45: 第二次ドラゴン討伐(18)
*少し過激な表現が含まれています。
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動くべきところで動かない、動けない者にはなりたくない。
常日頃、どんなに小心者だと馬鹿にされようと、オレがやらなければならない事が生じた時には、それがどんなに無謀で困難なことであっても、心を奮い立たせて立ち向かう。
それがオレに課された使命だと思う。
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肌を伝う血が周囲の炎に炙られて固まっていく。
大量の血が流れたこの一帯には独特の臭いが立ち込めており、その臭いだけでもここで起きた惨劇をありありと想像することが出来る状態だった。
それに加え、木々を燃やす炎から生じた大量の煙が上空へと舞い上がり、オレたちを照らす陽の光を遮る。
炎による灼熱と大量の煙がオレに深い呼吸をさせることを阻み、常に酸欠寸前の状態を強いていた。
さすがは最強最悪のモンスターであるドラゴンと言うべきであろうか、身体を焦がす周囲の炎や視界を霞ませる煙など全く意に介していない様子だ。
しかしながら、その翼からは今も大量の血が溢れ出し、もうその機能を発揮することは出来ない。確実にダメージは蓄積されている事だろう。
オレは震える手で『魔法の鞄』からポーションを取り出すと、一気に煽る。
麻痺のせいで少量のポーションが気管へと入りせき込んでしまうが、次第に身体を襲っていた麻痺と激痛が薄れていく。
「さっさとかかって来いよ!」
身体に力が漲る。
オレにはやらねばならないことがあった。
例えこの身が無くなろうとも、オレを信じてついて来てくれた彼らのために、オレを助けるために戻ってきたみんなのために、オレの代わりにその命を散らせて逝った仲間のために、オレは立ち上がる。
こんなことで失われた命が戻ってくるわけではないし、罪滅ぼしになるとも思っていない。
それでも、オレがこの手でドラゴンを殺す。そして彼らの墓標にドラゴンの死骸を供えてあげる。
それがせめてものオレからの手向けだ。
『ガァァァーーー』
オレのほとばしる復讐心に狂気じみたものを感じ取ったのか、ドラゴンがオレに向けて咆哮し、周囲に立ち込める煙を払う。
開かれた視界に映ったドラゴンの姿。
オレは大きく息を吐き出すと、ソードを持つ手に力を籠める。
オレたち四人でさえ少しの時間しか稼ぐことしか出来なかったドラゴン相手に、オレ一人で相対しなければならない、尚且つそのような相手を殺そうというのだ。オレの中に恐怖心がない訳ではもちろんない。今でもオレの理性は『無理だ』『逃げろ』と警笛をけたたましく鳴らし続けている。
しかしながら、そんな感情など復讐心が軽く凌駕し、まとめて洗い流していく。
ドラゴンは未だにオレに向けて動き出しておらず、ジッとその場でオレの事を観察していた。先ほどまでとは明らかに纏う雰囲気の異なるオレを見極めようとしているのだろう。
「覚悟を決めた獲物が怖くて動けないか?
それならこっちから行くぞ!」
オレはドラゴンに向かって走り出す。
ドラゴンも数瞬遅れて観察を止め、オレの攻撃を迎え撃つ体制を整え始める。
「うおおお―――ッ!」
もう二、三歩踏み込めばオレの間合いに入るというほどの距離まで詰め寄る。オレはほとばしる感情の赴くままにソードを振りかぶりながら大きく踏み込む。
ドラゴンは一見隙しかないオレの行為に血塗られた牙を垣間見せると、地面から足の離れたオレに向けて爪を振るう。ドラゴンは繰り出したカウンターがオレに当たると確信していたのだろう。
「甘い!」
大きく振るわれたドラゴンの爪がオレの横側から襲い掛かるが、その攻撃をあらかじめ予想していたオレは空中で身体をよじる。
『ギャァァァーーー』
そして、攻撃を避けるだけでなく、迫りくるドラゴンの前足の指と指の間にソードを滑り込ませると、そのまま力を込めてドラゴンの肉を深く切り刻む。
ドラゴンの身体は厚い鱗で覆われている。そのため、ちょっとやそっとの攻撃では致命傷を与えることは出来ない。
しかしながら、全身が鱗で覆われていると言う訳では無い。切り刻まれた翼のように、どうしても鱗で覆われていない部位も存在する。
どんなに最強のモンスターと雖も、オレの予想した通りオレたちと同様に指に間は柔らかいようだ。
それに加え、今回はドラゴンの力が攻撃に加えられたという事もある。オレを殺そうと力を込めたことが、一転して自身を傷つける力へと変換してしまった。
「どうだ?
