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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第五章 社畜、偉業を成す
134/180

44: 第二次ドラゴン討伐(17)

*少し過激な表現が含まれています。

///

 いつの間にオレはこんなに醜くなってしまったのだろう。

 出来ない原因を何か他のものへと押し付け、自分は精一杯頑張ったのだと言い訳をほざく。オレはそんな中身のない戯言ばかりのクソ野郎に成り下がってしまったのか?

///


 ――なぜだ!?


 オレたちがドラゴンと対峙する理由であり、出発前にオレが心の中で掲げた目標。


 ――なぜここにいる!?


 本来であればここにいるはずでない彼らが、なぜオレの視界に映っているのだろう。いや、その理由なら分かっている。先ほどの声で彼らがここに戻ってきた目的を嫌と言うほど理解することが出来た。


 だが、それでも『なぜ戻ってきたのだ』という思いしかオレの頭の中には浮かばない。


「――逃げろ! 逃げるんだ!」


 オレの叫びは轟々と立ち上る炎によってかき消される。


「た、頼むからやめてくれ―――!」


 オレの懇願などまったく意にも介さず、ドラゴンは怯えながらも勇敢に立ち続けるみんなの元へと向かっていく。


 ――オレが、オレがみんなを守らなくては。


 オレは未だに麻痺し続けている身体に力を入れて、どうにかその場で立ち上がる。みんなを助けるために、みんなを無事に野営地へと帰すために、ドラゴンの背を追って足を一歩踏み出すが、麻痺している足が地面に躓き、オレはその場に転んでしまう。


 一刻、また一刻と死がみんなの元へと迫る。


「く、来るなら来い!」


「ア、アレン隊長は私たちが守る!」


 震える声がオレの耳に届く。


 その言葉がオレの身体をつき動かす。


 何度も何度もその場で立ち上がり、みんなの元へと走り出そうとするが、オレの身体はいう事を聞いてくれない。すぐにオレはこけてしまい、その場に這いつくばる。


 それでも、止まることは出来ない――止まってはならない。


 オレは震える腕に力を入れて這いずり、みんな元へと進む。


「――動け、動けよ、動いてくれ!!!」


 必死に前に進もうとするオレに反して、オレの身体はほとんど前には進んでおらず。ドラゴンとオレとの間の距離は無情にも開いていく。


 オレから流れ落ちた血が草を湿らせていく。そのせいで、ただでさえ前に進むことが出来ないのに、身体が滑ってしまいより一層みんな元へと近づくことが出来ない。


『うわぁぁぁ―――ッ!』


 顔を上げたオレの瞳に映ったのは、ドラゴンがみんなの元へとついに到達してしまい、その凶悪な鋭爪で襲い掛かるところであった。


「やめろ―――っ!!!」


 オレは縋るように手を伸ばす。


「ギャ―――ッ!」


 断末魔の叫びと巻き上がる血しぶき。


 質素な装備などまったくの抵抗なく切り裂いていくドラゴンの爪。


 身体から切り離されて宙を舞う腕。


 どんなに叫ぼうと止まることのない一方的な蹂躙。


 オレの視線の先ではまさに地獄絵図が広げられていた。


「やめてくれ―――ッ!!!」


 今腕を切り落とされたのはネコ族の男。王都のスラム街で暮らしていたが、突如として現れた奴隷商に捕らえられ、何も分からないうちに奴隷兵士として送り込まれた。昨日の晩は魚を嬉しそうに頬張り、あまりのおいしさに涙も流していた。いつか絶対に自分自身の力で手に入れて食べたいとオレに力強く宣言したのは忘れることが出来ない。


「この―――ッ!!!」


 目の前に漠然と広がる死の恐怖を押し殺し、イヌ族の男がドラゴンへと切り掛かる。


 そんな彼の決死の一撃をドラゴンは避けることすらしない。厚い鱗で容易く受け止め、驚愕の表情を浮かべる彼に対して邪悪に笑いかける。


「うわぁぁぁ―――」


 それでも、彼は諦めることは無かった。自身の攻撃が無駄という事は分かっていても、何度も何度もドラゴンに向けて一心不乱に攻撃を続ける。昨日の訓練で学んだことをオレに向けて披露するかの如く、全力で武器を振るう。


 彼はいつか冒険者になりたいと言っていた。冒険者になって様々な場所を見てみたいのだと。そのためにも、オレたちのようなモンスターと相対することが出来る力を手に入れ、不条理な世界でも生き抜くことが出来るようになるのだと。


