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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第六章 社畜、貴族になる
151/180

6: 次なる目標?

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 お金とはむやみに持ちすぎるとその者の人格を変革させる悪魔のような金属だが、何かしらの目標を実現するためには無くてはならないものであり、必要な額があれば望みをかなえることが出来る魔法のような金属だ。

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「――ふう、今日はこれぐらいにしておこう」


 今日もルナリアたちとリハビリを終え、身体から溢れ出した汗をステラが用意してくれた布で拭く。


 貴族になったからといって、オレの生活に急激な変化が生まれることは無かった。オレの当初の予想ではゴルギアスのように仕事を与えられ、コキ使われるのかと思っていたが、良い意味でオレの予想は裏切られたようだ。


 とにかく、そのおかげで今日もこうして自分のリハビリに専念できているのだから、良しとしておこう。わざわざ自分からしたくもない仕事を貰いにいくことも無いだろう。休める時に休んでおく――ギルド職員時代に学んだ社会人として最も重要な教訓だろう。


「おっ、珍しいな」


 汗を拭き終え、汚れた布をステラへと手渡したオレの視界に、この場で見るのは珍しい者――ルガルドが映った。


「右腕が無くなったと聞いて見に来たが、その調子だと特に問題ないようだな」


 ルガルドとは食事の時や居間でくつろいでいる時などに顔を合わせてはいるが、こうしてオレがリハビリをしている様子を見に来るのは初めての事だ。相変わらず仏頂面であり、ルガルドの事をよく知らない者だと、彼が不機嫌だと誤解してしまうだろうが、実際の所はオレの事を気にかけて見に来てくれたのだろう。本当に素直じゃない奴だ。


「右腕がないのにもかなり慣れたからな。

 冒険者としてはまだ完全ではないけれど、日常生活は全く支障がないくらいにはなったよ」



「その割にはステラに世話をさせているみたいだが?」


「……ステラが望んでいるから仕方なくだよ」


 ステラは何かにつけてオレをまだ怪我人扱いしてくる。そのため、回復した今でも身の回りのことをさせてもらうことができず、食事も自分の手で食べることが出来ていない。さすがに恥ずかしいのとフレイヤからの視線が気になるので、食事ぐらいは自分ですると言ってはいるのだが、『メイドですから』といつも拒否されてしまう。


 今もニッコリと可愛らしい笑顔をこちらに向けてくれているが、その笑顔には有無を言わさない迫力があった。


「アレンがそれで良いなら、ワシがとやかく言う事では無いがな」


 ルガルドが呆れたように肩を竦める。


「そ、それよりルガルドはいつまでこの屋敷にいるんだ?」


 若干ではあるが話の流れがマズイと感じたオレは、他の話題にすり替える。


「……ここに来いと言ったのはアレンだろ」


「それはそうだけどさ。

 ドラゴンを討伐して王都もある程度落ち着いているだろう? ルガルドとしては鍛冶に戻りたいと思ったのだけれど」


 もともとはドラゴン討伐に伴い、王国軍の傍若無人な振る舞いのせいでこの屋敷に居候することになった。ドラゴンがいなくなった今、王都も以前と同じ状態に戻りつつある。いくら貴族の屋敷とは雖も、この屋敷には鍜治場がない。そのため、ルガルドがその腕を振るう機会は全くなく、ルガルドとしても早く鍛冶をしたいのではと思ったのだが。


「前にも言ったが、あそこにはもう戻れん。戻っても炉が壊されているから鍛冶は出来ん。

 それに、この前に様子を見に行ったが、もうどうやっても修復できない酷い有様になっていたからな」


 ルガルドが様子を見に行ったところ、オレたちが目の当たりにした時よりもさらに酷い惨状が広がっていたらしく、完全に倒壊していたそうだ。おそらくは王国軍がルガルドをドラゴン討伐の奴隷にするために訪れたのにいなかったので、その腹いせにやったのだろう。実際に見た訳ではないが、その光景がありありと思い浮かんでくる。


