9: 初めての王都
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さすが王都! 人が予想以上に多くて、見ているだけで目が回りそうだ。
そんな王都での初めての食事は最高の思い出になった。あんなにうまい店があるとは。今後、いろいろな店を開拓していくのも面白そうだ。
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オレたちが長い列に並んでから二時間後、ようやくオレたちの番が回ってきた時には、もうすでに空は真っ赤に染まっており、風も少し吹き始めて肌寒さを感じるようになってきていた。
ルナリアとリーフィアは入場門を管理している門番に冒険者ギルドカードを見せていた。冒険者であることを証明する冒険者ギルドカードは冒険者ギルドにて発行可能であり、それを持っていると、王都などの都市に入場する際に払わなければならない入場税が免除される。ちなみに、持っていない場合は銀貨五枚を支払わなければならない。銀貨五枚あればそれなりの宿屋に五泊はできるだろう。
オレはギルドカードの代わりに銀貨五枚を門番に手渡し、門を無事に通過する。この支出は今のオレにとってはかなり痛手だが仕方がない。これは未来への投資というやつだ。それに冒険者ギルドに行けばすぐにカードを発行してもらえる。
「それで、二人はこれからどうする。
冒険者ギルドに行くのか? 何とか今回の依頼は達成できたんだろ?」
「んー、今日はもう疲れちゃったし明日でいいかな」
「そうですね。
それに今の時間だと冒険者たちで溢れかえっていますし、明日にします」
「あぁー、そういえばそうだな」
冒険者ギルドにおいては冒険者に課せられた最低限のルールが多数ある。例えば、冒険者は受けていた依頼を達成した後、依頼を受けたギルドが存在する拠点に戻ってきてから三日以内に、依頼達成についてギルドに報告しなければならないというルールがある。一般的に、冒険者たちは午前中にどの依頼を受けるかを決定し、夕方頃に依頼を終えて帰ってくるものが多い。そのため、夕方頃の冒険者ギルド内は依頼達成の報告に来た冒険者たちで混雑してしまい、ギルド側が適切に業務に遂行することが困難になってしまう。
それに加えて、冒険者業は体力を消耗する依頼や大怪我を負う可能性がある依頼が多く、拠点に帰ってきた時には疲れ果てていたり、治療に向かわざるをえなかったりなど、すぐにギルドまで来ることができない場合もある。それらのような問題を解消するために三日という猶予を設けることで、ギルドと冒険者の両方の利益を確保する狙いがある。
ただ、冒険者の多くは拠点に戻ってきたその日の内にギルドを訪れる。というのは、冒険者の仕事は多かれ少なかれ、命の危険があるものが多い。そのため、極限の緊張状態から解放された冒険者たちは、自分の生を確かめるかのように湧き上がる酒欲や性欲などにその身を任せることを望み、溺れるほど酒を飲み、そして夜の店へと消えていく。その費用をその時に達成した依頼の報酬で賄おうとするものが大半であり、結局、ギルド内は報酬を求める目が血走った冒険者たちで溢れかえる。
そんな状況のギルドに行けるほど、オレたちは体力が残っているわけではないし、彼女たちも報酬が早くほしいわけではないみたいだ。
「じゃあ、アレン、晩御飯を食べに行きましょうよ。初めての王都で何位もわからないでしょ?
