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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第六章 社畜、貴族になる
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4: 弔い

///

 ギルド職員時代に刷り込まれたのか、はたまたオレ生来の性格なのか、どうしても後悔や謝罪の言葉が真っ先に出てしまう。

 みんなからすればそんな言葉が聞きたいわけではないだろう。

自分たちがそうすると決めたのだから、オレがそれにとやかく言うのはお門違いだ。みんなは、みんなの覚悟のもと行動した。誰から命令された訳でもなく、自分たちの意思で。

 だから、みんなにはこれが最高の弔いなのだと信じている――みんな、ありがとう。

///




 青く晴れ渡った空に真っ赤に光り輝く太陽が悠然と浮かんでいる。遠くに灰色の大きな雲が揺蕩んでいるが、上空に掛かるのはまだ先の事だろう。


 心地よいそよ風が吹くが、草木を揺らす音は聞こえず、焦げた臭いを運んでくるだけだった。そこにあったであろう木々は焦げ倒れ、周囲の景観を物悲しいものへと変えている。


 以前まで草が生い茂っていた場所は今や茶色い地面が露出しているが、所々では茶色が黒ずんでおり、そこで起こった惨劇を想起させる。


「……みんな遅くなって済まない」


 静寂が周囲を支配する中、オレはひときわ大きな黒ずみの前に跪き、左手に持った花束を黒ずみの――みんなの流した血が染み込んだ上へとそっと置いた。


「笑えるよな、みんなのおかげで助かったオレが貴族なんて」


 オレは自嘲気味に呟く。


 みんなを逃がそうとしていたオレが生き残り、逃げるようにとオレに言われたみんなが逝ってしまった。


 王国からはオレだけがその功績により爵位を与えられたが、逝ってしまったみんなには弔いの言葉さえ与えられない。むしろ、死んでしまった事で自分たちの目障りな連中が消えたという事に満足までしている。そのような状況が堪らなく悔しく、自分自身の無力さが堪らなく腹立たしい。


 ――オレにもっと権力があれば。


 そうすれば、みんなをドラゴンの脅威から王都を守った英雄であると貴族や民衆に知らしめることが出来たのであろう。そして、みんなの生きた証を歴史に刻み込むことが出来たであろうに。


 しかしながら、そんな未来は当然訪れることは無い。


 貴族たちは望まぬ真実を黙殺し、自分たちの都合の良い様に改ざんする。


 民衆は王国の発表を信じて疑わず、王国軍を褒め称え、その裏にみんなの犠牲など想像すらしない。


「オレだけは、オレだけはみんなの功績をいつまでも覚えているからな」


 左手を固く握りしめながら、逝ってしまったみんなの顔を思い出す。


 みんなと過ごした時間は短い。


 それでも、みんなの顔を鮮明に思い出せるほどオレの心にはみんなの生きた証が刻み込まれている。


「――隊長」


「……ベニニタスか」


 一人でみんなの事に思いをはせているオレの背中にベニニタスの声が届く。


「この辺りもかなり見晴らしが良くなってしまいましたね。

 前はドラゴンの死骸があったのでそのせいで狭く見えていただけかもしれませんが」


 オレたちがドラゴンを討伐した後、ドラゴンの死骸は王国軍が王都へと持ち帰った。民衆の不安を払拭するために、近日王都の広場でその死骸が公開されることになっている。そして、その場では王国軍を率いたボルゴラムがドラゴンをどのように討伐したのか、どれほどの困難を乗り越えたかなどを声高々に演説するらしい。その場には王国だけでなく他国の者も出席するようで、王国の栄光と武力を知らしめるためにもそのようにするとのことだ。


 できることならば、ドラゴンの死骸はみんなの手向けとしてあげたかったが、そう言う訳にもいかないことは理解している。ただでさえ珍しいドラゴンだ。そのドラゴンの死骸ともなれば一生お目にかかることがなくても不自然ではないだろう。そんな貴重なものを一介の冒険者であるオレが所有を許されるわけもなく、ただ王国の決定に従う事しかできない。


