47: 王宮に蠢く思惑
「――なにっ!? それは本当か?」
豪華に飾り付けられた椅子に身を沈めて優雅に酒を楽しんでいた王ゴルバストは、少し離れた所にいるボルゴラムの言葉に驚きを露わにする。
「はい、無事にドラゴンを討伐することに成功いたしました」
ドラゴンを討伐するという前代未聞の偉業を成し遂げたというのにも関わらず、総指揮を担っていたボルゴラムの顔は晴れていなかった。
「さすがは貴族の中の貴族と称されている貴公であるな。
これまでにドラゴンを討伐したことがある国など存在しないのではないか?
これでまた我が王国の偉大さを知らしめることが出来るというものだ」
ゴルバストは脇に控えていた宰相マルクリウスへと視線を向ける。
「……確かに、今回の事を周辺諸国が知れば多くに国が王国を称えることでしょうな。さすれば、貿易面でも良い影響を受けることが出来るかもしれません。それに加えて、王国民に対しても従順心をさらに強固にするきっかけとなるでしょう。
ただ、一つ訂正させてもらえば、ドラゴンを討伐した国はこの国が初めてと言う訳ではございません。その昔、かの聖国がドラゴン討伐の偉業を成し遂げています」
マルクリウスは相変わらず何を考えているのか分からない表情のまま、ドラゴン討伐によって生じる影響を淡々と述べる。
「ふん、あの聖国もドラゴンを討伐していたとはな。その様な些事についても知っているとは相変わらず色々なことに精通している。
だが、聖国がドラゴンを討伐したのははるか昔の事なのであろう? それもそのことは聖国の書物に書かれているだけ。おおかた、威信を示すために聖国が作り出した与太話ではないのか?」
ゴルバストが訝し気な視線をマルクリウスに向けるが、マルクリウスはその疑問に答えることは無かった。
「陛下、ドラゴンを無事に討伐できたことは喜ばしい事なのですが、一つ問題がございまして……」
「何だ? ドラゴンという災いを退けた我が王国を悩ますことがあるというのか?」
ゴルバストにとってスレイブ王国は今や世界で最も優れた国であり、どのような問題も容易く解決できる力を有しているように感じられていた。
「それが、今回のドラゴンを討伐した者がフォーキュリー家の息のかかった平民の冒険者でして。
どうにか民衆には我ら王国軍が討伐したとの噂を流布したのですが、相手は浅ましき下級貴族とその息が掛かった平民。欲望に駆られて自分たちが討伐したのだと主張しだすかもしれませぬ」
「ふむ、それはいささか不都合なことであるな。
下級貴族であるならばその家の者をことごとく殺してしまえば解決するが、相手がフォーキュリー家となるとその手段も使えんな」
「民衆も一介の冒険者がドラゴンを討伐したなどという事はまさか信じないでしょうが、それでもその意識にそのことが刻まれるのは事実。王国の威信に全く傷がつかないとは言えません」
ゴルバストは盃に注がれた酒で喉を潤しながら、どのようにしてその問題を解決するか思案する。
「賤しき平民ごときが高貴なこの私を悩ませるとは、本当に腹立たしいことだ」
どんなに考えてもゴルバストの頭には妙案が浮かばない。そもそも平民に対して全く興味がないので当たり前の結果であった。
「私に良案がございます」
ゴルバストの様子を見かねたボルゴラムが口の端を歪めながら助け舟を出した。
「申してみよ」
「今回の一番の問題はドラゴンを討伐したのが平民だからです。であれば、その者に爵位を与えて貴族にしてしまえば良いのです」
「……爵位を授けよと申すのか」
ゴルバストは眉毛をゆがめて不快感をあらわにする。
ブレイブ王国の歴史において、ここ数代の王によって平民に爵位が与えられるという事は行われていない。ゴルバストにとってそれは喜ばしい事であり、貴族という優位性を有した存在を軽視されないための秩序として当然の事であった。それが、まさか自身の代でその秩序を破ることになるとは到底許すことの出来るものではない。
「もちろん陛下のお気持ちも理解できます。かくいう私も口に出すことすら虫唾が走る」
「ならばなぜだ?」
「悔しくも平民がドラゴンを討伐したという過去は変えることが出来ません。しかしながら、その者に対して陛下が恩情として爵位を与えることにより、陛下の器の大きさを民衆に知らしめることが出来ます」
「……ふむ」
自身の器の大きさを改めて民衆に示し、民衆が自身の名を褒め称える。その未来を想像し、ゴルバストの中にあった爵位を授けるという行為への嫌悪感が薄まっていく。
「騎士爵を授けてその者を下級貴族にしてしまえば私たちの思いのまま。一生王国のためにこき使うことが出来るでしょう。その者も平民から貴族になることができるのです。陛下の事を褒め称えることはあれど、不平不満を述べることなどまずありえないでしょう。
加えて、平民が爵位を授けたという事実はスレイブ王国内だけではなく周辺国家にも陛下の偉大さを示すことが出来ます。さすれば、その噂を耳にした使い倒しがいのある者どもがスレイブ王国に流れ込んでくるやもしれませぬ」
ボルゴラムの進言が全て終わるころにはゴルバストの心は決まっていた。
「マルクリウス聞いていたな?
その者に爵位を授与する準備を始めよ」
「……御意」
控えていたマルクリウスは淡々と頭を下げる。
ゴルバストとボルゴラムには、マルクリウスがどのような表情をしているのかを確認することが出来なかった。
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