「それに、ヒト族からの弾圧が止んだ訳では無いからな」


 ルガルドは悲しげな瞳で遠くを見つめる。


 確かに、以前も語るまでもなく王国のヒト族至上主義は激しかったが、その傾向は弱まることなく、むしろ最近になってさらに激しさを増してきたとすら感じられる。まあ、あの王様の様子を鑑みるに、今の状態がマシになることはここから数十年――あの王様が死ぬまでは訪れることは無いだろう。


「ワシの事は仕方ないと割り切るから良いとして、さっきの言葉をアレンにもそっくりそのまま返すぞ」


「オレ?」


「ワシは王国の法に詳しくは無いが、曲がりなりにも貴族になったのだから自身の屋敷を構えんでも良いのか?」


「……えっ、貴族って自前の屋敷を構えないとダメなのか?」


 貴族になって数日のオレが貴族に適用される法など理解している訳もない。


 困った時のフレイヤさん。オレに貴族の事を教えてください。


「そんな法は聞いたことは無いが、私の記憶違いでなければほぼ全ての貴族が、爵位はどうであれ自身の屋敷を構えていたと思うぞ」


「……法がないなら良いじゃないか」


「私も万能ではないから絶対に法がないとは言い切れん。

 まあ、貴族とは体裁を最も気にする生き物だからな。周囲から馬鹿にされる格好の的になってしまう借家や居候は、禁止する法がなくとも避けるのだろう」


「オレはそんなくだらないことは気にしないし。

 そ、それにステラもまだ修業中だからな。それらのことを総合すると、今のままで良いんじゃないかな。いや、今のままが絶対に良いと思う!」


 自前の屋敷を構えることに乗り気でないオレの必死の言い訳。別にフレイヤの屋敷が居心地が良いので出ていきたくないなとか、自前の屋敷を構えることになると色々面倒臭そうだから居候のままが良いなとか、そんな白い目でみられるような理由では断じてない。


 因みにだが、金銭面では何一つ困っていないのが現状だ。


 今まで貯蓄していたお金に加え、今回のドラゴン討伐の報酬金として莫大な金額を受け取った。貴族からすれば少ない額かもしれないが、小市民のオレからすれば目が回ってしまう。


 ただ、その褒賞金と引き換えに、ドラゴンの亡骸は国に献上という名の強奪をされてしまったのだが。


 とにかく、正直なところお金は余るほど持っており、贅沢を言わなければ貴族が住むような煌びやかな屋敷ぐらいは買うことが出来ると思う。


 それでも、今のところ屋敷購入は考えていない。まあ、理由は多くは語らない方が良いだろう。


「まあ、屋敷の持ち主のフレイヤが良いなら、ワシが口を出すことではないがな。

 将来的に自前の屋敷が必要になるかもしれんから考えていて損はないだろう」


「オレがもし自前の屋敷に鍜治場を用意したら来てくれるか?」


 以前まで使用していた装備はドラゴンとの死闘でほとんど使いようが無くなってしまった。『魔法の鞄』の奥底でホコリが被っている魔法の杖は健在だが、一向に『ライト』以外の魔法が十分に使えない今のオレには宝の持ち腐れの状態だ。


 今後もオレの主要な戦闘スタイルは近接攻撃になると思われる。そうなると、今後もが格別なルガルドの作成したものを使いたいというのがオレの本音だった。


「……考えておく」


 ルガルドは一瞬驚いたような表情を浮かべた後、嬉しそうに口端を上にあげる。


 ルガルドが来てくれるのであれば自前の屋敷を構える意味があるのかもしれない。しかしながら、オレは鍜治場を構えるのに一体どれくらいのお金が掛かるのか想像することが出来ないし、せっかくならルガルドが驚くくらい良い設備をそろえてあげたい。そうなると、オレの今持っているお金では到底足りなくなる可能性もある。


「……とりあえず身体を本調子に戻して、お金を稼ぐか」


 次なる目標をボンヤリと思い描きながら、ステラの持ってきてくれた冷たい水でのどを潤した。

読んでいただき、ありがとうございました。

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