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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第五章 社畜、偉業を成す
133/180

43: 第二次ドラゴン討伐(16)

少し長めです。

///

 自分自身の感情であろうと、完全には理解することは出来ない。

 なぜそのような感情を抱いたのか、なぜあの時のような思いを再び抱くことが出来ないのか――オレたちに備わる感情という機能は未だ解明されていない事が多くある。

 ただ、オレの中にあるこの感情を理解する必要なんてない。この思いだけは何人たりとも侵すことは出来ず、常にオレの中に存在しているのだから。

///




 ――ドラゴンが魔法を使う。


 ドラゴン魔法を使わないといつからオレたちは錯覚していたのだろう。いや、その可能性を頭に思い浮かべつつも、これ以上自分たちの生存の可能性を遠のかせないために排除してしまっていた。


 モンスターの中にも魔法を使う種はいるのだ。モンスターの中で最上位種であるドラゴンが仕えない道理はない。


「アレン、腕は大丈夫か」


 フレイヤが横に抱えていたオレを地面に下ろす。


 オレは『魔法の鞄』からポーションを取り出し、一気に流し込む。


 強烈な痛みが走っていたオレの右腕は次第に感覚を取り戻し、動かすことが出来るようになった。


「ああ、ポーションのおかげで何とかまだ戦えそうだ」


「それは僥倖だ。

 ただ、私たちがかなり危うい状況に置かれているのは変わりないがな」


 オレたちの後ろで轟々と燃える木々が発する熱風が、オレたちの肌をジリジリと炙っていく。


 フレイヤは恐ろしき魔法を放ったドラゴンに厳しい表情を向ける。


 ドラゴンによって唐突に放たれた火の魔法。その威力は後ろの炎を見れば明らかだろう。あれを食らってしまえば、たちまち肉体は消し炭になることは間違いない。


 リーフィアの『ファイア』もかなりの火力ではあるが、ドラゴンの魔法はそれ以上の威力であった。


「た、隊長!」


「ど、どうすれば良いですか!?」


 そして、最悪の事にドラゴンの魔法によって燃やされていた方向は、ベニニタス達が今まさに逃げようとしていた方向と同じであった。


 もし彼らがもう少し早く逃げていたならば、木々と同じくその身体を焼き尽くされていただろう。


 オレたちが時間を稼いでいる間に何とか体勢を立て直し、ここから離れようとしていた矢先、彼らの眼前に灼熱の地獄が広がった。


 熱を帯びた爆風が彼らの身体に叩きつけられ、再び腰を抜かしてしまっている者が多数いる。


「あとどれぐらいで逃げることが出来る?」


「わ、わかりません!」


 彼らはみな顔面蒼白の状態で、辛うじて腰を抜かさずに立っている者たちも恐怖でその場からすぐには動けそうにない。


 生きるために逃げようとして出鼻をくじかれた彼らの心は折れかけていた。


 一縷の希望を掴みかけた瞬間、目の前でその希望が潰える。短時間の内に大きく揺り動かされた分、彼らの心は決して抜け出すことの出来ない絶望の沼へと沈んでいきかけていた。


「生きることを手放すな!」


「で、でも」


「出発の時の思いを忘れたのか?

 前だけ見てろ!」


 絶望の鎖に囚われかけている彼らの心をなんとか解放することは出来たのだろう。オレの言葉で彼らの顔に血が通い始める。今の彼らに出来るのは盲目的に希望を追いかけることだけ。


「――アレン!」


 勢いづいたドラゴンが攻撃を再開する。


 迫りくる爪をどうにか避けながらも、意識はドラゴンの口元へと向けられてしまう。


「――やばい!」


 そのせいで、先ほどまで避けることの出来ていた攻撃が段々オレの身体を掠めだし、ついにはオレの装備に深い傷をつけ始めた。


 集中的に攻撃を受けるオレ。


 そんなオレを助けようとルナリアとフレイヤが隙を見てドラゴンに攻撃を試みるが、先ほどオレが喰らってしまったドラゴンの誘いが脳裏に残っているので、どうしてもドラゴンの注意を完全に引くことが出来るような深い傷を与えることが出来る攻撃は繰り出せていない。


