48: 王国の闇に巣食う影
「――ここに来る道中を誰にも見られていないな?」
薄暗い部屋の中、ゆらゆらと揺れる淡い灯りが二人の影を浮かび上がらせていた。
「それは当然。私が今ここにいるという事を知っている者は宰相殿だけですよ。
まあ、もしも他に知っている者がいるのならすぐさま始末いたしますがね」
マルクリウスの正面に腰を下ろしたフリンクが怪しい笑みを浮かべる。
普段はボルゴラムの腰巾着として如何にも小者そうな振る舞いをしているフリンクだが、今この場ではボルゴラムの下にいる雰囲気は全くない。
「ボルゴラム元帥の世話ご苦労であった。
あの者の暴走に付き合うのもかなり疲れたであろう」
「いやー、本当ですよ。
威勢だけは良いけど、なんせ頭が壊滅的ですからね。それこそ、その辺の赤子の世話をする方がよっぽど楽ですよ」
二人はボルゴラムの悪態をつきながら外国製の酒に舌鼓を打つ。二人の今の様子はスレイブ王国の他の貴族からすれば全く見ることの出来ないものであり、二人だけの空間がそこに作り出されていた。
「まあ、ボルゴラムの事はどうでも良い。あの者は目の前に利を垂らしてやればこちらの思うように動いてくれるからな。
それよりもだ。今回の討伐で我らにとって許容できないことが起こってしまった」
先ほどまで浮かべていた笑顔を一転、マルクリウスは厳しい表情をフリンクへと向ける。
「……他種族のゴミどもの事でしょう?」
「この度のドラゴンを討伐したのが平民だという事は腹立たしいが、その者がヒト族であるということなのでまだ許すことが出来る。しかしながら、その者にヒト族以外の奴隷どもが協力し、間接的にもドラゴン討伐に関与したという事は到底許すことは出来ない」
「巷ではゴミどもがドラゴン討伐に貢献したなどというバカげたことを抜かしている者は全くいませんがね」
「――巷の声などどうでも良い!」
声を荒げるマルクリウス。その姿は王宮内でいつも冷淡に執務をこなしている彼からは到底想像することが出来ないものであり、強い憎しみや嫌悪の念がその身体に浮かび上がっていた。
「この国の馬鹿な民衆など、我らの思い通りに操ることが出来る。民衆が信じたい、信じやすいことを我らが作りだして噂を流してやれば、すぐさま飛びついてくるだろう」
マルクリウスは苛立ちを抑えることなく手に持っていた空のグラスを勢いよくテーブルに叩きつける。
「しかしだ! 噂がどうであろうと、民衆が何を信じようとも、ヒト族ではないこの世界のゴミどもがドラゴンの討伐に関与したという汚らわしい事実はなかったことには出来ん!」
「……」
「お主が言うにはそのゴミどもは例の冒険者と仲が良さそうとのことだったな。であるならば、その男を徹底的に調べ上げろ。都合の良いことにその男は授爵されるので接近しやすいであろう」
「分かっていますよ。
私もかなり腹が立っていますからね。余すところなく調べ上げて必ずやこの代償を払わせてやりますよ」
向かい合う二人の顔には獰猛で邪悪な笑みが浮かび上がっていた。
『すべては我らの神の御心に』
夜が更け、外は漆黒の暗闇が広がっていく。
部屋の薄明かりに照らされた二人の影が不気味に揺れていた。
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