41: 第二次ドラゴン討伐(14)
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犠牲は何ものにも付き物だ。
それが全くないことに越したことは無いが、そんな夢物語は現実には到底起きえない。もしそのような幻想を追い求める者がいたとしたら、気が狂ってしまったのか現実を知らない子供だと周囲の者から笑われることだろう。
重要なのは如何に犠牲を最小限に止めるか。オレたちに出来ることはそれだけだ。
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『グギャーーー』
恐ろしい咆哮がオレたちに突き刺さり、身体を見えない鎖で地面と縛り付ける。
オレの指示で撤退を開始していたベニニタスたちは、突如として目の前に現れたドラゴンの威圧感に完全にのまれてしまい、その場にへたり込んでしまっていた。
「立て!」
オレが声を発することが出来たのはドラゴンと対峙するのが二回目だからであろう。震える身体をどうにか押さえつけ、ベニニタスたちをドラゴンから守るために叫ぶ。
しかしながら、オレの言葉も虚しくみんなに絡まった鎖を解くことは出来なかった。みんなの瞳には、もうすでに腹の中に納められることが運命づけられた獲物を物色しているドラゴンの巨体のみが映っており、オレの入る余地などない。
ベニニタスたちが全力で走っていたという事もあり、ベニニタスとオレやルナリアとの間には少しばかり距離が出来ていた。そのため、オレたちがベニニタスを庇うためにドラゴンの前へと躍り出るためには若干の時間が必要だ。
「早く逃げろ!」
ソードを抜きながら彼らの下へと走る。
オレの二度目の叫び声が奇跡的にみんなの耳から意識へと到達した。
「た、助けて!」
「隊長!」
「止めてくれ!」
正気を取り戻したみんなは縛られた鎖から解放され、ドラゴンから逃れるためにオレたちの方へと走り出す。
しかしながら、ドラゴンの咆哮を間近で受けてしまったせいで、いまだ十分には走ることが出来ていない。全力で、死に物狂いで足を前へ前へと出してはいるが、フラフラとした足取りで思う様には前に進めていなかった。
そんなみんなの様子を見て、ドラゴンは獲物の最後のあがきに付き合うかのように、ゆっくりとその巨体を動かして逃げ惑うみんなを追いかけ始めた。心なしか、ドラゴンの表情が酷く嗜虐的にゆがめられているように見える。
「く、来るな!」
ドラゴンの一歩一歩はゆっくりではあるが、みんなとは歩幅が違いすぎる。
一番後ろを走っていた者はすぐに追い付かれてしまった。
ドラゴンも遊び飽きたのか、腹を満たすために大きく口を開けて牙を垣間見せる。
迫りくる牙から必死に逃れようとするが、背後に注意が向けられてしまったせいで足がもつれてしまい、その場に転んでしまう。
「マズイ!」
ドラゴンから逃れることを諦めることなく、四つん這いになりながらもオレたちの方へと前進を止めない。
しかしながら、そんな頑張りなど全くの意味をなさない。ドラゴンはオレたちの思いなど全く意に介すことない。ドラゴンが意識しているのは目の前に現れた哀れな獲物を捕食することだけ。
まさに絶体絶命。
『ウィンド』
大きく開けた口から唾液が滴り、今にもその鋭い牙が肉体に突き刺さりそうになった瞬間、ドラゴンの顔を風の刃が襲う。
『ギャーーー』
予期していない突然の妨害にドラゴンはうめき声をあげて怯む。その一瞬のすきにベニニタスが倒れていた者の下へと駆け寄り、共にドラゴンから離れる。
『ファイア』
せっかくの獲物を逃すまいとドラゴンが体勢を立て直して襲い掛かろうとするが、リーフィアの魔法が再びドラゴンの行動を阻止する。
「お前の相手はオレだ!」
リーフィアが時間を稼いでくれたおかげで、みんなとドラゴンの間に入り込むことが出来たオレは、ドラゴンの前足にソードを走らせる。