 リーフィアも、常にドラゴンがオレと近い距離を保っているため、魔法に巻き込んでしまうことを懸念して魔法を放てずにいる。


 ドラゴンの猛攻に耐えきれず、段々と装備が剝がれていく。このままでは肉体に直接攻撃を受けてしまうのも時間の問題だろう。


「今助けるわ!」


 ルナリアも危機感を抱いたのか、オレを助けるためにドラゴンに向けて大きく踏み込む。


 ドラゴンの背後からの攻撃だ。普通であれば避けられることは無いだろう。


 しかしながら、オレの方へと向いていたドラゴンの顔が邪悪に歪んだのがオレには見えた。


「――ダメだ!」


 オレは急いでルナリアを制止するも、もうすでにルナリアはドラゴンの間合いの中。


 大きく振りかぶり放たれたルナリアの一撃が、今まさにドラゴンへと届こうとしていた。


 しかしながら、ドラゴンは待っていたと言わんばかりにルナリアの攻撃を鱗の厚い部分で受け止めると、ルナリアを鋭爪で薙ぎ払う。


「キャ―――」


 飛び散る鮮血。


 ルナリアはその攻撃を避け切ることなくその身体で受け止めてしまった。かなり丈夫であるはずのルナリアの装備は大きく裂かれ、その裂け目から勢いよく血が噴き出す。


 攻撃を受けて少し離れた所へと飛ばされてしまったルナリアは、そのまま自身の足で着地することが出来ずに地面の上を転がり、そのままの勢いで木にぶつかる。


「――ルナリア!」


 ルナリアがオレの呼びかけに応えることは無かった。


 ルナリアは木を真っ赤に染めたそのままぐったりと地面に横たわる。


 ようやく獲物をしとめたドラゴンは、爪からルナリアの血を滴らせながら満足げに咆哮する。


「――よくもルナリアを!」


 リーフィアの魔法がドラゴンを襲う。


『ガァァァ―――』


 ドラゴンも負けじと口を開き、リーフィアに向けて魔法を放った。


 ぶつかり合うリーフィアとドラゴンの魔法。


 二つの魔法が押し合っていたのは一瞬だけ。


 瞬く間にリーフィアの魔法がドラゴンの業火の渦に飲み込まれ霧散する。


 そしてドラゴンの魔法はそのまま勢いを失うことなくリーフィアの元へと迫る。


「フレイヤ!」


「分かっている!」


 オレはフレイヤに助けを求める。


 オレの言葉を聞くまでもなくフレイヤは、ドラゴンが魔法を放った瞬間からリーフィアの元へと走り出していた。


 しかしながら、いくらフレイヤと雖も魔法よりも速く駆けることは出来ない。


「――くっ」


 自身の放った魔法がいとも簡単に打ち破られた衝撃から動くことが出来なくなってしまったリーフィア。そんな彼女をフレイヤはすんでの所で救出する。


 ただ、今度は無傷で助け出すことは叶わなかった。


 ドラゴンの魔法によってさらに木々が燃やされ、オレたちを包む環境もかなり温度が上昇する中、リーフィアを抱えたフレイヤは綺麗に地面へと着地することが出来なかった。


「――フレイヤ、大丈夫か!」


「問題ない」


 ドラゴンの魔法は彼女の脚を掠め、装備を消し炭のごとく霧散させていた。そして露わになった彼女の肌は黒く焼け付き、肉の焦げた独特のかおりが煙と共に宙へと漂う。


 手負いのフレイヤに対して、ドラゴンは一気に畳みかけ始める。


 傷を癒すために『ポーション』を飲もうとしていたフレイヤであったが、そのような隙をドラゴンは許さない。


 鋭爪を振りかざし、尻尾を振り払いフレイヤを追い詰めていく。


「――ぐっ」


 魔法士であるリーフィアを守るためにその場で何とか防ぐしかないフレイヤ。次々に彼女の装備が宙を舞い、白く美しい肌が露出していく。そして、その白さはたちまち赤く染まり始める。


 リーフィアをどうにかドラゴンと距離を取ろうと試みているが、知能の高いドラゴンの前ではそのような機会は訪れることがない。


 リーフィアが後ろに下がると、その分ドラゴンも前に踏み込んで攻撃し力づくでフレイヤごとリーフィアとの距離を近づける。


 そんなリーフィアとドラゴンに挟まれ、その一身でドラゴンの攻撃を受け続けるフレイヤの体力も限界を迎えようとしていた。


 最早フレイヤに残されている体力が少ない事を見抜いたのか、ドラゴンはフレイヤたちを仕留めるために大きく前足を振り被り、フレイヤたちを薙ぎ払った。


「――グハッ」


 ドラゴンの一撃により二人まとめて飛ばされ、かなりの勢いで木へとぶつかる。その衝撃で肋骨が折れてしまったのか、フレイヤとリーフィアは脇腹辺りを苦しそうな表情で押さえる。


 全身から血がしたたり落ちるフレイヤに対して、リーフィアは口から止めどなく血が漏れ出し始める。


 口内に血が溢れているせいで十分に息をすることが出来ないリーフィア。


 虚ろな眼でどうにかその場から逃れようと地に濡れた大地の上を這いずる。


「……リ、リーフィア」


 そんなリーフィアに弱々しくフレイヤは手を伸ばすが、その手がリーフィアに届くことは無く、その場に虚しく垂れ落ちた。


 リーフィアも次第に身体が動かなくなり、虚空へと手を伸ばしたのを最後に血塗られた草の上に横たわる。


 ドラゴンはそんな二人の惨憺たる様子に獰猛で残虐な視線を向けている。自身を痛めつけた獲物がやっと大人しくなり、本来の役割を果たす準備が整ったのだ。あとは止めを刺して胃袋に入れるだけ。


