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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第五章 社畜、偉業を成す
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幕間 見習いメイドの成長日記(5)

「――ドラゴンが討伐されたらしいぞ!」


「さすがは王国軍だな」


「実に誇らしいことだ。

 世界広しといえど、ドラゴンを討伐したことがある国がいくつあるのだろうか」


「少なくとも俺はそんな国聞いたことないぞ」


「お前は馬鹿だからな。

 私は知っているぞ。確か、はるか昔にかの聖国がドラゴンの討伐に成功したらしい」


「お前は敬虔だからな。

 それもかの聖国の伝記に載っていたのだろう?」


「ああ、お前も読んでみるか?」


「いや、遠慮しておくよ。

 文字なんか見ていると眠くなっちまうからな」


「何はともあれ、これでまたいつもの平穏な生活が戻ってくるな」


「ああ、そうだな。

 このことは王国内全体に伝わっていっているらしいから、王都を離れた奴らもじきに戻ってくるだろう」


「早くそうなって欲しいものだな。

 ヒトの減った今の状態では、何かと不便が多いからな」


「それについても王国軍が動いてくれているらしいぞ」


「それは良かった。さすがは王国軍だな」


「良い話も聞けたところで乾杯といこうや。

 今はこれが一番身に染みるからな」


「お前はいつも飲んだくれているじゃないか。

 まあ、俺も早く飲みたいがな」


「じゃあ、グラスも行き渡ったことだし始めるとするか」


「平穏をもたらしてくれた王国軍に乾杯」


『乾杯』


 ――ドラゴンが無事に討伐されてから数日、王都の各地ではヒト族が王国軍の功績をたたえているらしい。絶対に不可能だと思われていたドラゴンの討伐を見事やってのけた王国軍。その輝かしい武勇に多くの者が称賛を送り、そんな王国に暮らしている自分たちを誇らしく思っていると。


 そんな能天気なヒト族の様子を屋敷に努めるメイドのお姉ちゃんたちから聞いて、私は強い怒りと憎しみが込み上がってくる。


 誰のおかげでその平穏が訪れたと思っているのだろうか。それをもたらしたのは決して王国軍ではない。むしろ、王国軍は何時までもドラゴン討伐に向かわなかったという事をルナリアお姉ちゃんから聞いた。


 では、討伐に参加した冒険者たち?


 それも違う。


 冒険者たちは王国軍と同じで、お酒を飲んだり、野営地に来たそういったお姉さんたちと遊んでいたりしていただけ。


 王都に恐怖と混乱をもたらしたドラゴンを討伐したのは、私のご主人さまたちと王国軍に無理やり連れていかれた奴隷の兵士たち。


 ご主人さまたちはボルゴラムというヒト族の貴族に命令され、ドラゴンの元へと向かわされたらしい。そして、運悪くそのままドラゴンとの戦闘になってしまった。


 多くの奴隷の兵士たちの命が消えて無くなったが、ご主人さまは勇敢にドラゴンに立ち向かい、ついにはドラゴンを打ち倒した――その右腕を代償に。


 ご主人さまがドラゴンを討伐したその日の夜深く、ルナリアお姉ちゃんたちが血相を変えて屋敷に戻ってきた。突然の出来事であのイザベルさんも慌てていたが、ルナリアお姉ちゃんたちが抱えていたご主人さまの様子に、より一層屋敷は騒然となったのを覚えている。


 寝ていた私は久しぶりにご主人さまにお会いできると思い、急いでご主人さまのもとに急いで向かった。ご主人さまが不在の間、私がメイドとして一人前になるために頑張ったことをはやく聞いて欲しかった。そして、その温かな手で優しく私の頭を撫でてくれることを期待していた。


 だけど、そのような幸福に満ち溢れた私の思いは無残にも打ち砕かれた。


 私が急いで向かった先で目にしたのは、右腕を失い、全身が血に濡れたご主人さまの姿。肉の焦がれた臭いがご主人さまに纏わりつき、その身体が火に晒されたことを簡単に想像することが出来た。


 我を失ってしまった私はご主人さまに駆け寄ると、『ご主人さま』と叫びながら何度も何度もその身体を揺さぶった。


 でも、ご主人さまは私の事を見てくれない。目を閉じたまま消え入るような呼吸を繰り返しているだけ。


 ――無事に帰って来てくれると約束したのに。


 ――それなのにどうして目を覚ましてくれないの? 私の頭を優しくなでてくれないの?


 取り乱してご主人さまの身体を強く揺さぶる私をリーフィアお姉ちゃんが羽交い絞めにしてご主人さまから遠ざける。


 それでも私はご主人さまの下へと向かうためにリーフィアお姉ちゃんの拘束から逃れようと一心不乱に身体を暴れさせる。


 私がこんなことをしてもご主人さまが目を覚ますことは無いだろうという事は分かっている。だけど、私は私のご主人さまがこんな状態でいることに耐えることが出来なかった。


 リーフィアお姉ちゃんの腕に嚙みついたり、髪の毛を引っ張ったりして、どうにかご主人さまに触れようとしたけど、リーフィアお姉ちゃんの腕から逃れることは叶わなかった。


 ご主人さまはルナリアお姉ちゃんとフレイヤさんの手によってご主人さまの寝室へと運ばれていく。その様子を私は手を伸ばして藻掻くことしかできなかった。


 そんな衝撃的なご主人さまとの再会から数日経った今も、ご主人さまは目を覚ましていない。何とか一命を取り留めたけれども、命の鼓動は弱々しく今にも消えて無くなってしまいそうだ。


 こんなになってまでもご主人さまはドラゴンと戦った。


 それなのに、それなのに王都でただ震えていた臆病者達はご主人さまではなく王国軍を褒め称える。ドラゴンの討伐に向かわず、ご主人さまにその務めを押し付けた最低なヒト族たちの事を。


 こんな仕打ちはあんまりだ。その身体を負傷し死にかけてまで守った王都のヒト族の誰からも感謝の言葉もかけられないご主人さま。そして、そんな愚鈍なヒト族たちに真実を、ご主人さまの功績を未だに広めない貴族たち。


 そして何より、こんな状況でご主人さまのためになることを何もすることが出来ない自分自身の不甲斐なさに腹が立つ。


 ――私が、私がご主人さまの力にならなきゃ!


 そんな思いが頭の中で空回りしている。


 『メイドたる者、常に冷静でなくてはいけない』と、イザベルさんに教わったけれど、今はその教えを守れそうにない。


 だって、私のご主人さまが、私だけのご主人さまがこんな状態なのに冷静でなんていられない。


 目の前で未だ私の名前を呼んでくれないご主人さまを見つめる私の瞳に悔し涙が込み上がってくる。


「……私は、私だけはどんなことがあってもご主人さまの事を見ていますから」


 横たわるご主人さまの胸元にそっと頭を近づけ、私の思いをご主人さまの心に刻み込むかのようにささやく。


 ご主人さまの乾いた肌に私の涙が染みていく。


 私はご主人さまの弱々しい命の脈動を聞きながら、堅く心に誓った。


 ――今はまだ無理かもしれないけれど、いつか絶対に一人前のメイドとなって、私がご主人さまに降りかかる火の粉を全て払うことが出来るようになってみせる。


 私の命を賭してでも。

読んでいただき、ありがとうございました。

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