私たちのオススメの店に連れて行ってあげる」
「そうですね、アレンさん、一緒に行きましょう!」
「いいのか?」
オレにとってはうれしい申し出だ。さすがに右も左もわからない王都で一人になるのは不安すぎる。
「もちろん、早く行くわよ。
安くて美味い人気の店だから急がないと」
オレはルナリアに強引に手を引かれながら、彼女の後を早歩きでついていく。リーフィアもオレを急かすように背中を押してくる。彼女たちの様子から、今から行こうとしている店は本当に人気らしい。さっきまでの疲れた様子から一変して、今は二人ともその美しい顔をもっと魅力的に見せるような笑顔を浮かべている。すれ違う男どもの何人かは、二人の笑顔に魅了され、こちらを振り返っていた。そのせいで、彼女や奥さんと一緒にいた者はそれぞれわき腹を強めに肘打ちされていたが。
そんな美しい女の子である二人を独占していることに多少の優越感を感じながら、オススメの店へ続く通りを今まで抱いたことがないような感情を胸に進んだ。
「――アレン、ここよ」
「これは、確かにうまそうだな」
「そうなんですよ。
ニオイだけでわかりますよね」
二人に連れてこられた店はとても繁盛していて、人気な店であるということが一目でわかる。それもそうだろう、こんなにも食欲をそそるニオイを周囲へとまき散らしているんだ。肉に甘辛いソースをかけて焼いたであろうニオイ、何種類ものスパイスを混ぜて作ったであろうスープのニオイ、香ばしい焼きたてのパンのニオイ。いろんな幸せなニオイが風に流されて香ってくる。このニオイを嗅いで、店に立ち寄らずにいられる者なんていないだろう。オレも一瞬で魅了されてしまった。
「あっ、あそこ空いてるわよ!」
「運が良かったですね。
アレンさん、早く座りましょう」
幸いにも、まだ席は空いているようで、すぐに食事にありつけそうだ。オレたちは急いで席に座り、こちらに近寄ってきた店員さんに対して、はやく食べたいという思いから少しばかり大きくなってしまった声で注文をする。
――数分後。
オレたちの前に酒が三杯置かれた。
「じゃあ、私たちの出会いを祝して、乾杯!」
「「カンパーイ!」」
ルナリアの音頭で祝宴が始まった。オレは用意された酒を片手で持ち、一気に喉の奥へと流し込む。
「うっま!!」
酒は一瞬でオレの身体のいたるところに染みわたり、オレの疲れを癒していった。これは蜂蜜酒だろう。優しい甘さがいっぱいに広がっていく。そういえば、オレはどれくらいこんなうまい酒を飲んでいなかっただろう。ギルドでたまに開かれていた懇親会という名の地獄のような飲み会では、オレはギルドマスターや他のギルド職員の顔色を窺うだけだった。そこでは大量の酒を無理飲まされ、酩酊した状態で裏路地に置き去りにされたこともあった。
オレには今まで、そんなまずい酒の思いでしかない。そのため、オレは酒に対してあまりいい印象を抱いていなかった。その印象は今日、きれいに霧散している。オレのやりたいことのために行動した後に、オレが一緒にいたいと思った二人と飲む酒がこんなにうまいなんて。
「これは……溺れてしまいそうだな……」
「何、物思いに浸っているのよ。
アレン、もっと楽しみなさいよ」
「そうですよ、アレンさん。
もっと楽しく飲みましょう」
二人は一人辛気臭くなっていたオレを楽しませようと、酒をオレへ勧めてくれる。それと同時に、注文していた料理が強烈に食欲をそそるニオイを醸し出しながら運ばれてきて、オレの心を温かさで満たしてくれた。
「――じゃあ、はやく食べましょう。
量は早い者勝ちだから、恨みっこなしよ!」
ルナリアのその声を合図に、オレたちは一心不乱に運ばれてきた料理へと手を伸ばし、急いで食べ始めた。
――オレたちが酒と料理を堪能し大分腹が満たされた頃、オレは重要なことを思い出した。
「ヤ、ヤバい、今日の宿を探さなきゃ!」
オレは心地よく酔っていたが、今日泊まる宿をまだ確保していないことを思い出し、一気に酔いがさめてしまった。
そんな動揺しているオレとは対照的に、二人はまだのんきに酒を楽しんでいた。彼女たちは王都を拠点にしているんだから、帰る宿があるのだろう。でも、オレは今日が初めての王都。王都のオススメの宿屋なんて知らないし、そもそも、今から行っても空いているところなんてまずないだろう。
今日はこんなにうまい酒を飲むことができたんだ。そんな特別の日なのだから、野宿ではなくてちゃんとした宿でゆっくりと幸せに浸りたい。
そう考えれば考えるほど、オレは焦ってしまう。そんな時、ルナリアが彼女にしてはゆったりとした口調で語りかけてきた。
「じゃあ、私たちの泊まっている宿に来なさいよ。大丈夫、一部屋ぐらい何とかなるわ。
それに、何だったら一緒に泊まってもいいわよ」
「アレンさん、それがいいと思います。
私たちは気にしないので、一緒に泊まりましょう」
「いやいや、さすがにそれは……」
「何焦ってんのよ。私たちもう一緒に野宿もしてるのよ?
