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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第六章 社畜、貴族になる
146/180

1: 失いしモノ

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 失ったモノに思いをはせる。

 過去は変えられないのだからそんな無駄なことは止めて前を見るべきだという主張もあるだろう。

確かに、そのとおりだ。いくら悔やんでも、いくら望んでも過去を変えることは出来ず、失ったという現実があるだけ。

 だが、それでも、考えずにはいられない――彼らを失わなかった未来があれば、と。

///




 王都は久方ぶりに活気を帯びていた。


 店が立ち並ぶ通りには様々な商品が店先に並べられており、通りを歩く者たちの視線をあちらこちらと彷徨わせる。そんな者たちを引き留めようと店主の声が各方々から飛び交っており、けたたましい騒音が鳴り響く。遠くでは屋台で肉が焼かれているのであろうか、食欲をそそる香ばしいかおりがそよ風に運ばれて届けられ、そのかおりに釣られて全ての者がかおりの下へと吸い寄せられるように歩いている。


 空き家が目立った住宅街にも、かなり多くの者たちが戻ってきており、しばらくの間家を空けてしまった事により溜まったホコリを家の外へと掃き出していた。天高くへと舞い上がったほこりが、まるでその家の主が帰ってきたということを表しているようだった。


 まだ完全ではないが、確実に以前の活気が戻りつつある王都。


 そんな王都の住民がそろえたように口に出すのは、ドラゴンを討伐し、王都の危機を救い、王都に再び活気を取り戻させた王国軍への感謝と称えの言葉。


 ――我らの王国軍ならば必ずや遣り遂げてくれると信じていた。


 ――さすがは王国軍、例えドラゴンであろうとも恐れることは無い。


 特に王都に戻ってきた者たちの口から聞こえてくることが多く、そんな調子のよい者達を、王都から逃避しなかった、逃避できなかった者たちは若干呆れた様子で眺めていたが、王国軍への思いは同じのようだ。特に非難することなく一緒になって祝杯を挙げ、王都の活気に酔いつぶれていた。


 そんな彼らは知る由もない。


 王都の活気を取り戻したのが王国軍ではなく、一人の冒険者であるという事を。


 もし耳にしても信じることがないだろう。


 自分たちが忌み嫌っている他種族がドラゴンの討伐に大きな貢献をしたという事を。


 真実を吹き飛ばすかのように、王都は喧騒に包まれていた。




「――ご主人さま、口を開けてください」


 ステラの少し怒ったような声が部屋に響く。


 なかなか言う事を聞かないわんぱくな子供を怒る親のような表情を浮かべているが、プックりと膨らんだ頬が幼さを感じさせてたまらなく可愛い。もしフレイヤが今のステラを見たら、発狂していたのではないだろうか。


「ご主人さま、聞いているのですか?」


 オレが別の事を考えていることを察知して、ステラがスプーンを片手に身体をこちらへと乗り出してくる。動いたにもかかわらずスプーンに載っている料理は少しも零れることがなかったのは、ステラのメイド力が上がっている証拠なのだろう。素直に喜ばしいことだ。


「いや、自分で食べられるから、出来ればそのスプーンをオレに渡しくくれないか?

 この歳になって今の状況は、さすがに恥ずかしいのだけど……」


「何を言っているのですか。ご主人さまは怪我人なんです! そんな状況で動こうなんて例え神様が許したとしても私が許しません。大人しく私に看病されてください」


「……はい」


 どうやら観念するしかない様だ。


 満足げに微笑んでいるステラに差し出されたスプーンを口に入れながら、右腕部分がヒラヒラと揺れる空虚な服を眺める。


 ステラの言う通り、オレの身体には至る所に傷の名残が残っており、その最たるものが子の無くなった右腕だろう。今まであることが当たり前のものだった。それが突然無くなってしまったという事にかなりの衝撃を受けているはずなのだが、思いのほか冷静さを保つことが出来ている。それはドラゴンという圧倒的な力差のあるモンスターを討伐するためにはそのくらいの代償は仕方がないと理解しているからかもしれない。


 ドラゴンの息の根を止めた後の記憶は全くない。


 どうやらオレはかなり危ない状態だったらしく、意識を取り戻したルナリアたちによって応急処置が行われ、急いで屋敷へと運ばれたようだ。


 ルナリアたちもかなり危ない状態だったとの認識だったのだが、彼女たちはベニニタスなどの何とか生き残った者たちによって『ポーション』を与えられ、無事生還することが出来たようだ。


 ともあれ、屋敷に運ばれたオレは生死の境をさまよっていたようだ。『ポーション』での回復が追いつかないくらい全身が爛れ、多くの骨が折れていたとのこと。それでも屋敷のみんなの献身的な看護のおかげで何とかこうして再びステラの顔を見ることが出来た。


 右腕は無くなってしまったが、全身に広がっていた爛れはかなり回復している。幸いなことに、爛れて指と指が繋がってしまっていた左手も、今では普段通りの状態に戻り、思い通りに動かすことができる。


「ご主人さま、美味しいですか?」


「ああ、美味しいよ」


「本当ですか!

 これ実は私が作ったんですよ」


 満面の笑みを浮かべるステラ。


 右腕の代償にこの笑顔を守ることが出来たのなら良しとしよう。


「ベニニタスさんたちも美味しいって言ってくれたんですよ」


 ベニニタスをはじめとする奴隷兵士の生き残った者たちは、現在この屋敷でかくまわれている。本当は彼らは王国軍に属していることになっているため、王国軍へと帰らなければならないのだが、当初から使い捨てのために集められた彼らが王国軍に帰っても未来がないことは明らかだ。それならば屋敷でかくまっていた方が何百倍も良いだろうと、オレが屋敷に運ばれるのと同時に、こっそりと連れて帰ったのだそうだ。


「……ベニニタス達は元気にしていたか?」


 オレは声が震えないように出来るだけ気丈に振る舞った。


「はい、みなさん元気にご飯を食べていますよ。

 ご主人様程大きな怪我もしていなかったようなので、今はみなさん中庭で武器の稽古をしていると思います」


 オレの声を聞いたステラは一瞬だけ固まったが、オレの心情を察してか、すぐにいつもの笑顔を浮かべると明るい声で応えてくれた。


「……そうか」


 死んでいった彼らの事を思うと、そんなステラの思いやりすらも、今のオレにはつらかった。


 ――そのような思いやりを受け取ることが許される存在ではないのかもしれない。


 そんな思いがオレの中を駆け巡る。


「あっ、そう言えばフレイヤさんがこの後ご主人さまに用があるって言っていました。

 もしかしたらもうすぐ来るかもしれません」


 オレが思い悩んでいる様子を見てまずいと思ったのか、ステラが話題を変える。


「フレイヤが?」


「かなり困った顔をしていたので、あまり良い話ではないかもしれません」


 ステラを前にしてそんな様子のフレイヤは珍しい。よっぽど何か都合の悪い事なのかもしれない。


「でも、今は私だけのご主人さまです。

 さあ、もう一回口を開けてください」


 スプーンに料理をすくったステラがことらに向けてスプーンを差し出してくる。


「……ありがとう」


 オレは少しばかり恥ずかしさを感じながら、従順に口を開けてステラの看護を受ける。


 喉を通ってお腹の中へと入っていくスープと一緒に、心の中に未だ整理のつかない感情も、今この時ばかりは身体の奥底へと戻しておこう。


 そう思いながら飲んだスープは、心なしか塩辛く感じられた。

読んでいただき、ありがとうございました。

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