42: 第二次ドラゴン討伐(15)
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思い込みは身を亡ぼす。
どんなに当たり前の事でも、如何に世間では常識として浸透しているような事でも、それがすべてに適用されると考えてはならない。
それで99回良かったとしても、1回は悪いかもしれないのだ。
結局は、何事も確認が必要ということだ。
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「――ハッ!」
ドラゴンの振り下ろした前足を横に大きく跳んで避ける。
目標を失った一撃はその勢いを弱めることなく大地へと叩きつけられる。その衝撃はかなりのもので地面がその場所だけ大きく窪んでしまった。
あの一撃をもしこの身で受けていたら、ただでは済まないだろう。ドラゴンの恐ろしさ改めて認識させられる。
「アレン、また来るぞ!」
ドラゴンはかなり苛立ちながら追撃として、太く長い鱗に覆われた尻尾をオレに向けて鞭のようにしならせる。
フレイヤの忠告を受けたオレが即座に地面に這いつくばった瞬間、オレの頭のすぐ上を目で追うことが出来ない様なくらい速く振られた尻尾が通り過ぎる。尻尾は勢いを殺すことなく近くの木々に命中し、木々を根元からなぎ倒した。
尻尾に少し遅れて、衝撃波がオレの横顔に打ちつけられる。
衝撃波によって身体が浮かび上がりそうになってしまいそうになるが、しっかりと地面を掴むことにより何とか耐え抜く。
「こっちも相手してみなさいよ!」
オレばかり狙うドラゴンに向けて、反対側にいたルナリアが切り掛かる。
ルナリアの一撃はドラゴンの首元に見事命中したが、堅い鱗に阻まれて深くまで傷つけることは出来ず、大きなダメージを与えるは至らなかった。
『――ギャㇻㇻ』
しかしながら、ドラゴンの意識をオレから背けさせるには十分だった。
ドラゴンはオレに背を向けて怒りに満ちた視線をルナリアへと送る。そしてルナリアへと攻撃を放とうと準備を始めた。
「私の事も忘れてもらっては困るな!」
ドラゴンの横側に突如として現れたフレイヤがドラゴンの横腹に向けて斬撃を浴びせようとする。
不意を突かれたドラゴンであったが、ルナリアの時と同じ轍を踏まず、迫りくるフレイヤに対して口を大きく開けて噛み殺そうとする。
「甘い!」
しかしながら、ドラゴンの牙がフレイヤの身体を貫くことは無かった。
不意打ちへの対応のせいでかなり隙の大きい攻撃となってしまった為、フレイヤ程の実力者であれば容易にかわすことの出来るものとなってしまった。
フレイヤはクルりと身体を翻しドラゴンの牙を軽やかに避けると、ドラゴンの大きな翼に刃を滑らせる。
『ガギャャ―――』
痛みに唸るドラゴン。翼から噴き上がる鮮血。
フレイヤの攻撃はドラゴンに対して明らかにダメージを与えていた。
無数の鱗に覆われている胴体と異なり、翼はさほど堅くない様だ。
ドラゴンは尻尾をフレイヤに向けて繰り出し、距離を取らせようとするが、フレイヤは先ほどと同じように身をかわすと何度も翼に追撃を入れていく。
『グガァァァーーー』
ドラゴンが怒りの咆哮をする。
フレイヤは大きく後ろへと跳び、ドラゴンから距離を取った。
翼から血が流れ落ち、大地を真っ赤に染めていく。
「翼はさすがに柔らかいようだな」
武器についたドラゴンの血を払うフレイヤ。
ドラゴンの怒りがフレイヤに向けられたことにより余裕が生まれたオレは、地面に這いつくばっていた身体を起こすと後方のベニニタス達の方へと視線を向ける。
彼らは未だ逃げることなくその場に腰を抜かして座り込んでいた。おそらくドラゴンとオレたちの戦闘の迫力にやられてしまったのだろう。何はともあれ、いつまでもオレたちがドラゴンを引きつけておける訳では無いので、早くこの場所から逃げる準備をして欲しい。
「何をしている。
隙を見つけて早く逃げろ!」
「はっ、はい!」
オレの言葉で自分たちが何をしなければならないのか思い出したベニニタス達は、なんとかその場で立ち上がる。腰が抜けて立てなくなっている者が数名いたが、近くの仲間の肩を借りて逃げる準備を始めた。
『ウィンド』
リーフィアの魔法がドラゴンの翼を目掛けて空を切り裂きながら進む。
ドラゴンは正面から飛んで来たリーフィアの魔法に対して逃げることなく、大きく前足を振りかぶると、迫りくる風の刃を真っ二つに切り割いた。
二つに分かれたリーフィアの『ウィンド』はドラゴンの横を通り抜けると、勢いはそのままに後方の木々を切り飛ばして進んでいく。
「やはり、翼以外は堅いですね」
血が浮かんでいる翼と異なり、ドラゴンの前足には大きな傷はついていない。
リーフィアの魔法をいとも簡単に対処して見せたドラゴンは、心なしか勝ち誇っているかのように口を広げたように見えた。
『ガァァァーーー』
ドラゴンは咆哮するとオレたち四人を見下ろす。
ソードを構えなおしたオレはドラゴンの隙を見つけようとするが、先ほどのリーフィアの魔法を防いだことによりいくらか冷静さを取り戻したのか、ドラゴンに付け入ることが出来る隙は無かった。
それに加え、オレたちの後方にて逃げる機会を窺っているベニニタス達の方へも意識が向けられているように感じられ、怒り狂って暴れていた先ほどまでよりも不気味さを抱かせる。
咆哮の後、ドラゴンはすぐにオレたちに襲い掛かることなく、オレたちの様子をジッと観察していた。
その様な状況において、オレたちはこちら側から動くことも出来ず、ただドラゴンの出方を窺う事しかできない。
――ドラゴンの狙いは何なのか?