 そんな彼の思いをドラゴンは一瞬で破壊する。


 ドラゴンは攻撃を受け止めることにもう飽きたと言わんばかりに、彼に向けて腕を振るう。


「――あっ」


 彼の口から息が漏れた瞬間、彼の上半身が下半身と切り離され、ゆっくりと地面に向けて滑り落ちていく。


 力を失った下半身は少し後にそのままゆっくりと後ろ側に倒れた。


 地面の上に横たわった上半身に大量の血が塗られていく。そんな彼の最後が記されている表情をオレは忘れることが出来ない。


 到底かなわない相手であるドラゴンと相対した恐怖、実際に攻撃を放ったものの全く効果がなかった驚きと絶望、それでも一心不乱に攻撃を続けることしかできない不甲斐なさと虚無感、そして、どこかやり遂げたという満足げな安堵の表情。


「……やめてくれ」


 脳裏に刻み込まれたその表情がオレの心を締め付ける。


 オレのために、オレを助けるために戻ってきた彼らが、自身の命と引き換えにオレを助けることが出来たという事に満足して散っていく。


 トラ族の男がドラゴンの牙によって貫かれ、胴体にぽっかりと穴が開いていた。それでも彼は諦めることなく手にもった武器に力を込めて立ち上がろうとする。


「……もうやめてくれよ」


 ドラゴンは抵抗する彼をそのまま口にくわえると、彼を胃袋へと丸飲みにしていく。


「た、隊長……」


 ドラゴンの体内へと消えて行く彼がオレの方へと手を伸ばす。


 オレもその手を掴もうと震えながら手を伸ばすが、今のオレに彼を助け出すことは出来ない。


 下半身、上半身と徐々に彼の身体がオレの視界から消えて行く。


 そして最後にオレに届いたのは、全てを悟り満足げな彼の表情。


 ――そんな表情をオレに向けないでくれ。オレにはそれを向けられる資格はない。


「隊長―――ッ!!!」


 次々にこの世界からドラゴンの腹へと消えて行く仲間たち。


 未だ麻痺が抜けないオレの身体。


 オレのせいでこの世界から散っていく仲間たちの姿に、様々な感情がオレの心を切り刻む。


 ――なぜ命令が下されたあの時に逃げなかったのか。


 ――なぜ罪を犯すことに恐怖し命令を拒まなかったのか。


 ――なぜ下された命令を従順に守ろうとしたのか。


 そのような後悔がオレの中に溢れ出すが、もうすでに遅い。


 目の前で起きていることが紛れもない現実であり、どんなに目を背けようとも逃れることが出来ない真実。


「……ふざけるな」


 血で濡れた牙を垣間見せながら邪悪な笑みを浮かべるドラゴン。


 身体が麻痺していて思うように動けない――それが何だ! そんな取るに足らない言い訳をほざく余裕があるじゃないか。オレがそんなクソみたいな甘えに浸っている間にも、みんなは今も目の前の恐怖と絶望に抗うためにその命をささげている。


「ふざけるな」


 オレが助けると誓ったのではなかったのか。そんなオレが泣きごとをほざき、逆に助けられる現状に甘んじるのか。これでは口だけ達者なクソ野郎どもと一緒ではないか。大きな事を自信満々に口走るだけで、何もかも中途半端、何かを最後まで成し遂げたことなど一切ないゴミ野郎。オレはそんな醜く惨めな存在に成り下がってしまったのか?


「ふざけるな―――ッ!!!」


 オレの魂が麻痺する身体を押さえつけ、無理やりオレを地面の上に立たせる。


 小刻みに震える脚、未だ半分ほども力を籠めることが出来ない腕、ズキズキと激痛が走る頭、至る所から血が流れ出る身体。


 だが、そんなことは関係ない。


 オレの魂がそれらを上書きしていく。


「弱い奴をいじめて楽しいか!

 それなら一番虐めがいのある奴がここにいるぞ!」


 ドラゴンが目の前に横たわるみんなから視線を離し、ゆっくりとこちらへと振り返る。


「オレがお前の相手をしてやるって言ってんだよ!」


 獰猛に口を歪めるドラゴンとそんなドラゴンを睨みつけるオレ。


 轟々と燃え盛る炎の中、オレの復讐が始まった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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