「――やめろ!」


 オレはソードを握る手に力を籠めると、ドラゴンに向かって全力で駆ける。


 そして、血がにじむドラゴンの翼に一撃を繰り出す。


『グギャ―――』


 完全に意識がフレイヤたちへ向いていたドラゴンの翼をオレのソードが切り裂き、翼の一部が地面へと落ちる。


 勢いよく降る真っ赤な雨を全身に浴びながら、オレは攻撃の手を止めることは無い。何度も何度も翼に傷を刻み込み、ドラゴンの身体から翼を切り落としていく。


「ぐあ―――っ!」


 無我夢中で攻撃を続けていたオレの脇腹にドラゴンの尻尾が撃ち込まれ、オレは為す術なく飛ばされる。


 地面の上に落ち、勢いそのままかなりの距離を転がる。ようやく身体が止まった時、全身の強烈な痛みがオレを襲う。頭から血が流れているのか、オレの眼に生暖かい液体が流れ込み景色を赤く染めていく。


 傷を癒すために『ポーション』を取り出そうとするが、身体が一時的にマヒしてしまい上手く動かすことが出来ない。


「くそっ!」


 赤く染まった世界の中で、ドラゴンがオレの方へゆっくりと向かって来ていた。ドラゴンもオレの攻撃によりかなり消耗しているのだろう、先ほどまでよりもその足取りは重いように見える。しかしながら、その顔に浮かべられた表情は今までで最も凶悪に感じられた。


 ルナリアもリーフィアもフレイヤも、誰一人としてオレを助けることが出来る状態の者はいない。


 瞳の端に彼女たちを映しながら、一歩また一歩と迫る低く冷たい死の足音に耳を傾ける。


 ――ここまでか。


 しびれで震える手が空中を彷徨う。


 どんなに藻掻こうが、どんなに拒もうが、オレの身体はいう事を聞かない。


 まだ死ぬことは出来ないという思い。


 ステラとの約束を果たすことが出来ないという強烈な悔恨の念。


 生へと執着させる様々な感情がオレの中に沸き上がる。


 しかしながら、身体はオレの感情を無視し続ける。


 もう少し時間があれば、麻痺から回復し自分の思い通りに身体を動かすことが出来るようになるだろう。


 ただ、オレにそのような時間は許されていない。


 首を伸ばせばオレに触れることが出来る所にまで来たドラゴンが、無様に横たわるオレを見下ろし、ジタバタと地面の上でもがき続けるオレ頬に、ドラゴンの生暖かい息が吹きかけられる。


 ドラゴンの口が大きく開かれ、オレの身体など容易く貫通させることが出来る牙が今まさにオレに迫ってきていた。


 オレを飲み込むために開かれた口の中は真っ暗な空間が広がっており、強い恐怖をオレに抱かせる。


 ――まあ、良いか。ベニニタス達をここから逃がすことは出来たのだから。


 最低限の目標は達成することが出来た。


 死への恐怖と絶望がオレの思考を停止させ、生への執着を強制的に止める。


 そして、その代わりにオレの頭の中は『諦め』という甘美な思いに侵食された。


 ――ごめんな、ステラ。


 しかしながら、どんなに思考停止しようと、この思いだけはオレの頭の中に残り続けていた。


『――アレン隊長から離れろ!!!』


 ドラゴンの牙がオレの身体にあてがわれたその時、意識の外から誰かの声がした。


 ドラゴンは首を持ち上げると声のした方へと視線を向ける。


 オレの頭の中は死を後送りできたことに対する喜びなど微塵もなかった。


「ど、どうして……」


 そんな事よりも、考えたくもない、望んでもいない、最悪な結末に対する恐怖がオレの頭な中を一瞬にして支配する。


 ドラゴンの視線の先にはオレたちが時間を稼いでいる間にここから逃げているはずの皆がいた。


 恐怖で身体が震えているにも関わらず、彼らの手にはしっかりと武器が握られており、切っ先をドラゴンへと向けている。


 オレの視界の端に映るドラゴンの顔が歪んだように見えた。


「――は、早く逃げろ!」


 オレが叫ぶと同時にドラゴンが彼らに向けて動き出す。


 ――や、止めてくれ。


 オレの思いが届くことは無かった。


「や、やめろ―――!」


 オレの瞳に飲み込まれていく彼らの姿が映し出された。

読んでいただき、ありがとうございました。

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