3: 授爵
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貴族になる――冒険者になるために王都に来た時には想像すらしていなかったことだ。
貴族になるからといってオレ自身は特に変わることは無いだろうけれど、周囲は変わってしまうのであろうか?
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「――冒険者アレン、前へ」
厳かな雰囲気の中、宰相マルクリウスの冷淡な声が響く。マルクリウスは祭典用に装飾された豪華な服で身を包み、スレイブ王国の宰相としてふさわしき装いであった。
そんなマルクリウスの横で玉座にふんぞり返る男が一人。
その男はマルクリウスとは比にならないほど煌びやかな装飾や意匠が施された服に身を纏い、滑らかな金髪の上に宝石がこれでもかと埋め込まれた王冠をつけている。
……あれが、この国の王様か。
昔、冒険者ギルドで飾られていた肖像画を見たことがある。その当時は描かれている男に、如何にもスレイブ王国の王だと感じさせられるような特権階級の者たち特有の自己神聖化した感じに不快感しか抱かなかったが、当時のオレの感性は確かだったらしい。こうして実際に相対してみても、その時と同様の感情が心の底から溢れ出してくる。
……本当にフォーキュリー家とは全然違うな。
視線を左右に向けるとオレに蔑んだ視線を隠すこともなく向けてくる多くの貴族たちが宮殿の脇に控えていた。
周囲の貴族たちから向けられている嘲笑と侮蔑を一身で浴びながら、オレ一人だけが玉座の下へとゆっくりと歩み寄る。
視界の端にはニヤついた気持ちの悪い笑みを浮かべているボルゴラムが映ったが、今は奴に構っている暇はない。
オレは失態を犯さないかビクビクしながら、細心の注意を払って自身の姿勢や歩き方に意識を向ける。
因みにだが、平民であったオレが貴族のマナーなど知るはずもなく、最低限のマナーをフレイヤやイザベルさんに叩き込まれた。オレが貴族になるという事を伝えられてから今日まで数日しか経っていないのだ。それでここまで出来ているのだからちょっとくらいの不敬は許してほしい。周囲の貴族からしたら「これだから平民は」と思っているのだろうが、お前たちも最初から全てできていた訳では無いだろうに、その腹にため込んだ脂肪が脳にまでいっているのではないかと思わせる程の連中だ。少しくらい寛容な心で出迎えれば良いものを。
心の中で周囲の不快感を溢れ出させている貴族どもの悪態をつきながらも、事前に教えられていた事をなぞるようにただ遂行していく。
玉座の前へと歩み出たオレは片膝をついて首を垂れる。
「冒険者アレン、面を上げよ」
「はっ」
玉座に不機嫌そうにふんぞり返り、オレをはるか高みから見下ろす王ゴルバストとそのわきに佇む宰相マルクリウス。ゴルバストの態度を見ればオレを快く思っていないことは明白だが、マルクリウスの方は何を考えているのか分からない。彼の瞳に浮かんだ暗い光がオレに何とも言えぬ不気味さを抱かせていた。
「汝、輝かしきスレイブ王国に訪れた災厄をはらい、安寧をもたらしめた。その功績により、汝にスレイブ王国騎士爵を授与する」
「ありがたき幸せ」
マルクリウスの事務的な言葉に頭を再び垂れる。
「これより王国のために血をささげ、その身が滅びようとも王国の繁栄と安寧のために精進せよ」
「すべては王国のために」
心にもない言葉に歯が浮きそうになるが、どうにか自然に口に出すことが出来た。
王国のために尽くすのは百歩譲って受け入れることが出来るが、ここにいる者たちにとって「王国のため」の言葉の中には王国で暮らす平民や他種族は含まれていない。自分たち貴族の役に立つことのみを求めており、そのためであれば他の者たちが不利益を被ることなど微塵も気にしないだろう。
オレとマルクリウスのやり取りの間、つまらなさそうに頬杖をついてオレを見下ろしているゴルバスト。
マルクリウスが何やら堅苦しい儀式的言葉をつらつらと述べているのを頭に入れることなく流しながらゴルバストの様子を観察していると、段々とただの置物のように見えてきた。こんな王で大丈夫なのだろうかと心配せざるを得ないのだが、まあ、周囲の文官たち――特にマルクリウスが優秀なのだろう。一番上が無能でもその下が頑張って支えれば何とかなるという典型的な例かもしれない。
「今回の功績に報い、爵位とは別に褒美を与える。
汝は何を望む?」
長ったらしい文言を読み終えたマルクリウスがオレへと冷淡で暗い視線を向ける。
――爵位を返上したい!
そんな言葉が真っ先に思い浮かんだが、それを口にしてしまうとオレの首は飛んでしまうだろう。
爵位の返上は無理。
かと言って、爵位を与えられることもつい先日聞いたばかりのオレには、欲しいものなんてすぐには思いつかないのだが。
オレは少しの間沈黙していたが、それが周囲の貴族たちの薄汚い虚栄心を刺激してしまったのだろう。徐々にザワザワし始めた。
「……恐れながら一点お尋ねしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「申しみよ」
「望みはどんなものでもよろしいのでしょうか?」
「その身分に応じたものであればどんなものでも用意しよう。
ただし、その身分から逸脱するような望みを口にした場合は、分かっているであろうな?」
マルクリウスの鋭い視線がオレを刺す。
オレはマルクリウスからの警告に、今から口にすることがマルクリウスの言葉に抵触しないか不安を感じてしまうが、いまさら怖気ついてもしょうがない。
「……では、ドラゴン討伐時に私と一緒になって戦ってくれた王国軍の奴隷兵士たちを頂きたく」
オレが全てを言い終わる前に周囲の貴族たちが驚きの声を上げる。
つまらなさそうにオレを見下ろしていたゴルバストも玉座から腰が浮いていた。
「下等な他種族を望む?」
「貴族になったという自覚がないのか?」
「これだから平民は。
地位を与えられたとしてもその品性まではどうにもならんか」
オレは周囲からの侮蔑を含んだ視線を一身に浴びながらも、沈黙を続けるマルクリウスの返答を待った。
「……本当にそれを望むのだな?」
「はい、彼らこそが今私が最も望んでいるモノたちです」
マルクリウスは玉座でワナワナと怒りに震えていたゴルバストの下に行き、その耳元で何かをささやきかける。
マルクリウスの言葉を聞くにつれてゴルバストの表情からは徐々に怒りが消えていき、最終的には納得したような表情で玉座に座りなおした。
「良かろう、汝の望み受け入れた。
奴隷兵士たちの所属は、本日より王国軍から汝に譲渡することとする」
マルクリウスの低い声がザワザワとささやいていた周囲の貴族たちを黙らせる。
「ありがたき幸せ」
オレはゆっくりと頭を下げて感謝の言葉を述べる。
かくして、オレは爵位を得たのと同時に、ベニニタス達の存在も確保することが出来たのであった。
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