてセレナさんと再び冗談を言うことが出来ているのだ。


 今はそのことに喜ぼう。


 初めは心配していた様子のセレナさんも、オレが本当に気にしていないことを悟ると、どこか不出来な弟を見つめるような呆れた瞳でオレの話を聞いていた。

読んでいただき、ありがとうございました。

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