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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第五章 社畜、偉業を成す
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断片 忍び寄る破滅

「――法皇様、お呼びでしょうか」


 歴史を感じさせる造形でありながら、その荘厳さと華やかさを未だ枯れることなく保ち続けている教会の中に男の声が響く。


 汚れ一つない真っ白な壁に取り付けられた窓には色とりどりのガラスがはめ込まれており、陽の光を幻想的なものに昇華させ、教会の中にあるひときわ壮麗で燦爛たる像を照らしている。そんな光を浴びた像は、見た者の心を別世界へと連れて行ってしまうのではないかと思わせるほど蠱惑的な美しさを周囲に振りまいており、美麗さの中にそこはかとなく恐怖さえも感じさせるほどのものだった。


 そんな魅惑的な像の最も近しい場所に一人の男が鎮座している。手には装飾がこれでもかと施された杖を持ち、純白の衣を身に纏っていた。


「皆さま、本日はお集まりいただきありがとう」


 法王と呼ばれたその男は、慈悲に満ち溢れた笑顔を浮かべながら目の前に整列した者たちに向かってゆっくりと話しかける。その声からは穏やかで温かく、全てを包んでくれるかのような包容力が感じ取ることが出来た。


 法王はその顔に浮かんだ笑みはそのままに、ゆっくりと目の前で臣下の礼をしている者たちを見渡す。


「もうすでに聞き及んでいる方もいらっしゃるかもしれませんが、遠くの国で大きな出来事が起きたようです」


「……何事でしょうか?」


 臣下の中で最も法王の近くにいた者が口を開く。彼らのほとんどは法王が言う『大きな出来事』について心当たりがなかった。


「皆さんご存じのスレイブ王国でドラゴンが討伐されたそうです」


「……ドラゴンをですか!?

 恐れながら何かの間違いでは?」


 法王の言葉ではあるが、他国でドラゴンが討伐されたという話を簡単には信じることが出来ない。


 確かに、この国では遥か昔にドラゴンを討伐したことがある。しかしながら、今を生きる彼らにとって、その偉業は歴史的事実ということにほかならず、現実感を抱かせるものではなかった。


 それに加え、この国とは異なるたかがスレイブ王国という弱国が、自分たちの祖先と同じ偉業を成したことなど認めることなどできない。認めてしまえば、それ即ち自分たちの誇り高き祖先が『その程度だった』という事を認めてしまうようなものであった。


「皆様の気持ちも分かりますが、確かなことです。

 私も初めて聞いたときは信じることが出来ませんでしたが、かの国に送り出していた信用できる者からの報告ですから、まず間違いはないでしょう。スレイブ王国が偉大なる我らの祖先と同じ偉業を成した。思うところがないとは言いませんが、認めなければならない事実でしょう」


 法王は遠くを見つめながらため息を吐く。これまで絶えず笑みを浮かべていたその顔に、今は少しばかり陰りがみられた。


「しかしながら、その報告には耳を疑う様な事が混じっていました。

 それは、ドラゴンの討伐にヒト族ならざる者たちが混じっていたとのことです」


「――なっ!?

 他種族が偉業を成したというのですか?」


 静かに法王の話を聞いていた者たちは、他種族が偉業を成したという事を耳にした途端、血相を変えた。圧倒的目上の法王に対して無礼なふるまいではあるが、それもしょうがない事だろう。法王も特に気にした様子はない。


「それは我々にとってあってはならぬ事です。

 他種族が神に選ばれし我らヒト族と同じ偉業を成したという事は見逃すことが出来ません」


「ごもっともです!

 他国が我ら祖先と並び立ったという事すらも腹立たしいのに、よもや他種族などという下等生物ごときとは」


 男は声を荒げながら自身の思いをぶちまけた。彼の後ろに控えている者たちも彼と同じ思いであろう。彼らは怒りの表情を浮かべながら、法王に対して何かを訴えかけるような視線を送っていた。


「皆様、事は我が国にとって最重要事項です。

 つきましては、スレイブ王国へ内通者を送り込むことといたします。

 詳しいことが分かり次第追って報告いたしますので、皆様ももしもの時に備えていてください」


「――はっ!」


「それでは、本日はこれにて解散にいたしましょう」




 静まり返った教会の中、法王は像の前に跪き、一人神に祈りをささげていた。


「この世界に蔓延る下等生物どもが、その身を弁えずに生きるとはな。

 必ずやこの世界から根絶やしにしてくれる」


 そこには先ほどまでの慈悲深い法王はいなかった。


 残虐で凶悪な笑みを浮かべながら、心に巣食う強い怒りの感情を神へと吐露する姿は、神に仕える者とは思えないほど邪悪さに満ち溢れている。


「まず初めにスレイブ王国のゴミどもからだ」


 アレンたちの知らぬところで、この国――シュライツ聖国が確実に動き始めていた。

読んでいただき、ありがとうございました。

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