獲物にあしらわれる屈辱の味は?」
ドラゴンは前足に受けた痛みのせいで、先ほどまでの笑みを浮かべる余裕はもうすでになくなっていた。オレを視線だけで殺さんとばかりに睨みつけてくる。
「そんなものじゃないからな、みんなが受けた痛みは――」
脳裏にみんなの最後が克明に浮かんでくる。ドラゴンの爪で身体を切り裂かれ、牙で装備ごと貫かれたみんなの姿が。
「――今からお前にも味わわせてやるよ」
オレはソードを赤く染めるドラゴンの血を払い、ドラゴンに向けて構える。
ドラゴンは空に向かい咆哮すると、口の中に炎塊を作り出していく。
数秒後、口の中一杯に広がった爆炎を怒りに身を任せてオレへと放った。
地面の草を焦がしながらオレへと迫るドラゴンの魔法。今まで放った魔法の中で最も驚異的なものであった。
しかしながら、その魔法がオレの身を消し炭にすることは無い。ドラゴンの行動で魔法を放つことを予測出来ていたおかげで、オレはスレスレながらも魔法をどうにか避け切った。
後方から灼熱の爆風がオレの身体を揺らす。
爆風のおかげで周囲に漂う煙が木々の間を流れていく。
オレとドラゴンはその場から動かずにお互いを睨みつけていた。
殺されたみんなの無念を晴らそうとしているオレと、ただの食料である下級生物に身の程を弁えさせようとするドラゴン。相反する思いでこの地に立っているオレたちではあったが、お互いの顔には獰猛な笑みが浮かんでいた。
――お前を殺してやる。
その思いに突き動かされ、オレたちは強烈な殺意をお互いにぶつけあう。
少しでも早く目の前のドラゴンをただの肉塊にしてやりたい。その思いがオレの中で溢れ出し、何の策もない状態にもかかわらず、今にもドラゴンの元へと跳んで行ってしまいそうになる。
はやる気持ちをどうにか落ち着かせるために、大きく息を吸ってゆっくりと吐き出す。
先ほどはドラゴンが完全に油断していたので攻撃を刻み込むことが出来た。しかしながら、今のドラゴンに同じことをしても簡単に避けられてしまう事だろう。濃密な殺気をオレへと向けてはいるが、明らかに先ほどまでの油断した様子は見受けられない。自身を脅かしかねない敵としてオレのことを明確に認識しただろう。
どのくらいの時間が経過したのだろうか。
しばらくの間、オレとドラゴンはにらみ合いを続けていたが、どちらかともなく相手に向けて徐に詰め寄る。
「――はっ!」
頭の上から落ちてくるドラゴンの尻尾を斜め前方に跳んで避け、ドラゴンの間合いの中に侵入を試みる。
しかしながら、ドラゴンもオレがそうすることを予測していたのか、続けざまに前足を振るう。
前進を続けていたオレは急遽身体を止める。
その瞬間、オレがそのまま進んでいれば立っていたであろうその場所に突風が吹き荒れた。
「――くっ」
オレは体勢を立て直すべく後ろへと下がろうとするが、今度はドラゴンがオレとの間合いを詰めようと踏み込んでくる。
ドラゴンの口に光が収束した次の瞬間、爆炎がオレに襲い掛かる。
「ぐあぁぁぁ―――っ!」
突然の魔法にオレは何とか身体をひねり避けようとしたが、避け切るにはドラゴンとの距離が近すぎた。
ドラゴンの放った爆炎がオレの左腕をかすめ、一瞬で装備と服を消し炭にする。そして、その炎はオレの肌に到達すると、生物の肉が焼ける独特の異臭を放ちながらオレの肌をドロドロに爛れさせる。
一瞬で感覚を失ってしまった左腕を回復させるためにポーションを取り出そうとするが、ドラゴンはそれを許さない。
オレが痛みに苦しむ隙も与えてくれず、ドラゴンの牙がオレの身体を貫こうと迫る。
オレは再度地面を思いっきり後ろへと蹴り、ドラゴンと距離をとろうと試みるがドラゴンの追撃が止むことはない。オレに牙を避けられたドラゴンは止まることなく流れるように右足、左足と交互に攻撃を繰り出してくる。
防戦一方の状態。こうなることは実力差を考えれば当たり前の事だろう。
オレは何とか隙を見つけてこの状況を打開しようと試みるが、片腕しか動かないオレに出来ることは少なかった。
ドラゴンの攻撃を片手では到底受け流すことは出来ない。そのため、今のオレに出来るのはただドラゴンの攻撃をギリギリのところで避けるだけ。
しかしながら、永遠にドラゴンの攻撃を避け切ることが出来る程、今のオレに体力は残されていなかった。
徐々にオレを襲う攻撃が肌へと接触し始め、赤い鮮血がオレの身体から流れ始める。
生死のはざまで何とか踏みとどまるオレの苦悶の表情にドラゴンは笑みを浮かべながら追従する。
「――ヤバい!」
急激な体力の消耗に身体が悲鳴を上げ、一瞬ではあるがその場で固まってしまった。その決定的な隙をドラゴンが見過ごすわけもなく、尻尾を横に振るうとオレの脇腹に叩き込んだ。
ドラゴンの攻撃をまともに受けてしまったオレは、凄い勢いで横に飛ばされてしまう。
空中から地面に落ちた後もその勢いが衰えることなく何メートルも地面の上を転がされてしまう。
「――くはっ」
やっと身体が止まったものの、次の瞬間激痛がオレの全身を襲う。口からは止めどなく血が溢れ出してくる。攻撃を受けた脇腹を見ると大きくへこんでおり、オレへのダメージの大きさが伺える。
「クソーーーっ!!!」
オレは何とかその場に立ち上がるが、脚にはほとんど力が入らない。
ドラゴンを睨みつけるように見上げるオレとそんなオレを悠然と見下ろすドラゴン。
実力的な差はこうなる前から分かっている。
それでも、オレはソードを構え続けるしかなかった。
読んでいただき、ありがとうございました。