――次はどう動いてくるのか?
とてつもなく長く感じられたその時間、オレの頭の中ではそれらの考えが駆け巡る。
オレの不安をかき消すようにドラゴンが再び攻撃を始める。
「ルナリア、行ったぞ!」
ドラゴンの次なる標的はルナリアであり、躊躇うことなく一直線にルナリアの方へと向かっていた。
「舐められちゃ困るのよ!
私だって成長しているんだから」
次々に繰り出される爪や牙を避けるルナリア。今は何とか避けることが出来ているものの、このままではジリ貧だ。いつかはドラゴンの重い一撃がルナリアの身体を抉ってしまうだろう。
口では気丈なルナリアであったが、実際のところほとんど余裕はない。
ドラゴンもその事が分かっているのか、攻撃の手を一切緩めることなく追撃する。
「こっちも忘れるな!」
ルナリアに攻撃を続けるドラゴンの死角に周ったオレは、ルナリアを助けるために、避けることが出来なさそうなタイミングでドラゴンに襲い掛かる。
――もらった!
タイミングは完璧だっただろう。
確実にオレの攻撃はドラゴンに当たると思っていた。
しかしながら、オレの攻撃がドラゴンに届くことは無かった。
オレのソードがドラゴンに今まさに達すると思われたとき、ドラゴンの顔を邪悪にゆがめられたように見えた。
「――なっ!?」
いつの間にか、オレの横側にドラゴンの尻尾が現れ、オレに目掛けてかなりのスピードで迫っていた。
オレはどうにかして避けようとしたが、攻撃に意識が集中してしまった為、完全には避け切ることが出来ず、ソードを用いてドラゴンの不意打ちを受け止めることしかできない。
「――ぐっ」
どうにかソードで攻撃を出来るだけ受け流そうと試みるも、ほとんど効果を得ることが出来ず、身体を空中へと浮かされ、そのまま飛ばされてしまう。
オレは空中でどうにか体勢を立て直そうとするものの、ドラゴンの攻撃威力があまりにも凄まじく、どうにも上手くいかない。
空中を舞うオレがせめてドラゴンのことを視認しようとした時、無様な姿のオレをあざ笑うかのようなドラゴンが見えた。
しかしながら、今はそんなことはどうでも良い。
もっとオレの意識が引きつけられることがドラゴンに起きている。
「――魔法!?」
ドラゴンの大きく開いた口に灼熱の炎が生まれており、辺りを轟々と照らしている。
そして次の瞬間、ドラゴンの口からその豪炎がオレに向けて放たれ、オレを消し炭に帰そうとしている。
避けなければならない。
しかしながら、オレの身体は未だ空中に舞っており、迫りくるドラゴンの魔法を避けることは不可能である。
魔法での攻撃であるため、先ほどのようにソードで受け流すことも出来ない。そもそも、先ほどの攻撃でオレの腕は力が入らなくなっている。
――やばい!
何も回避策が思いつかないまま、今まさにオレの身体に魔法が直撃しようとした時、オレの身体に別の方向から力が加えられる。
「フレイヤ!」
すんでのところでオレを救出したフレイヤは、オレを横に抱えて着地する。
オレという標的を失った魔法は、後方に生い茂った木々に直撃し、怒号が周囲に駆け巡る。
灼熱の炎が密集した木々を燃やし、次々にその範囲を広げていく。
――ドラゴンが魔法を使う。
その事実がオレたちを絶望の淵へとさらに追い詰めていた。
読んでいただき、ありがとうございました。