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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第五章 社畜、偉業を成す
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幕間 見習いメイドの成長日記(3)

 ――ご主人さまが知らないおじさんを連れて帰ってきた。




 今日はフレイヤさんだけが屋敷に残り、ご主人さまたちは外に出かけるみたい。何でも、フレイヤさんが王国の兵士たちともめ事を起こしてしまったみたい。『何やっているの』とも思ったけれど、その理由が兵士たちに虐められているヒト族を助けるためだったという事をあとから聞いてどこか安心してしまった。やっぱりフレイヤさんはご主人さまに似ている。困っている他者を放っておくことが出来ない優しい心の持ち主。フレイヤさんの軽率な行動を注意しているイザベルさんも言葉ではフレイヤさんを叱ってはいるけれど、その表情はどこか誇らしげだった。


 ともあれ、今日はフレイヤさんがずっと屋敷にいる。何かにつけて私のことを呼んでは隙あらば私の頭を撫でようとしてくる。


「フレイヤさん、今仕事中なので用がないなら呼ばないでください」


 以前の私なら、為されるがまま頭を撫でられていただろうけれども、今の私はイザベルさんの教育のおかげで華麗にその手をかわすことぐらい朝飯前。メイド服を少しも乱すことなくクルりと身体を翻してその場から離脱する。


「すまんすまん。

 でも、ステラが悪いんだぞ? 常日頃から私を避けているからな。今日ぐらいは私の思いを受け止めてくれても良いんじゃないか?」


「……あんまりしつこいとイザベルさんに言いつけますよ?」


 笑いながら謝りつつも、じわじわとこちらに近づいてくるフレイヤさん。私はフレイヤさんの足を止めるための魔法の言葉を投げかける。


「そ、それはやめてくれ!」


「――お話は聞かせていただきました」


「イ、イザベル!?」


「はいイザベルです。

 お嬢様、ステラは今メイドとしての仕事で忙しいのです。軽率な行動で謹慎を命じられているお嬢様に構っている時間は無いのですよ」


 いつの間にか現れたイザベルさん。さすが私が目標にしている完璧なメイドさんだ。


 私はイザベルさんに後の事は任せて残っている仕事を終わらせに向かった。




 ご主人さまたちが戻ってきたみたい。


 私が先輩のメイドさんたちからメイドの作法を教えてもらっていたため、気が付くのが遅れてしまった。ご主人さまがお帰りになったのにそのことに気が付くことが出来なかったなんて、まだまだ修行は続きそうだ。


 私は先輩たちにぺこりとお辞儀をするとご主人さまの下へと急いで向かう。


「――」


 ご主人さまたちがいると思われる部屋の前まで辿り着き、少し乱れてしまった服を整えて部屋の中へと入ろうとした時、中から聞き馴染みのない誰かの声がした。


 何か言い争いをしているみたい。フレイヤさん相手に声を荒げて捲し立てている。


 今、私はこの部屋の中にはいいて大丈夫なのだろうか。この屋敷の中では忘れてしまいそうになるけれども、私は嫌われ者のハーフエルフ。もしフレイヤさんと言い争いをしている相手に私という存在を見られてしまったら、一体どうなってしまうのだろう。一瞬、不安を抱いてしまったけれど、ご主人さまは私の事を一番に考えてくれている。私が危険に晒されるようなことは絶対にしないはずだ。


 中の様子が静かになったところで、私は意を決して少しだけ扉を開いてご主人さまの様子を確認する。


 どうやらまだ話の途中みたいなので急いで扉を閉めようとしたけれど、ご主人さまたちに呼び止められた。


 私は少しだけどうしようか迷ったけれど、すぐにでもご主人さまの傍に行きたかったから、ご主人さまの言葉に素直に従うことにする。


 扉を開けてご主人さまの腕の中に飛び込もうとしたけれど、私の視界に知らないおじさんの姿が浮かびあがる。反射的にご主人さまの後ろに隠れてしまったけれど、そのおじさんの特徴を私は見逃さなかった。


 ――ヒト族じゃない?


 その強面のおじさんはご主人さま達とは違ってヒト族ではなかった。確か、ドワーフという種族だったと思うけれど、私の記憶違いかもしれない。


 リーフィアお姉ちゃんの言葉から私をいじめるようなことはしないだろう。


 私に視線を向けてくるそのおじさんの事を私も見つめ返す。


「……お前はここにいて幸せか?」


 私はこのおじさんのことが少しばかり理解することが出来た。その瞳に映る絶望と怒り、そして諦めを宿した暗い光。虐げられた者だけが持つその独特の光は、まるでご主人さまに出会う前の私を見ているようだった。


 このおじさんも私と同じなのだろう。


 怖いのだ――また虐げられることが。


 微かに振るえるその声におじさんの心の声が聞こえる。


 私には分かる。


 私だけは分かってあげられる。


 でも、心配することなんて一つもない。


 この屋敷ではハーフエルフである私でさえ嫌われることは無いのだから。

読んでいただき、ありがとうございました。

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