一緒の部屋に泊まるぐらい今更じゃない」
確かに、彼女たちと出会ってからの約十日間、オレたちは一緒に野宿をしていた。そのことを考えると、今更オレと同じ部屋で寝ることなんて、なんてことないのかもしれない。むしろ、彼女たちにとってそのことに驚いているオレの方が奇妙に写っているのかも。
だが、オレの身にもなってほしい。オレはまだまだ若い健全な男だ。そんなオレの身体には当然のように訪れる生理現象がある。しかも、この十日間、平均以上の容姿を持つ二人の傍で常に行動していたんだ。正直に言うと、もうこれ以上我慢することは不可能で、今日中に何とかしたい。
寝床をとるか、生理現象をとるか。そんなオレの葛藤を知ってか知らずか、彼女たちの間ではもうすでにオレが彼女たちと同じ宿に行くことは決定していることらしい。宿の設備や代金についてオレに熱弁している。
――まぁ、確かに、まだ一緒の部屋に泊まるとは決まっていない。幸運にも一部屋空いているかもしれない。そう思い、本当にしぶしぶではあるが、オレは彼女たちの申し出に応じた。
結局、二人が泊まっている宿に空き部屋はなかった。オレの運命が宣告された瞬間である。オレは今夜、忍耐力を鍛える修行へと向かわなければならない。オレはその修行の辛さを想像して身を震わせる。
「ここが私たちの部屋よ」
ルナリアが勢いよく部屋の扉を開けた。その部屋はいかにも女の子が暮らしているような清潔さで保たれていて、何かわからないが良いにおいがする。部屋にはベッドが二つ並んでいて、いつもここで二人が寝ているんだろう。今日はそのうちのどちらかをオレが使うことになるらしい。
オレが使うベッドは彼女たちの話し合いの結果、ルナリアのベッドになった。リーフィアは自分のベッドをオレに貸すのを恥ずかしがったため、ルナリアのベッドになったとのこと。正直、そんなことオレには関係ない。オレにとっては二人とも魅力的すぎる。
夜も遅くなっていたし、酒も大分回っていたため、寝るベッドが決まると二人はすぐにベッドへ倒れ込み、まるで姉妹のように仲良く寝息を立て始めた。
オレは二人の様子に呆れながらも、ルナリアのベッドに潜り込む。ベッドからは女の子特有の甘い香りがほのかにする。
「――ヤバい」
オレは腿を力強く抓り、どうにか衝動を抑えようとする。そして、関係のないことを考え、よこしまな感情をきれいさっぱり忘れようとしたが、全然効果がない。この時、オレの明日からの目標が決まった瞬間だった。
「はやく金を稼いで、夜の店に行こう……」
騒がしいオレの心とは裏腹に、夜は静かに更けていった。
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本作内の金額設定
白金貨一枚 = 金貨百枚
金貨一枚 = 銀貨百枚
銀貨一枚 = 銅貨十枚
銅貨一枚 = 賤貨十枚
イメージしにくいかと思うので日本円に換算しました。私の想像としては以下の通りです。
白金貨 = 100,000,000円
金貨 = 1,000,000円
銀貨 = 10,000円
銅貨 = 1,000円
賤貨 = 100円
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