「お身体はもうよろしいのですか?」


 ベニニタス達はフレイヤの屋敷にいたが、今日この時までその顔を見ることは無かった。それは、オレやベニニタス達が拒んだ訳では無く、ただ単純に時間が合わなかったというだけだ。目が覚めてからも、怪我をしたオレはステラによって部屋を出ることを許されていなかったし、貴族になるという事を告げられてその準備に忙しかった。


「ああ、もうどこも痛くないし、何ならしばらくベッドで休むことが出来たから調子が良いくらいだ。

 まあ、見ての通り右腕は無くなってしまったけどな」


 オレはおどけた様子で上半身を揺らし、右腕がないことによって空洞と化した服をベニニタスに見せる。


「……」


 オレは笑って欲しかったのに、ベニニタスの顔に笑みが浮かぶことは無かった。


「……何人逝ってしまった?」


「6人生き残りました」


「怪我はないか?」


「あなた以上に怪我を負った者はおりませぬ」


「……そうか」


 ベニニタスの言葉の節々から感じられる優しさがオレの右腕をズキズキと刺激する。もうすでに痛みもないはずなのに、右腕に鈍痛が走ったような気がした。


「……本当にすまなかった」


 口からこぼれだしたこの呟きはベニニタスに対する言葉なのだろうか?


 いや、多分に目の前で眠るみんなへの思いも含まれている事だろう。


 守ると伝えたのに、守ると誓ったのに、オレは何も果たすことが出来なかった。


「気に病むことはありませぬ。

あそこに戻ってきたのは、私たちが決めたことですので」


「……それでも」


「私たちは感謝しているのです。この国で汚れてしまった私たちの心を再び揺り動かしてくれた、希望や将来を語らう事を諦めていた私たちの再び眩しい光を照らしてくれた。

 そんなあなたを救いたいと私たちが強く願ったのです。誰からも指図された訳でもない、私たちが自ら進んで行動したのです」


「……」


「ですので、私たちは誰一人後悔などしていませぬ。私たちはこうしてあなたを救うことに成功したのですから。死んでいった彼らもこの思いだけは決して変わらないと思います」


 逝ってしまったみんなの思いなど今となれば分かることなどない。


 もしかすればオレを助けるという決断を後悔したかもしれないし、不甲斐ないオレを恨んだかもしれない。


 それでも、ベニニタスの強く意志の籠った言葉に、そのような考えが否定される。みんなは自分の意志でオレのために戻ってきてくれたのだ。それ以外の事を考えることなど、みんなに対する冒涜に他ならない。


「……みんなのおかげで貴族になることが出来た」


「おめでとうございます」


「勝手にオレの家臣にしてしまったが、ついて来てくれるか?」


 爵位授与の際に褒美としてベニニタス達をオレの家臣として王国軍から引き抜いた。ベニニタスが王国軍にどのような扱いを受けているかは理解している。ベニニタス達はドラゴン討伐のために集められたのだ。そのドラゴンが討伐された今、ベニニタス達は用済みと認識されることだろう。そうであれば、彼らの命も保証されないかもしれない。そう思い、彼らを勝手にオレの家臣とした訳だが、それが彼らにとって良かったことなのかは分からない。


「どこまでもあなたと共に」


 不安な思いが声に乗ってしまっていたのだろう、オレのかすかに震えた声を聞いたベニニタスは、それが当然であるかのような口ぶりで淡々と答えた。


 上空に灰色の雨雲が掛かり、ポツポツと小雨が降り始める。もうじき本降りになってくることだろう。


 雨がオレに降りかかり、オレの身体を伝って花束へと落ちていく。


「……みんな、ありがとう」


 みんなに伝えることが出来なかった弔いの言葉が雨音によってかき消されるが、みんなにはちゃんと届いたであろう。


 次第に雨脚が激しくなり、オレから零れ落ちる大粒の雨がどんどんと大地に降り注ぐが、みんなの生きた証は薄まることなくその場に残り続けていた。

読んでいただき、ありがとうございました。

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