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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第五章 社畜、偉業を成す
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幕間 見習いメイドの成長日記(2)

「――ここがまだ汚れています」


「は、はい、今すぐに拭きなおします」


「それと洗濯物もはやく屋敷の中に取り込んでおいてください。もうすぐ雨が降ってきそうなので」


「か、かしこまりました、イザベルお姉ちゃん」


 自分のミスが見つかってかなり動転してしまった私は、思わず口から出てしまった言葉のせいでさらに心臓の鼓動が早くなってしまった。


「仕事中は『イザベルさん』と呼びなさいと教えましたよね?

 メイドたるもの公私混同をしてはいけませんよ」


 イザベルさんが眉をひそめて私の言葉遣いを咎める視線を向けてくる。


「す、すみませんでした」


 私は肩をすぼめながらしょんぼりとした表情でイザベルさんに謝る。


 だけど、私は一見怒っているように見えるイザベルさんが、実は私に『イザベルお姉ちゃん』と呼ばれて嬉しがっているという事を見逃さない。だって、イザベルさんの表情とは裏腹に、その声には明らかに喜びの感情が込められていたから。


 長い間いろんなヒト族に酷い虐待を受けていた私には、相手がどのような感情を私に向けているのか、他のみんなよりも少しだけ正確に理解することが出来るみたい。それが私に対する悪い感情なら尚更。奴隷商の下で飼われていた時のように、私に侮蔑の感情を言葉に乗せてぶつけてきたヒト族たちとは違う。私がミスをしてもそのミスを咎めることはあっても、決して私を見捨てることなく私の事を思っていてくれているという事が明確に分かる温かい声。


 ミスをしたとき自分の不甲斐なさに挫折しそうになるけれど、その声を聞くと不思議と元気が湧いてくる。愛するご主人さまのためにも、私なんかのような出来損ないのために時間を割いてくれているイザベルさんのためにも、私はこんな所で立ち止まってなんかいられない。


 私は残っている汚れを手早く雑巾で拭きとると、外に干してある洗濯物を取り込みに向かう。


「本当だ。もうすぐ雨が降ってきそう」


 朝はあんなに晴れていたのに、今はすこし遠くの方の空に灰色の厚い雲が浮かんでいた。あの様子だともうすぐ屋敷の上空を雨雲が覆ってしまうだろう。屋敷の中のことだけしか意識が向いていなかった私と違って、イザベルさんはあんな遠くの空にまで意識を向けている。なんて凄いんだろう。私も早くイザベルさんのように完璧なメイドにならなくちゃ。


 私はもうすっかり乾いた洗濯物を丁寧に畳んで籠の中に入れていく。


「……イザベルさんは今頃ご主人さまたちのところかな」


 今日はご主人さまたちが屋敷の庭にいる。いつもは冒険者として王都の外にモンスターの討伐に向かっているのだけど、今日は訓練の日らしい。モンスターよりもフレイヤさんと訓練をした方が強くなるらしい。詳しいことは分からないけれど、少しでもご主人さまと近くにいたい私にとってはかなり嬉しいことだ。最近は私がメイドになるためにイザベルさんの下でいろいろ教えてもらっているので、ご主人さまと一緒にいられる時間が少なくなっている。忙しい時は日中ほとんどご主人さまの顔を見ることがなく、夜一緒に寝る時だけなんてこともあるので、珍しくご主人さまが屋敷にいる今日は良い日だ。


「……なるべくお傍にいたいな」


 屋敷から冒険者活動のために出発するご主人さまの背中を見送る時はどうしても不安と寂しさを覚えてしまう。それが冒険者であるご主人さまにとって当たり前の事なのだから早く慣れないといけないのだろうけれど、ご主人さまの事を思うとどうしても心が締め付けられてしまう。その思いが顔に出てしまっているのか、私を安心させるためにご主人さまはいつも出発の時に私の頭を優しくなでてくれる。その手はこの世界のどんなものよりも温かく、私の心を幸せで満たしてくれる。


「はやく洗濯物を取り込んで、ご主人さまの所に行かなくちゃ。

 私がご主人さまの一人だけの奴隷でありメイドなんだから」


 ご主人さまに出会うまでは奴隷という言葉は嫌いだった。だけど、ご主人さまに出会ってからは違う。ただの言葉のようだけど、私にはご主人さまと絶対に離れることのない絆のように感じられる。


 今日もフレイヤさんとの訓練によって傷ついているご主人さまを私が介抱してあげなくては。その役目だけは例えイザベルさんと雖も譲ることは出来ない。


 ――だって、私のご主人さまなんだもの。


 私は全ての洗濯物を取り込み終え、足早にご主人様の下へと向かった。


読んでいただき、ありがとうございました。

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