オレの一撃はドラゴンの固い鱗に阻まれて、さほど深く傷つけることは出来なかった。
「はっ!」
オレに続いてフレイヤがドラゴンの首辺りに一撃を放つ。オレよりも鋭いその斬撃であればドラゴンにダメージを与えることが出来るだろう。しかしながら、フレイヤの刃がドラゴンを傷つけることは無かった。
ドラゴンはフレイヤの一撃が今にも当たりそうになった瞬間、長い首を後ろへとずらして避け、荒れ狂った瞳でオレたちの事を睨みつける。
『―――』
ドラゴンが翼を大きく広げ、青く澄み渡った空に向けて咆哮した。それは今まで獲物としか見ていなかった圧倒的格下の相手に、腹を満たす邪魔をされたことに対する強い怒りの発露であった。
そして、それはオレたちがドラゴンから無事に逃げ切ることが出来る可能性が低くなってしまったという事でもある。
オレたちの事を何もできないただの弱者だと思っていてくれたままの方が、ドラゴンの油断に付け込むことが容易にできたかもしれない。しかしながら、オレたちの目の前で興奮昂るドラゴンの様子から、そのような機会は訪れそうにもない。
オレはこちらを見下ろすドラゴンに向けてソードをゆっくりと構えながら、これからの事を考える。
「オレが時間を稼ぐ。
隙を見つけてお前たちは逃げろ!」
今のオレたちが置かれている状況はまさしく絶望的だ。
オレたちが目指す野営地はオレたちの背後ではなく、オレたちの前方にあり、そこにはドラゴンが絶対に一人も逃すまいと大きな翼を広げている。オレたちが野営地に戻るためにはドラゴンの脇をすり抜けていくか、前進することを諦めて横から大きく回って行くしかない。
ただ、ドラゴンによって先ほど多くの木がなぎ倒されてしまい、周囲はかなり見晴らしが良くなってしまった。そのため、オレたちが逃げようとする姿はドラゴンにとってもすぐに見つけけることが出来るであろう。そのような状況下において、オレたちが無事に生き延びることが出来る可能性は極めて低い。
オレたちが生き残るためには、誰かがドラゴンの気を引いている内にどうにか逃げるしかない。それしかオレたちに残された手はないだろう。
オレがドラゴンをどれだけ足止めすることが出来るか。
それにみんなの命は懸かっている。
「私も手伝うぞ」
フレイヤが武器を構えてオレの横に並ぶ。
「当然私もね!」
反対側にルナリアを並ぶ。
『ファイア』
リーフィアが空に向けて魔法を放つ。空に向けて放たれた『ファイア』は物体と接触することないまま爆発し、周囲に怒号を響き渡らせた。
「これで野営地の人達も気付いて助けに来てくれるかもしれません」
野営地の冒険者や王国軍が異変を察知して、こちらに向かって来てくれるかは正直分からない。
しかしながら、ドラゴンの咆哮や先ほどのリーフィアの魔法やのおかげで、森の中で何かが起こっているというのは確実に伝わっているだろう。
当然のようにリーフィアもオレたちに加わり、ドラゴンの足止めをしてくれるようだ。
「ベニニタス達はどうするんだ?
誰かがついていてあげないとダメだろ」
オレたち四人が足止めをすれば彼らが逃げる時間を最大限確保することが出来るだろう。しかしながら、野営地まで彼らだけで辿り着くことが出来るのか、それが心配だった。
「ベニニタス達なら大丈夫よ。昨日私たちと鍛錬したのは伊達じゃないわ」
「そんな心配よりも、今は目の前のドラゴンを如何に長時間足止めできるかという事だけを考えろ」
フレイヤの叱責と同時にドラゴンが行動を開始した。
ドラゴンはオレたち四人に向けて一切の隙を見せることなく近づいてくる。
オレたちは急速に早まる鼓動の音を感じながら、一歩も引くことなくドラゴンと対峙する。
「さあ、来いよ!」
こうしてオレたちの命がけの時間稼ぎが始まった。
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